第6話

 管理権の委譲はつつがなく行われた。

 ヒカリのコアを吸収、合体して規模を拡大させ、ヒカリはマスターとしての資格を喪失した。その後、カイトは宣言通り、ポイントを一万ポイント委譲。

 その上で、ひとまず、三階層の一部を彼女とその部下にスペースを貸し与えた。

 ヒカリは安心したように何度も礼を繰り返し、魔物たちをすぐに移住させていた。


「――兄さま、さすがにお人よしにも度が過ぎると思うけど」

 カイトたちの居住区画――そこには、ヒカリたちはいない。

 ローラは不服そうにカイトの膝の上に座り、フィアは苦笑い交じりにお湯を沸かしている。その和気あいあいとした風景を、コモドは眺めていた。

 不機嫌なローラを、カイトは頭を撫でてなだめながら言う。

「別に、お人よしじゃないさ――ちょっと意地悪をしたかもしれないが」

「意地悪? どういうこと?」

「まあ、カイト様はお優しいですが、甘い方ではないです……何か、お考えがあるのですね?」

 フィアの確認するような言葉に、カイトは頷きつつコモドに視線を向ける。

「コモドは、気づいているな?」

「ああ、全く君はお人よしに見せかけて、とんだ食わせ者というか」

「気づいて言わないあたり、コモドも大概だが」

「口を挟まないと確約したからね」

 コモドは苦笑い交じりに頷く。フィアとローラは揃って首を傾げた。

「ま、分からないよな。そういう落とし穴だから」

 ローラの綺麗な金髪をくるくると指先で弄ぶと、彼女はくすぐったそうに首を竦める。カイトはそれを微笑ましく思いながら、ウィンドウを呼び出す。

「よっ、と……ほい、ローラにポイントを軽く移してみた。確認してみて」

「え、いきなり? いいけど……あ、入っている。百ポイント」

 ローラは自分のウィンドウを開いて確認する。カイトはその頭を撫でながら告げる。

「好きなように使っていいぞ。そのポイント――使えるならな」

「え……あ……ああぁ……」

 ローラはそれのウィンドウを弄りながら、納得したように吐息をつく。フィアも種が分かったのだろう、目を見開いて告げる。

「なるほど、ポイントは誰でも手にすることはできる。だけど、それを使用できるのは、ダンジョンの管理権を有するものだけ。今、彼女はその資格を喪失しているから――」

「ヒカリは一切、ポイントを使えない。宝の持ち腐れだよ。ちなみに、フィアは使えるぞ? まだ共有の申請切っていないし、特別なことがない限り、共有したままだから」

「別に勝手に使いませんけどね。でも、共有設定、そのままにしていたんですか」

「万が一のときは、それで僕をまた助けてね」

「倒れさせませんよ。それ以前に」

 半眼になったフィアが、僕とコモドに白湯を出してくれる。コモドは舌先でそれを掬いながら、カイトを見つめて目で笑った。

「キミは本当にしたたかだ……この調子で、コアを守り続けてくれ。ついでに、ヒカリたちも気にかけてくれると嬉しい」

「ああ、それは善処するよ。確かに、悪い子ではなさそうだからね」

 駆け引きを持ち掛けるあたり、頭も悪くはなさそう――ただ、悪知恵が働かないから、騙されやすいかもしれないが。

 少し悩んでから、フィアの方に視線を向けて告げる。

「フィア、ヒカリたちの様子を見ていてくれ。エステルは、キキたちの監督で手が空かない。僕の傍回りはローラにお願いするから」

「……まあ、仕方ないですね。ローラは思いっきりケンカ吹っ掛けましたし」

 仕方なさそうにフィアは腰に手を当てて告げると、ローラは少しだけ申し訳なさそうな顔をして、カイトを振り返った。

「ごめんね。兄さま。少し揺さぶるだけのつもりだったのだけど」

「ああ、分かっている。だからその分、ローラには僕の傍についてもらうから」

「うん、任せて! 下のお世話も!」

「ローラ、それは私の役目です!」

「ええぇ、ずるいよ、姉さま!」

 二人の姉妹の口げんかを聞きながら、思わずカイトは顔を綻ばせる。

 その様子をコモドはずっと面白そうに見守り続けていた。


 その頃、第三層――そこに住まいを与えられたヒカリは、椅子に腰かけて吐息をつく。

 そこに作られた部屋は、カイトの厚意で作ってもらった部屋だ。赤レンガで覆われ、小さな炉や水桶もこしらえられている。

 想像以上にふかふかのベッドに腰かけながら、ヒカリは一息ついた。

「なんとか――なったわね。シエラ」

「ん……」

 ベッドの傍でちょこんと座っている浅黒い肌をした少女は頷く。だが、その顔は浮かない。その様子を見て、ヒカリは小声で訊ねる。

「やっぱり、気になるのかしら?」

「ん……さすがに、まだ、心は許せない。それに……」

 ぎり、と歯ぎしりをするシエラ。その様子に、ヒカリはどうどうとなだめる。

「ローラさんのこと、気に入らないのは分かったけど……押さえてね。一応、住まわせてもらっているんだから」

「う……善処、する」

 もごもごと言うシエラに、くすりとヒカリは微笑みかけ、その髪をそっと撫でた。

「うん、貴方のことは信頼している。大丈夫よ。カイトさんはしたたかみたいだけど、家族想いの人みたいだから。きっと、分かってくれる」

 ヒカリが見て取ったのは、フィアとローラを大事に想っているカイトの姿。

 真剣にヒカリに接する一方で、彼の視線がフィアとローラに優しく向けられるのをしっかりと見ていたのだ。

 だから、きっと無体なことはしない――と、信じたい。

(仮に、カイトさんがひどいことをするようなら――こちらも考えはあるし)

 ヒカリはよし、と心に決めながら、ふと、彼の名を口にする。

「鳴上海人――」

「……ん? どう、した?」

「ああ、うん、なんでもない」

 どこか聞き覚えのあるような響きだった気がするのだが。首を傾げながら、ベッドに寝転ぶ。久々のふかふかの暖かい布団に思わず表情をゆるめる。

 彼女が眠りに落ちるのは、もうしばらくのことだった。

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