掴みとったものと、急な展開。

 俺の投じたスプリット、インサイドからすっと落ちる球に大和さんはファールに捌こうとするも打球はフェアグランドへ。伊波さんが取って三塁二塁一塁5-4-3併殺ダブルプレー


 ウイニングボールをミットに収めた胆沢がガッツポーズ。俺は嬉しいというよりホッとした気持ちに包まれていた。俺はグラブを脇に挟んで拍手する。


「お疲れ。タイソンの時よりキレてたぞ。」

山鹿さんが帽子越しに俺の頭を撫でた。


 試合終了の互いの礼が終わったあと、表彰式。そう、これが優勝というやつだ。これまでの俺は全てをプロへの「通過儀礼」と捉え、勝ち負けへの感情はなるべく抑えて来たつもりだったが、勝ちはやっぱり気持ちいい。この快感を味わうために自分の将来を消費いや乱費してしまった選手たちの気持ちもわかるような気がする。


 終わって着替えた後は雑誌のインタビュー。記念撮影やらを済ませていると球場のスタッフが俺を呼びに来た。


 連れて来られてのは応接室なのだろうか。立派なソファが部屋の真ん中にデン、と据えられていたのだ。


 上座に当たる長椅子には人の良さそうなお爺さんとスーツ姿のおじさん。下座の一人がけの奥にはケントが、そして俺は手前の一人がけに座るよう案内される。


 このお爺さんどこかで⋯⋯いや、試合前に紹介されたアマ野球トップの人だ。


「健ちゃん、パスポートは持ってるよね?」

ケントが唐突に尋ねる。

「はい⋯⋯。3月までアメリカに留学へ行ってましたし。」


 スーツのおじさんは「日本代表」の監督さん、いや東運の杉木監督だった。スーツ姿だったから一瞬気づかなかったよ。

「久しぶりだね、沢村君。君にも日本代表の一員メンバーになってもらいたい。都市対抗ではキミを客寄せパンダくらいにしか思っていなかったのだが、ぜひアマチュア球界の主軸バッターとして日本代表に迎えさせてほしい。」


意味わからん。俺が混乱しているのを見かねてケントが説明してくれた。


 俺は国際野球連盟IBAFが主催する「インターコンチネンタルカップ」の日本代表に選ばれたのだそうだ。これは「WBSC プレミア12」の前身となる大会である。しかも大会は4日後から始まるというのだ。俺は最後の追加招集の選手らしい。


 今回はプロ選手の参加はなく、しかも社会人野球の日本選手権と開催時期が被ることからメンバーを集めることに苦慮していたのだ。確かに神宮大会に出る大学生だって即座に対応しかねるわな。だからギリギリまで選手が決まらなかったという。


「俺⋯⋯僕はまだ高校生ですけど。」

俺の当然な意見におっさんたちはニヤニヤしていた。


「まあそういうだろうとバーナード先生も仰っていたがその通りだったね。」

「今回は社会人の選手たちメンバーからの希望⋯⋯いや、総意と言っていい。ぜひ沢村君キミを呼んで欲しいというリクエストが強くてね。開催場所も台湾だし、ちょっとした海外旅行だと思って楽しんで欲しい。」

「健ちゃん、亜美と同じ舞台で戦いたいとは思わないかね?」


いやいやそういうことじゃなくてね⋯⋯。こうしてまた、俺の頭越しに俺の運命が勝手に決まって行くのだ。


「亜美ってあの亜美ちゃん?」

「そうですよ。健ちゃんと亜美はリトルが同じでね⋯⋯。二人は固い友情とそれ以上のナニかで結ばれていましてね。」

「なんですと!?ケント先生、そこはもっと詳しく⋯⋯」


 俺はおっさんたちの盛り上がりにため息をつくしかなかった。はいはい、亜美とは「親友以上恋人未満」ですよ。四捨五入されたら親友レベルですが。


 その晩、亜美と久しぶりに電話で話しができた。亜美が学校のコーチの携帯を借りてのことだが。初戦で当たった上村学園は女子部も遠征に付いてきたらしいが、早々に負けたので亜美の学校でも練習試合をしていったそうだ。


 「思ったより早かったね。日本代表。」

「うん。⋯⋯飛車角落ちプロ不在金銀落ちトップアマ不在らしいから。ついでにって感じじゃない?」

「んなわけないじゃん。歳は関係ないよ。あのドームの天井にぶつけた時点で目をつけられて当然なことに気づきなさいよ。あんたの意思に関係なく沢村健という男は再来年のドラ1候補筆頭なんだから。あんたが世間を知らないだけだよ。もうさ、こうなったらオリンピック目指したら?」


「甲子園すっ飛ばしてオリンピックかい?あっちはマジでプロが出るから無理っしょ?」

「甲子園は春の方はもう決まってんじゃん。あと夏も先輩たちと一回出たら、もう十分でしょ?」

意外にもアミティー怖いことをさらりと言ってくれるわね。


「アミティー言うな。」

え、聞こえてた?その後は台湾の「お土産」の話と旅行に持って行くべきグッズ談話で盛り上がって終わった。


 他のメンバーとは出発前日の記者会見で会うことになっているのだ。国際試合という俺の新たな挑戦が始まろうとしていた。

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