第8話

 土地が与えられたソフィーティアたちエルフは、協力的となった。

 水を得た魚のように動き回り、ジャングルから木々を取ってきては、すぐさま洞窟がある岩山を囲むようにログハウスを建てていった。

 その木々も、ソフィーティア曰く『間伐材』らしい。

 エルフたちは木々をよりよく育てる才能があるらしく、焼け野原だけでなく、残ったジャングルも次々に整備していく。

 見つけた果実の木は、丁寧に村の方に移し替えられていき、丁寧に育てられる。

 果樹園、畑もわずか一週間で体裁が整えられてしまった。


 ――結果。


「……暇になってしまったんだよなあ……」

「よいことではありませんか。カイト様」

 すっかりカイトの家と化した、第五層。

 手作りのレンガで覆われた一室。暖炉では穏やかに炭が爆ぜている。木で作った棚には粘土でできた陶器が並んでいる。

 その一つの急須で、フィアは楚々と湯呑にお茶を煎れていた。

「どうぞ。カイト様」

「ありがと……まさか、茶まで作れるとはな」

 思わず感心しながら、そのお茶を飲む。それは、紅茶とは一風変わった味がする。

 いわゆるチャノキからではなく、別の植物の葉を刻んで炒ったものらしい。どちらかというと、コーヒーに近い香ばしい感じだ。

 ヒカリはエルフ茶といって、それを愛飲していた。

 カイトとフィアはそれを飲んで、ほぅ、と吐息をつく。くつろいだ静けさ、炭の温かさで部屋も暖かい。しっかりと換気もできているので安心だ。

(――しかし、本当にやることがない)

 カイトはぼんやりとしながら手の中の湯呑に目を落とす。

 何せ、エルフたちが食料調達などをしてしまうのだ。今までは採集に時間が取られたり、肥溜めの世話に時間を取られていたが、それをエルフが全てやってくれるのだ。

 だから、ここ一週間は、焼き物作りに専念していた。

 昔作った窯は、騎士団侵攻の際に壊れてしまった。その土を混ぜ、超高温で熱することで耐火煉瓦を作り、それで窯を作ったのだ。

 それでいろいろと焼き物を試作。釉薬まで開発して、いい焼き物が作れるようになった。

 そうやって数日間、暇を潰していたが――いよいよ、やることが思いつかなくなってきたのだ。日に日に、ぼっとしている日が増していく。

 すると――それを見計らったように、フィアが声を掛けてくるのだ。

「カイト様……暇ですね」

「ん、まあな」

「よろしければ――お付き合い、いただけますか」

 フィアは頬を染めながら、もじもじしつつ上目遣いで言う。その手がそっと胸元に当てられ、するりとセーラー服のタイがほどかれる。

(……今日も、か)

 まだ日が高いが、夜のお遊びをご所望らしい。

 想いを伝え合い、カイトの過去を知ってから、フィアは常に傍にいてくれる。できるだけ、傍にいたいという気持ちがあふれ出ているようなのだ。

 正直、まんざらでもない気分だが、少しだけカイトは苦笑いをしてしまう。

「昨日も、三回付き合ったぞ」

「今日はまだ一回だけですっ……ごめんなさい、カイト様を見ているとうずうずしてしまって」

「いいよ、おいで」

 頷きながらカイトは立ち上がる。フィアはぱっと顔を輝かせ、カイトに歩み寄って手を引いてベッドへといざなっていく。

 カイトがベッドにあがると、手慣れた様子でフィアは彼の服を脱がせにかかる。

 その熱に濡れた真紅の瞳を見つめながら――ふと、訊ねてみる。

「そういえば、こういうときに他の人の名を出すのは無粋かもしれないけど」

「別に構いませんよ? どうしました?」

 上半身を脱がせたフィアは、自分の服に手をかけながら首を傾げる。カイトはベッドの上で足を伸ばしつつ、彼女を見つめながら言う。

「ローラのこと。フィアのことも好きだけど、ローラにも向き合わないと、って」

 ぴたり、とフィアが服を脱ぐ手が止まる。だが、すぐに手を動かしながら仕方なさそうに吐息をついて微笑んだ。

「本当に、カイト様は真面目というか……どこまでも、しっかり私たちに接してくれるのですね。別にそのようなことを仰らなくても、カイト様の好きなようにすればよろしいかと」

「でも、相棒の言葉にはしっかり耳を傾けたいから。嫌なら、控える」

「ん、そうですねぇ」

 するり、と肩から滑り落ちるように服を脱ぐフィア。白い肩の上に、金髪が眩いばかりに散りばめられる。なまめかしい吐息をつきながら、服を丁寧に畳んで言う。

「内心だと複雑です。大好きなカイト様を、いつまでも独占していたいと思いますよ。それはもちろん。じゃないと拗ねますから」

「――それは、よく知っているよ。相棒」

「ありがとうございます……でも、私はローラのことも大好きですよね」

 かちゃ、と音を立ててフィアはスカートのホックを外す。ファスナーを下げながら、少し照れ臭そうに笑みを浮かべて言う。

「だから、ローラだったら私は気にしません。むしろ、彼女とはカイト様もしっかり向き合って欲しいです――この答えで、よろしいでしょうか」

「ん、あと、折角だから、もう少し聞いてもいいか」

「いいですけどぅ、あまり焦らさないで下さいね」

 もう、身体を隠す部分は少なかった。下着代わりにしている葉っぱだけが、フィアの身体を隠しているだけだ。熱っぽい吐息をつき、フィアはカイトの膝のあたりにぺたんと座る。

 ん、とカイトは軽く頷きながら訊ねる。

「子供とか、デキたりしない?」

「ん……今日は残念ながら、大丈夫な日ですけど」

「ああ、じゃあ、普通にやることやったらデキちゃうのね」

「それはまぁ、そうですね。私たちは今、人間の身体を取っていますから。遺伝子情報的には、火竜の方が強いので、火竜になるでしょうね。ちなみに、卵で生まれます」

 そう言うフィアの吐息は、徐々に湿り気を帯びている。膝の上で腰が小刻みに揺れ、濡れた瞳がまだかとばかりに、切なげに見つめてくる。

 膝小僧でぬちゃ、ぬちゃと音が立っているのを、聞こえないふりをしつつ、カイトは訊ねる。

「参考までに、他の種族の場合は?」

「ん、人間体ならまぐわうことも可能ですが……まさか、カイト様、他の種族にも手を出すつもりで?」

「参考までだ。安心しろ、フィア。ローラは例外だけど、浮気をするつもりは毛頭ない」

「あ……ふふっ、カイト様のそういうところ好きです。嬉しいです」

 フィアはそう言いながら、そっとカイトの胸板に手を当てる。

 その白い肌はすっかり上気し、呼吸は限りなく熱く甘い。鼻先に当たった吐息と共に、フィアが潤んだ瞳で見つめてくる。

「カイト様、そろそろ」

「ん、いいよ。おいで」

 カイトがそっとフィアの身体を抱き寄せると――彼女は弾かれたようにカイトの身体に飛び込み、身体を押し倒してくる。

「あは……カイト様、好きぃ……」

 蕩け切った声と共に、フィアは目を閉じて唇を押しつけてくる。

 貪り食うようなキス。それをしっかり受け止めながら、カイトはそっとその背に手を回し、優しく抱きしめ、ふと思う。

(まあ……こんな退廃的な休日も、悪くはないか)

 それからカイトとフィアはしばらく、甘い時間を過ごしていった。

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