第3話

「――え……ハズレ、って言った?」

 思わず聞き返す。こくん、と頷いた少女の横で、コモドがため息をこぼす。

「――カイト、キミは運がいいのか、悪いのか……最強クラスのモンスターを、最初に引き当ててしまったんだよ。カイト」

「えぇと、じゃあ、大当たり、じゃないのかな」

「ん……そうもいかないんだ。ダイアログが表示されていないかい?」

 言われてみて気づく。視界の端に青いパネルが開かれている。


『この子でよろしいでしょうか。※3600P消費します』


「火竜のポイントは元々、10800ポイント必要なんだ。それが、三分の一になったとしても、3600――つまり、残りは400ポイントになってしまうんだ」

 もう一度、コモドはため息をこぼす。やれやれ、とトカゲの首を振って続ける。

「残り400ポイントだと、落とし穴を八個作るのが限界だよ。それで敵を防げるはずもない――火竜が強いといっても、彼女もまだレベル1だしね」

「そう、か……だから、ハズレ……」

「これまで引いた子たちは、ガッカリしていたよね。折角、強い子を引けたのに、手放さないといけなくなったから。でも、そうしないとダンジョンが経営できないし……」

「ん……そうだな」

 ちら、とカイトはフィアルマを見つめる。フィアルマは小さく吐息をつき、膝を抱えるようにして座っている。その目つきが寂しそうで、いじけているようにも見えて――。

 うん、と頷くとカイトはその傍に歩み寄り、手を差し伸べる。

「なあ、フィアルマ、よかったら、一緒にダンジョンを作らないか?」

「……え?」

 顔を上げた彼女は、大きく紅い目を見開いていた。まん丸に見開かれた紅い目に、信じられない、という色合いが浮かび、だがすぐに影が差す。

「――オススメしませんよ。私は、何の役にも立ちません……」

「まあ、役立たずは僕も同じだから。僕は、フィアルマと一緒にやってみたい」

 その言葉に、真紅の目が大きく揺らいだ。表情がわずかにひび割れるように動き――やがて、おずおずとその手が伸ばされ。

 ぎゅっとカイトの手を、縋るように握っていた。


『召喚が確定しました。残り400ポイントです』


 ダイアログが表示される。それを感じ取ったのか、コモドは三度目のため息をこぼした。

「やれやれ……自分の首を絞めていることに気づいていないのかい?」

「まあ、上手くやるさ。コモド――地道に開拓すれば、ダンジョンもダンジョンらしくなっていくんじゃないか?」

「時間がかかるよ? 道具もないし」

「そこは工夫していくつもり……コモドも、少しは知恵を貸してくれるよな?」

「それはもちろんだけど……はぁ、とんでもない子を呼んできたかな……」

 その言葉の割に、コモドの尻尾は上機嫌そうに左右にぴこぴこと揺れていた。

 コモドは尻尾でぴしゃりと地面を打つと、視線を上げてカイトとフィアルマを見比べる。

「じゃあ、私はまた別の仕事に行くよ。何かあれば、ヘルプで繋いでくれればいいけど……フィアルマ、だったね? キミも大体、把握しているよね」

「は、はい、大丈夫です」

「ん、じゃあ、カイト、基本的にはフィアルマに聞いてみるといい。二人で仲良くやって――くれぐれも、コアを人間たちに引き渡さないようにね」

 そう言うと、コモドはのしのしと地面を這うように洞窟から出て行く。

 その後ろ姿を見届けていると、ちょん、と服の袖が引っ張られる感触。

 振り返ると、フィアルマがカイトの手を握ったまま、見つめていた。

「そ、その……カイト様、とお呼びしてよろしいですか?」

「ん? ああ、いいよ。別に、様付けでなくても――」

「い、いえ! ご主人様を呼び捨てになんかできませんっ」

 慌ててふるふると首を振るフィアルマ。そのまま、おずおずと伏し目がちに訊ねる。

「その……本当に、私で良かったのですか?」

「ん、元より最初に来た子にしようと思っていたんだ――それが、たとえ、どんな子だとしてもね」

「でも、そのせいでポイントが――」

「ま、それはどうにかなるんじゃないかな。なるようになるよ」

 カイトは笑いかけながら、フィアルマの小さな手を握り返すと、彼女はわずかに真紅の目を揺らしながら、ぎゅっと手を握り返した。

「微力ながら――お力添えします。カイト様」

「ああ、頼むよ。えっと……フィアって呼んでいいかな」

「はい、是非」

 少しだけ目尻を下げて頷くフィアルマ――もとい、フィア。

「じゃあ、よろしく頼む――共に、生き抜くために。

 カイトとフィアは手を繋ぎ合わせたまま、頷き合う。

 二人の目は、徐々にやる気に満ち始めていた。


〈ダンジョンデータ〉


 ダンジョンコアLv,1

 保有ポイント:4000 → 400

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