第8話

「――こいつは、驚いたな」

 ダンジョンの中へと入ってきた冒険者たちは、その泥濘の道を見て立ち止まっていた。先頭にいる、戦槌を担いだ一人の戦士がつぶやいた。

「騎士団発注の、索敵任務だったが……まさか、未発見のダンジョンを確認できるとは」

「……噂によれば、ここで消息を絶った冒険者がいたそうです。騎士団も、それを確認して、私たちを索敵に向かわせたのでしょう」

 弓矢を担いだ戦士が、膝をついて地面に触れる。湿り気を帯びた土を確認する。

「――手入れがされていますね。しかも、この規模。間違いなく、ダンジョンです」

「ここまで原始的となると、出来立てのダンジョンなのかもな。よし、もう少しこの付近を探索する――手入れされている道は、罠があるかもしれない。全員、気を引き締めろ」

「了解」

 声を揃えて応じる彼らは手慣れた様子だ。陣形を組んで進んでいく。そもそも、深入りするつもりはないのか、辺りの警戒を怠らない――。


(――悪い予感が当たったか……)

 その様子を、木の上で観察していたカイトは、軽くため息をこぼす。

 正規軍が五人規模で人を寄こすということは――間違いなくこれは、偵察小隊だ。

 差し詰め、消えた冒険者の足取りを追って、念のため、正規軍――騎士団とやら、確認の兵たちを送りつけたのだろう。

『――如何しますか。カイト様』

 ウィンドウ経由の通信で、フィアが押し殺した声で判断を仰いでくる。カイトはわずかに迷ったが、すぐに返答する。

「やるしかない。ダンジョンが知られた以上、消すしかない」

『……どうにも、なりませんね』

 フィアのやるせない声が響き渡る。彼女もまた、気づいているのだろう。

 冒険者たちが戻ってこないことに気づけば、騎士団も恐らくはここにダンジョンがあると断定してくる。となれば、近々、ここに手ごわい騎士たちが来るのだ。

 逃がそうが、捕らえようが――先に待っているのは、強大な敵なのだ。

 カイトは暗い思考を振り切り、ウィンドウ越しに指示を飛ばす。

「――間もなく、所定のポイントだ。各々、示し合わせたとおりに」

『了解』

 その三人の声を聞きながら――カイトは、持ってきたボーラと投石器を握り直した。

 敵との距離は、五十歩以上離れている。息を吸い込み、ゆるやかに構えを取る。


 視線の先では、冒険者たちが何かに気づいて歩みを止めていた。


「止まってください――少し先に、何かあります」

 魔術師の声に、全員の歩みがぐっと遅くなる。冒険者たちは慎重に前へ進み――そして、その歩みを止めた。

 先頭の戦士が、拍子抜けしたようにつぶやく。

「魔術で探知するまでもなかったな――見え見えの、落とし穴だ」

 その目の前――道の途中で、妙な凹みが見える。それを目にして、全員の気が緩みかけ、だが、もう一人の魔術師が鋭く告げる。

「――待ってください。その近くに、複数の生命反応が……四つほど」

「なに……なるほど、二段構えの罠、ということか」

 その言葉と共に、弓を持った戦士がきりり、と矢をつがえて引き絞って警戒する。魔術師は前に注意を向けながら、杖を突き出す。

「敵は、四つ――いずれも小型。ゴブリン程度です」

「よし、落とし穴に気をつけつつ行くぞ。俺が初撃、その後、後方から畳みかけてくれ」

「了解」

 そう言いながら、じり、じりと慎重に一人の戦士が間合いを詰めていく。それを固唾を飲んで見守る、他の四人――その意識は、前に集中している。

 後ろから意識が逸れた、その瞬間を逃さなかった。

 ひゅん、と風切り音が響き渡る――瞬間、真後ろから何かが魔術師の二人にぶつかる。二人は対応しきれず、そのまま悲鳴と共に地面に転がる。

「くっ――敵襲!」

 焦ったような声と共に、弓手は素早く対応するべく、後ろに矢を向ける。戦士の二人は辺りを警戒しながら、素早く魔術師たちを確認する。

 魔術師たちの身体には、縄でぐるぐる巻きになっている――ボーラが、巻き付いているのだ。それを解こうと、一人の戦士が屈む――。

 その瞬間を見計らったように、頭上から二人の少女がひらりと舞い降りた。

「がっ!」「くっ!」

 金髪をなびかせながら、延髄めがけて二人は踵を振り下ろす。頭上までは対応しきれず、弓手と戦士はその場に崩れ倒れ――。

 咄嗟に離れていた戦士は剣を構えるが、その後ろにすっと回り込んでいる影があった。

 とん、と首筋に手刀が落とされる――それだけで、最後の冒険者も意識を手放した。

「よし――首尾よく行きましたね」

「油断しないように、全員、落とし穴の中で閉じ込めておこう。姉さま」

 フィアは安堵の息をつき、ローラは抜け目なく、冒険者たちの手元から獲物を取り上げていく。エステルは頷き、引きずって一人ずつ落とし穴に落としていく――。

 その様子を見届けながら、カイトは木の上から飛び降り、三人の方へ歩いていく。

「三人とも、ご苦労様――見事な連携だった」

「いえ――カイト様の采配あってのことです」

「そうだねぇ、兄さまの掌の上でこの人たちは躍らされていたし」

 最後に魔術師の二人をまとめて落とし穴の下に放り込みながら、ローラは苦笑いを浮かべる。エステルは頷いて同意した。

「前方に、キキーモラを配置――そちらに注意を向けさせたところを、背後から襲い掛かる。背後からの奇襲の次は、頭上から。相手の死角をついた奇襲でした」

「まあ、どうしても、人って注意が一点に集中するからな」

 前に集中すれば、後ろが疎かになる。

 周りを警戒すれば、頭上が疎かになる。

 頭上を気にすれば、足元が疎かになる。

 それらを踏まえたうえで、基本に忠実なヒットアンドアウェイの戦術を指示しただけだ。

「キキたちも、ありがとう――結局、役目はなかったけどな」

 カイトは振り返ってキキーモラに声をかける。すると、茂みの中からちょこちょこと妖精たちが姿を現した。その手には、竹槍が握られている。

 四人が仕留め損なったとしても、三段構えとして、キキーモラたちも待機させていたのだ。

 キキーモラは嬉しそうに顔を綻ばせながら、カイトの方に駆け寄ってきて、ぐいと頭を突き出してきた。その頭を順番に撫でてやると、尚更嬉しそうにする。

「兄さまはモテモテだねぇ……あ、コモドに連絡しなくていいのかな?」

「おっと、そうだった。ローラ、ありがとう。エステル、キキたちにお礼としてゆで卵でも作ってあげてくれ。ご褒美だ」

「了解、しました。では、みんな、こっちに」

 ゆで卵という言葉を聞いて、目をきらきらさせたキキーモラたちはエステルの方へと駆けていった。それを見送ってから、カイトは切り株に腰かけながらウィンドウを開く。

 ヘルプでコモドを呼び出すと――すぐに、ウィンドウにトカゲの顔が映った。

『やぁ、カイト――首尾よくやれたみたいだね』

「ああ、引き取りの方を頼む。あと、多分、騎士団とやらが噛んでいるみたいだ」

『なるほど……こっちでも確認できたよ。カイト』

 コモドはため息をこぼすと、そのトカゲの目をぱちくりさせて告げた。


『どうやら、騎士団にそこのダンジョンをマークされたみたいなんだ』

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