第7話

 ダンジョンにヒカリたちを加えて三日が経過――。

 カイトが彼女たちに貸し出している三階層の区画に足を運ぶと、丁度、シエラを連れたヒカリと顔を合わせた。

「あ、カイトさん、こんにちは」

「ああ、ヒカリさん、シエラもこんにちは」

「……ん」

 シエラは頭を少しだけ垂れ、何かを警戒するように視線を走らせる。カイトは苦笑いを浮かべながら軽く手を振った。

「ローラはいないよ。喧嘩されても困るからね」

「あら、それだと不用心じゃないですか?」

「僕に何かあれば、フィアがすぐに感づくよ。そういう風な仕込みがある」

 カイトはそう答えながら、ぐるりとその区画を見る。

 そこには、思い思いに過ごす魔物たちがある。ぱっと見たところ、ヒト型が多い。

「全員、ここに収納できたかな」

「はい、三十人ほどなので、窮屈なく、あとフィアさんが手配してくれた食料のおかげで大分、落ち着きました」

 ヒカリは安心したような笑顔を浮かべる。切れ長の瞳を細めて、心から笑ってくれる表情に少しだけカイトも安心する。

 どうやら、このダンジョンに馴染んでくれているようだ。

(フィアの報告だと、ひとまず反抗の意志はなさそうだし)

 もう一度、魔物たちの様子を見る。その姿を見て、小さくつぶやく。

「エルフ、かな」

「ええ、はい。元々、私たちのダンジョンの近くに、エルフの小さな集落があったのです。そこと取引していたのですが、少し前に冒険者たちの乱獲に遭って」

「それを……助けた。そうしたら……敵に、襲われた」

 シエラの言葉が少ない解説。よく分からないが、全員の様子を見て推理する。

「ふむ、ヒカリさんがエルフたちを保護したら、それを追って冒険者たちが強襲。撃退し続けていたものの、ひどく消耗してしまった……ってところかな」

「すごい理解力。ご明察です」

「ん……冒険者のやり口は、分かってきたから」

 それに、答えてくれるヒカリの声が少し弱弱しく、シエラも視線を逸らしていた。

 見るに堪えない惨劇が、そこで行われたのだろう。きっと。

「本当は、まだ仲間たちがいたんです。けど……」

「ああ……分かっている。もう、理解した」

 カイトは頷いてそれを制し、視線をエルフたちに向ける。そこにいるのは、ほとんどが女子供――つまり、男たちは彼女たちを守ろうとして殺された、あるいは囚われた。

 その光景に、心がちくりと痛んだ。

 だが、ヒカリは敢えて明るく笑い、目を細めて言う。

「でも――カイトさんたちに保護していただいたので、今は満足に食事も与えられます。感謝します。カイトさん」

「まあ、もう大丈夫そうなら働いてもらうけどね。いろいろ仕事があるし」

「あ、はい、昨日、フィアさんに見せてもらいました。第二層」

 どうやら、先んじてフィアがある程度、案内したらしい。

 だが、カイトは少しだけ口をつぐみ、エルフたちを眺めて訊ねる。

「エルフって――やっぱり、森に棲んでいるんだよな」

「え、ええ……そうですけど」

「……ふむ」

 思考をまとめながら視線をヒカリに戻して訊ねる。

「集落を、復興してみないか?」

「――え?」

 その問いに、きょとんとヒカリは目をしばたかせた。


「ほ、本当であろうか、カイト殿。我らに土地を下さるというのは」

 そう意気揚々とついてきたのは、一人のエルフの女性だった。

 見た目は若々しい耳長の女性。きりっとした風貌であり、引き締まった体つきをしている。くすんだブロンドの髪のエルフ――名をソフィーティアというらしい。

 弓を手にした彼女とヒカリ、シエラを連れ、カイトは軽く頷いた。

「ああ、ただし、条件があるんだ。まず、その場所を見て欲しい」

 各階層にあるワープゲートを使用し、第一層――地上の洞窟へと移動する。そこからゆっくり歩いて外に出ると、目の前に開けた場所が映る。

 そこは整備が進んでいるものの、ひどく大地が焼けた場所。

 火計によって燃やされた大地を見て、ソフィーティアはわずかに眉を寄せ、へにゃりと長い耳を倒してしまう。

「これは――痛々しいな」

「ああ、この前、攻めてきた騎士団を討伐するのに、やむなく火計を講じた。今までは一体が、ジャングルだったが……見るも無残な焼け野原だ」

「なるほど……つまり、この土地を貸し与える代わりに、再興せよ、ということか」

「話が早くて助かるよ。ただ、もっと言ってもいいか」

「ふむ、聞こう」

 ソフィーティアは聡明だった。涼しげな目つきを向けてくる。その目つきを受け止めて真面目な声で言う。

「できることならば、ここを町にしたい」

「町、だと?」

「できれば、多人種、魔物も含めた町だ」

「――ほほう、なるほど」

 不意に、ソフィーティアの目が妖しく輝く。ヒカリとシエラはついていけないのか、目を白黒させている。カイトはそちらを振り返って説明を付け加えた。

「騎士団にマークされているのは、既定路線だ。それを防げば防ぐほど、規模は大きくなっていく。この前は百人だったが、次は五百人、千人――とね」

 千人くらいなら防ぎ通す自信があるが、ヒカリたちはそれを聞いて顔面蒼白にしていた。カイトは安心づけるために微笑みながら続ける。

「大丈夫だ。策は講じてあるし――それに、百人が全滅となれば、騎士団も迂闊には攻め入ってこない。そうだな。千人規模の軍を起こすのに……」

 わずかに考える。冒険者がいる、ということは完全な軍事国家ではない。

 しかも、ここは辺境だとコモドは言っていた。ともすれば――。

「時間的な猶予は、半年――もうちょい、あるかもしれない」

「だから、その間に、人質を作ってしまうのだ」

 ソフィーティアが引き継いで言葉を続ける。とっくに彼女は見通していたらしい。ヒカリはまばたきをしながら聞き返す。

「人質、って――どういうこと?」

「ここの規模の大きい町を作り、積極的に人を引き入れる。交易も行い、人の出入りを多くする。そうすれば、騎士団は迂闊には攻め込めない――他の人間が犠牲になることを恐れるからな。それに、人間の商人というのは、結束が強いと聞く。利のなる町が騎士団で潰されるのを、商人たちは承諾しまい」

「すごいな。ソフィーティア。そこまで察してくれたか」

「なんの。伊達に二百年は生きていない」

「見た目は若々しいのにな」

「――世辞を言うても、何も出んぞ。カイト殿」

 ぷい、と顔を背けるソフィーティアだったが、その言葉が嬉しかったのかわずかに表情が緩んでいる。ヒカリは感心したように頷いた。

「そこまで考えて……じゃあ、町を作るために、ソフィたちにはここに村を?」

「ああ、最初はエルフの村くらいでもいい。だが、できれば来る人を拒まずに歓待して欲しいんだ。ソフィーティア。大丈夫、エステルかフィアを常駐させて、不届き者は取り締まるようにするし、大規模な侵攻があれば、すぐに村人ごとダンジョンに避難できるようにする」

「そこまで言ってくれるのならば、むしろ、こちらから頼みたいくらいだ。この場所を、貸して欲しいとな。カイト殿」

 ソフィーティアは力強く頷いてくれる。ヒカリはほっとしたように笑みを浮かべた。

「うん、よかった――ありがとうございます。カイトさん、ここまでしてくれるなんて」

「いや、最大限にダンジョンを生かすためだ。それに、エルフがしっかりと森を復活させてくれれば、資材も潤う。できれば、農耕もして食料を増やしたいが」

「それに関しても任せてくれ。土地を借りる以上、安定供給を保証する。では、早速、仲間たちを呼んで住まいから作っていこう」

「人も貸す。力持ちがいた方がいいだろう? ゴーレムとか」

「ああ、ありがたい」

 とんとん拍子で話が進んでいく。ソフィーティアが聡明であり、お互いに利を確認し合っての会話だったので、猶更だ。

 ヒカリは微笑みながらそれを見守っていたが、わずかにシエラは視線を伏せさせ、憂いを帯びた表情をしていることに気づいた。

 視線が合うと、ぷい、と顔をそむけてしまう。それに苦笑いをこぼしながら、ソフィーティアを振り返る。彼女もまた、苦笑いをしていた。

「すまぬな。シエラ殿は――少し、気難しいのだ」

「分かっている。仲良くできればいいのだが」

「まあ、なに、時が解決する」

 ソフィーティアは達観した顔つきでにこりと笑い、励ますように告げた。

「私も、気に入らん相手がいたから、百年経ったら仲良しだ」

「いや、人間の寿命は百年なんだがなっ」

 思わず突っ込むと、ソフィーティアは楽しそうに笑った。

 鈴の鳴るような声が、晴れ渡った空にどこまでも響き渡った。

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