第7話

『侵入者を検知しました』


 そのアラートが鳴り響いたのは、少し遅い朝食を摂っていたときだった。カイトはすでに体調を戻していたが、フィアとローラが心配するので、稽古は休みにしていた。

 それを台無しにするかのようなアラートに、ローラはため息をこぼす。

「――全く、空気が読めない冒険者だね」

「全くです。言っても仕方ありませんが」

 フィアは首を振りながら茶碗の中身を掻き込む。エステルが無言で片づけを進める中、カイトは苦笑い交じりに全員を見渡した。

「何はともあれ、みんなが落ち着いていて何よりだ――そんな感じで、今回も落ち着いて対応していこう。ローラ、キキーモラを呼んできてくれるか」

「んっ、分かったよ!」

 ローラが立ち上がってぱたぱたと駆けていく。それを見送ってから、カイトはウィンドウを呼び出し、ヘルプコマンドでコモドに繋ぐ。

 コモドはすぐに応じ、目をぱちくりとさせた。

『やぁ、カイト。襲撃かな』

「そうみたいだ。一応、報告の連絡」

『ん、小規模な襲撃なら、キミたちなら防げるはずだからね。私の方が、何か言う幕はないと思うのだけど』

 そう言葉を交わしながら、ウィンドウを切り替え、侵入してきた冒険者を確認する。フィアとエステルは両脇からそれを覗き込んだ。

「敵は――初期位置。ダンジョンを把握して、慎重に進んでいるみたいだが」

「敵は、五人ですね。それなりに、手強そうです」

 ざっと見る限り、整えられた装備だ。同じような意匠をしており、どこか小奇麗に思える。彼らは陣形を組み、四方を警戒しながら進んでいた。

 前衛に戦士が二人、中衛に弓手、後衛に魔術師が二人。

 かなり手ごわそうだ。少し考え込み、エステルを見やる。

「どう見る? エステル」

「まともにぶつかるのは、難しいかと。後ろの魔術師の、索敵範囲は広そう、です――あ、ご覧ください」

 ウィンドウでは、すぐに魔術師が何かに気づいたように指を差している。その方向に弓手が矢を放つ。途端、木々の合間から丸太が飛び出した。

 フィアと力を合わせ、半日使って作った、釣り鐘の罠だ。

 それがあっさりと無力化されたことに、フィアは残念そうに吐息をこぼす。

「――あれ、かなり時間がかかったのですが」

「魔術師は、ああいった罠をすぐに看破します。もちろん、私たちの接近も」

「どれくらいの精度と見る?」

「……三十歩の距離、で感づかれます」

 つまり、大体、三十メートル。慎重に後ろから近付いたとしても、その距離に足を踏み入れればアウト、ということになる。なかなか、厄介だ。

(以前の魔術師も、容易くフィアの鬼火を無効化したし……想像以上に、厄介だな)

 それに、とカイトは眉を寄せながら、その違和感を口にする。

「――なんだか、今までとは様子が違うな」

「……そうでしょうか」

 フィアがわずかに身を寄せてくる。カイトも見やすいようにウィンドウを向けて言う。

「装備が統一されているのが分かるか?」

「ん……そういえば、確かに」

 フィアは顔を寄せて確かめる。指先でウィンドウに触れて頷いた。

「衣服や装備が同じ規格ですね。前まではバラバラだったのですが……」

「……コモド、この世界に正規軍っているのか?」

『正規軍? まあ、軍隊という意味なら、冒険者以外に騎士団がいるけど。でも、見る限り、騎士団っぽくはないなぁ……』

「となると、それ以外……あるいは、騎士団が雇った冒険者って考え方になるか?」

『……確かに気になるね。ちょっとこっちでも調べてみよう。キミたちは撃退の方を。何かあれば、またヘルプで繋いでくれ』

 何か思うところがあったのだろう、コモドはそう告げると慌ただしく通信を切ってしまう。カイトはウィンドウを閉じると、さて、と小声でつぶやく。

「敵は――五人か」

「どう致しましょう。様子を見ますか」

 フィアの間近の声に、カイトは目を瞑って少し考え込んだ。

 言うまでもなく、バランスの取れた編成であり、真っ向からぶつかるのは愚策だ。罠もああやって無力化されている。泥で消耗させるのも、難しいだろう。

(となれば、選択肢は一つ――)

「――奇襲、ですか」

 その考えを先読みしたように、フィアが真剣な声で訊ねてくる。少しだけ驚いたが、すぐにカイトは頷き、口角を吊り上げる。

「ああ、何かされる前に、片付けてしまうのが上策だ」

「かしこまりました。となれば、待ち伏せの場所は――」

 フィアは思案げに呟き、指先を持ち上げる。カイトも脳内でダンジョン内の構図を思い浮かべながら、ウィンドウを動かす。

 そして、二人同時に、一点を指さした。

「序盤の方の落とし穴――ですね」

「ああ、そうだ。そこで奇襲を仕掛ける」

 意見が合致した。それに頬を緩ませながら、そこを拡大しながらカイトは続ける。

「できれば、取りこぼしたくない。的確に行う」

「ですが、気取られてはいけませんね。回り込みますか」

「絶対、三十歩――いや、四十歩以内に踏み込まないように、だな」

 カイトとフィアは頷き合い――ふと、目が合った。

 間近な距離――鼻先が触れ合いそうなほど、近くても思わず固まってしまう。フィアも驚いたのか、目を見開き、瞳を微かに揺らした。

(あ――意外とフィアの睫毛って長い……)

 ぼんやりとそんなことを考えた瞬間――こほん、とわざとらしい咳払いが響いた。

「――兄さま、姉さま、さすがに有事のときにいちゃつかないで欲しいかな」

 その声に、二人は我に返る。振り返ると、そこにはキキーモラをつれたローラがいた。キキーモラたちは初心なのか、手で顔を隠しながらも指の隙間からこちらを見ている。

「べ、別にイチャついていませんっ!」

 フィアは一瞬で跳び退き、抗議の声を上げる。その顔が真っ赤になっている――なんとなく、カイトの顔も熱くなっている気がした。

 カイトは咳払いをして空気を切り替え、そこにいる全員に視線を向ける。

「キキーモラは戦わないが、手伝いはしてもらう。ついでに、僕も出る」

「――止めても、聞かないですよね」

「もちろん。大丈夫だ。初手だけで、あとは後ろで下がる」

「……仕方ありませんね」

 フィアはため息をこぼしながら、それでも信頼のこもった視線で見つめてくる。

「分かりました。全力でサポートします」

「あはは、兄さまだしね……しくじらないようにしないとね。エステル」

「はい、善処、致します……!」

 ローラも、エステルも士気十分だ。それを見つめながら、カイトは頷いた。

「よし――細かく指示を伝える。その通りに、息を合わせてやってくれ。勝負は一瞬――その一度で決まるからな」

 その言葉に、三人の少女たちはしっかりと頷き返してくれた。

 カイトは口角を吊り上げると、洞窟の外へ急ぎながら――わずかに、目を細める。

(しかし、装備統一で、五人規模。仮に、これを正規軍とするのなら――)

 それが意味することは、つまり――。

(……とにかく、捕らえて確かめればいいだけだ)

 カイトは願う――その予感が、外れていますように、と。


 だが――彼の予感は、結果から言えば、当たっていたのだ。

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