第9話
希少な資源として、ダンジョンコアを狙う冒険者たち。
トレジャーハンターのように宝を求めて這い回る彼らだが、その別の側面として、依頼をこなし、報酬を得るという、いわば傭兵のような一面もある。
今回の冒険者は、そうやって依頼を受けてきた者たちだった。
「それで――依頼を発注したのが、騎士団。要するに、国の保有する軍隊だな」
「うん、そういうことになる。私の伝手でも裏が取れた」
洞窟の囲炉裏――そこで、カイトとコモドは話をしていた。傍にいるのはフィア一人。彼女はカイトの後ろで従者のように控えている。
コモドはため息をこぼすと、尻尾でばしばしと地面を叩く。
「この前の、あのエステルの主人――あれがどうも借金をしていた相手が騎士団だったらしくてね。それで発覚したらしい。運がなかったね」
「――騎士団は、来ると思うか? コモド」
「来る。間違いなく」
コモドははっきりとした口調で断言する。
「騎士団は、国の治安を守ることを第一にしている。そして、ダンジョンとは国の治安を脅かす存在だ――それを、彼らが放っておくはずがない。発見次第、軍隊を差し向けてくるはずだよ。遠からずね」
「……全く、こっちは世界を守っているだけなのにな……」
カイトは愚痴をこぼすと、フィアは肩に手を置いてくれる。その温もりで、少しだけ気分を落ち着けながら、コモドに視線を向けた。
「いつ来るか、コモドの情報網で分かったりしないか?」
「うーん……断言はできないね。私が持っている情報網は、この付近に配属されているダンジョンマスター、あるいは同業の案内人からなんだ。いつ来るかは全く予想できない――だけど」
コモドは一息つくと、意味ありげに言葉を重ねた。
「来る瞬間は、察知できる」
「――どういうことだ?」
「前も、ダンジョンに騎士団が派遣され、討伐されたことがある。そのときの経験から、彼らは百人以上の部隊で山狩りをする――それだけの部隊が動けば、さすがに巡回している案内人たちも気づける。ダンジョンマスターによっては、魔獣をダンジョンの外に出して、偵察させている者もいるからね」
「……なるほど、だからその規模の軍勢が動けば……」
「数時間前にはなるけど、キミに警告を発することができる――私ができるのは、それくらいと……あと付け加えるなら、余っている食材を買い上げて、ポイントに変えてあげることもできる」
「ああ、前も服に変えてもらったことがあったな」
そのことを思い出しつつ、カイトは顎に手を当てて少し考え込む。
「――とにかく、事前に警告はもらえると嬉しい。そうすれば、このダンジョンを十分に生かせるようにはなると思う。あとは僕たち次第にはなるけど」
「できるだけ、便宜は図るよ……個人的には、キミのことを気に入っているから、少し贔屓をしてでも、生き延びて欲しいんだ」
「ありがとう、コモド」
カイトとコモドは笑みを交わし合う――気が付けば、カイトはコモドの笑顔を理解できるようになっていた。慣れとは怖いものである。
コモドは笑みを引っ込めると、視線を外に向けて言う。
「じゃあ、とりあえず、キミが毎度の如く、綺麗に生け捕りしてくれた子たちを引き取っていこう。ポイントは色をつけておくよ」
「お、早速贔屓か。ありがたいな」
「そう思うのなら、さっさと二階層くらい作りなよ」
コモドはそう言いながら、ぶんぶん尻尾を振って出て行く。それを見届けながら、カイトはため息をこぼす。その両肩に、フィアの手が添えられた。
「――お疲れ様です。カイト様」
「ん、ありがと……フィア。ああ……気持ちいい」
「はい、少しマッサージしますね」
労わるようにそっと指先が肩のこわばった筋肉をほぐしていく。温かい掌にほぐされていく感触――じんわりと広がる快感に、思わず吐息をこぼす。
地面に座ったカイトの後ろで、膝立ちのフィアはマッサージを続けながら訊ねる。
「今日は、お風呂を沸かしましょうか? お疲れでしょう?」
「誘惑だが――今は一刻も早く、撃退の目途をつけないと」
その言葉に、フィアの手が止まった――やがて、ゆっくりと動き出しながら、小さな声でフィアは訊ねる。
「――勝てると思いますか? カイト様」
「……まあ、聞いていると難しいよな。フィア」
少しだけ弱音をこぼす。カイトがそっとフィアに寄りかかると、彼女はそっとその背を支えてくれる。肩をほぐす手に身を委ねながら言葉を続ける。
「コモドはさらっと言っていたけど――百人以上の騎士が来る。正規軍なら、装備は一流、練度も一流。何より、数の暴力だ……勝て、という方が難しい」
「……やはり、そう……でしょうか……」
「ああ……けど、僕の世界の人間は、それを成し遂げてきた」
敢えて明るく言い放ちながら、軽く仰け反るようにして後ろのフィアを見る。
上下さかさまに映るフィアの顔がきょとんとしている。それを見つめて言葉を続ける。
「泗川の戦い、と呼ばれた戦があるんだ。自軍が7000であるのに対し――敵軍は、なんと20万以上の軍勢――三十倍の兵差だ。それを覆した例がある」
慶長の役と呼ばれる、豊臣秀吉が朝鮮を出兵した際に起きた戦いの一つだ。
島津義弘率いる7000の軍勢は、明と朝鮮の連合軍の絶望的な兵数を前にして、兵站を乱し、混乱を招いたところで突撃――潰走へと追いやった。
死者数は8万人を越えるとされ、朝鮮に鬼石蔓子――鬼島津の異名を轟かせたのだ。
「策略と武勇があってこそだが……それでも、彼らは不可能を可能にしてきた。それらの知識を受け継ぎ、人類は生きてきた――」
そこまで言葉を続けながら目を細め、苦笑いを浮かべて内心で続ける。
(そうだったよな、確か)
脳裏に蘇る、ある面影。夢を見たせいか、その面影をくっきり思い出せる。
今はいない、家族の一人の面影が――。
「……カイト様?」
その面影と、フィアの顔つきが重なる。思わず、カイトは笑みをこぼして目を細める。そうか、と小さく口にする。
(急に、あの夢を見たのは……そういうことなのかもな)
やっと見つけた、新しい家族のような仲間たち――それを、二度と失ってはいけない。家族を二度と失わないためにも、全力を尽くすべきだ。
培ってきた、知識と経験を活かして絶対に――。
「――何とかなる。何とかして見せるよ」
「……カイト様」
その熱い掌がそっと頬を撫で、少し気遣うように見つめてくるフィア。だが、すぐに唇を引き結ぶと、こくんと頷いて応えた。
「分かりました。精一杯、お手伝いさせていただきます」
「ああ――頼むよ。フィア」
視線を交わし合ってから、カイトはそっとフィアから離れて立ち上がる。手首をこきこきと鳴らしながら、彼は不敵に笑って告げる。
「さぁ――ダンジョン改革の時間だ」
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