第9話
カイトはフィアと蜜月を過ごす一方で、暇を持て余すだけではなかった。
その日は、第一層――エルフの村に向かい、ソフィーティアに発注していたものの確認をしていた。
「あまり、ドワーフのような真似事は好きではないのだが――恐らく、言われた通りにできているはずだ。確かめてくれ」
村のハズレの一角。そこは木々が少なく、レンガで作られた建物が立ち並んでいる。そのうちの一部の前に、カイトとソフィーティアは立っていた。
そこに作られたのは、岩山の段差を使って作られた登り窯。
その立派な面構えを見て、カイトは頷いて言う。
「よくアバウトな指示でここまで完成させてくれたな」
「アバウトだが、図面をくれれば我らもできなくはない。これで、土器を作るのか」
「まあ、釉薬まで作ったし、ここまで来ると陶器だな」
「……ふむ、解せんな。器なら、木の方が割れなくてもいいだろう」
ソフィーティアはブロンドの髪を風に揺らしながら、優美な眉を吊り上げる。カイトはうん、とそれを認めながらも続ける。
「だけど、木は有限だ。育つのにも時間がかかる。いくら、キミたちエルフが手を入れているとしても。その点、土は得やすい。河原では良質な粘土も手に入るし」
「大量生産を目しているのか……つまり、商売?」
「相変わらず、ソフィーティアは頭の回転が速いな」
そう笑いかけると、ソフィーティアははにかんで目を細める。
「いや、カイト殿の発想の柔軟さに頭が下がる。確かに、エルフの手先ならばさまざまな陶器が作れる。いろいろと試してみるとしよう」
そこまで言うと、少し気に入らなそうにふん、と鼻を鳴らした。
「ドワーフの真似事みたいで気に食わないのだが」
「――なんというか、僕の世界の物語でも、ドワーフとエルフは反目し合っているけど、何故なんだ? 理由があるのだろう?」
「ふむ、ヒカリ様からもそのような質問をいただいたな。ヒカリ様の文化で言うなれば、エルフとドワーフは白人と黒人のようなものだ」
非常に分かりやすい例えだ。ソフィーティア自身、結構な勉強家らしい。カイトは頷きながら確認する。
「つまり、容姿による差別意識?」
「に、近いものだな。お互いがお互い、優れていると思っているからこそ性質が悪い。確かにドワーフは剛力である。土に対する知識も深い。だが、我々の方が長生きである以上、我々の方が優れているのは自明だと思うのだが」
ソフィーティアは心底気に入らないような口調でぶつくさと言い――ちら、とカイトを見て少しだけ苦笑いを浮かべた。
「すまんな、人間のカイト殿には縁のない愚痴話だ」
「いいや、気持ちは分かるよ。ドワーフは土の知識に秀でているのか」
「ああ、だから焼き物や冶金が得意だ。といっても、冶金が得意なのは、どちらかというとドウェルグだが」
「ドウェルグ?」
聞き覚えのない単語だ。だが、聞いた覚えがある。
(確か……北欧における、ドワーフの異名、だった気がするが)
この世界では、ドワーフとドウェルグは全く別の種族らしい。ソフィーティアは目を細めて登り窯を眺めながら言う。
「ドウェルグは、ドワーフとは違い、謙虚な種族だ。それに彼らが作る鉄細工に関しては、我々も一目置いている。幼い頃にそれを見たが、なかなかに綺麗だったぞ」
「へぇ、ドウェルグ。仲間にできるかな」
ふと脳裏に浮かんだのは、自分が護身用に持っている拳銃だ。
それを量産できれば、かなりの大きな戦術になる。特に、ダンジョンのような拠るべき場所がある籠城戦では役に立つ。
(丁度、塩硝石もできてきているし――)
ちら、と焼き場の横にある、厠を見る。そこにこつこつと小さい方のトイレをしていたものの発酵が進み、徐々に硝石ができているのが確認できた。
村の規模になれば、もっと硝石を作り出すことができるはずだ。
それを考えながら、ソフィーティアを見やると――彼女はおかしそうに笑みをこぼした。
「何を言っているんだ。カイト殿。ドウェルグはもう仲間じゃないか」
「――え?」
「おおい、シエラ、いるんだろう? 入るぞ」
エルフの村の家屋――その一つに、ソフィーティアは入りながら声を掛ける。だが、その家の中は人の気配がしない。
物もなく、閑散とした木の小屋。後から入ったカイトは辺りを見渡して言う。
「留守じゃないのか?」
「いや、彼女はいるよ――よっと、ここだな」
そう言いながら、ソフィーティアは床に手で触れて動かす。すると、床板が微かにずれ、その床下が露わになる。その中から、低い声が響いてくる。
「――なに。ソフィ」
「カイト殿が、用があるそうだ」
「……いや」
「シエラ、彼はヒカリ様の主なのだぞ? 不敬ではないか」
「ああ、いや、別に面倒くさいなら出てこなくても大丈夫だから」
不機嫌そうに言うソフィーティアをなだめるように、カイトは声をかけると――ふと、その床下から物音が響き渡る。
やがて、のっそりとフードを被った少女が姿を現した。
胡乱そうな瞳が、カイトを見上げて訊ねる。
「……用がある、んでしょ。なに……?」
「あ、ああ……」
シエラ。ヒカリが最初のガチャで仲間にしたボスらしい。
そして、彼女が――ドウェルグ。冶金に優れた種族。その彼女の瞳を見つめながら、腰に差していた銃を引き抜く。
「これを作れないか、と思って」
「……銃だ」
ふと、シエラの目つきが変わった気がした。手を伸ばし、それを取りかけ――ふと、ぴくりと手が止まる。その視線がカイトに向けられる。
「触っても?」
「もちろん」
「ありがと……ん」
穴から上半身を出し、それを受け取る。小さな手でそれを持ち上げ、カチャカチャと取り回していく。安全装置の仕組みも把握し、銃口を軽く覗き込み――ぽつり、という。
「できなくは、ない」
「そうか」
「でも、撃てない」
「――ん、どういうことだ」
「……ん」
シエラは弾倉を振り出すと、手首をひねるようにしてその中身を見せる。
「構造は理解できた。この銃自体のシステムは、銃弾を撃鉄で叩くだけ――となれば、発火のメカニズムは、この弾にある」
そう言いながら取り出した銃弾を掌で転がり、シエラは目を細める。
「だけど、この銃弾の仕組みが、分からない。恐らく、この筒の中に火薬が詰まっていると思われるのだけど……」
「ああ、金属薬莢を知らないのか……まあ、僕もあまり知らないのだけど」
カイトはシエラの脇に腰を下ろし、その掌の上の銃弾を摘まみ上げて説明する。
「この筒の中に火薬。で、この尻にあるのが雷管と言われる発火装置だ。これを撃鉄で叩かれると、発火。火薬が爆ぜ、薬莢の先端に埋め込まれた弾頭が飛んでいく」
「なる、ほど……雷管の、仕組みは……」
「正直、製法はよく分かっていない。だけど、代用はできると思う」
「確かに。火打石、を、使えば」
「フリントロックか。悪くない着想だ」
気がつくと、シエラは身を乗り出し、その銃を持ち上げて真剣な面持ちを見せてくれた。夢中になっている横顔を見ていると、ふとシエラと目が合い――急に、顔を赤くした。
「あ、わ――」
「っと、危ないぞ」
体勢を崩しそうになったのを、背に手を添えて支える。ちら、と床下を見れば、梯子が掛かっており、そこが地下の部屋になっているようだ。
シエラはその梯子の上で体勢を立て直すと、フードを目深にかぶり直しながら告げる。
「わ、分かった。これが、実用可能な状態で、再現する――けど、材料……」
「ふむ、鉄が必要なら、何とかなるのではないか? カイト殿」
静観していたソフィーティアが口を挟む。腕組みした彼女を見上げると、小さく笑って言う。
「ゴーレムは地中に潜り、鉱石を拾ってくることができる。彼らに任せれば、鉄鉱石なども集めることができる」
「……え、マジで」
「なんだ、知らなかったのか。まあ、ゴーレムのあまり知られていない特性だからな……どうした、カイト殿、そんなにショックを受けた顔をして」
「いや……場合によっては、それ、大分重要なことだから……」
カイトはそう口にしながらも気を取り直し、シエラに視線を向ける。
「工房も材料も用意する。是非とも、これを作ってもらえるか」
「……分か、った。作ってみる」
シエラは小さな声だが、はっきりとそれを請け負ってくれた。
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