第10話

 シエラに銃の製作を依頼すると、早速、カイトは工房の製作に入った。

 村からダンジョンへとつながる洞窟の入り口を、ポイントを使って少し形状を整える。元来の岩肌を変形させた炉を作り出し、それをシエラに提供した。

 それを見るなり、シエラは目を輝かせ、黙って作業に取り組み始めた。

 暇なカイトは、手が空くとその手伝いにちょくちょく顔を出していた。

 そのおかげか――シエラは、カイトに対して少しずつ心を開きつつあった。


「カイト……もし、かして、たたら場で働いたこと、ある?」

 洞窟のたたら場。入り口から入り込んでくる風が涼しい。

 シャツの腕まくりをしたカイトがふいごを動かして空気を送り込んでいると、シエラは槌を片手に小声で聞いてくる。

 カイトは腕を休めることなく頷き、言葉少なく答えた。

「ああ、少しだけな」

 昔ながらのたたら場で日銭稼いでいたことがある。

 そのときに炉の構造やふいごの作り方も教わっていた。肌にひりつくような蒸した熱気もどこか懐かしい。

 ふいごを動かすたびに、ごう、と炭が白く燃え上がる。行くところまで燃え上がった炎は赤ではなく、白や黄の炎へと変化するのだ。

 炉の中を見ていたシエラは、すかさず手慣れた様子でスコップを手に取った。

 慣れた手つきで泥炭と木炭、砕いた鉄鉱石を炉にくべ、視線をカイトに送ってくる。カイトはすかさずふいごを力一杯動かし、風を中に吹き込む。

 ごう、と音を立てて熱波が押し寄せてくる。それに、シエラは汗を拭う――その姿はローブに包まれ、フードをしっかり被っている。

「――熱くないのか。シエラ」

「慣れて、いるから」

 言葉少なげに答えるシエラ。その目は真っ直ぐに炉の中を見つめている。

 炎の色や鉄の溶け具合を見ているのだろう。その視線は真剣そのものだ。それに口角を緩めながら、カイトも汗を拭ってふいごを動かす。

 エルフの木細工で作られたふいごは、かなり動かすのに力がいる。

 それを何度も往復させると、鍛えているとはいえ、さすがに腕が悲鳴を上げ始める。

 それでも、しっかりと風を吹き込み、温度を保っていると――シエラが軽く手を挙げて制止を促す。手を止めると、シエラは火ばさみを炉に突っ込む。

「――こんな短時間ではできないだろう?」

「ん、当たり前。三日はかかる、から」

 シエラはそう応えながら、真剣な眼差しで火の中の鉄を掴み出す。真っ赤に燃えるそれをしっかりと眺めてから、口角を吊り上げて頷く。

「ん、いい鉄――今日は、ひとまず試運転。明日から、本格的にする」

「そっか。手伝うぞ」

 その言葉を聞き、わずかにシエラは視線を彷徨わせたが、やがて小声で頷く。

「ん……助かる。経験者の手が、借りられるのは、大きい」

「経験者って程でもないよ。指導してくれると、助かる」

「……カイトは、おかしな人」

 彼女は小さく呟く。その声は少しおかしそうで、釣られてカイトも笑みをこぼしかけ。


「あ、兄さま、ここにいた――」


 その声に、シエラは殺気立った。カイトは小さく吐息をつく中、洞窟の奥からローラが顔を見せ、わずかに顔をしかめた。

 シエラは威嚇するように鋭く吐息を吐き出し、ローラは感情を殺した声で言う。

「――私は、貴方の主に謝ったつもりだけど」

「けど……気に入らない……っ」

「そう。それならいいけど。一々、噛みつかれても困る」

「なら、顔を見せ、なければいい……!」

 シエラの吐き捨てるような声に、ローラはやれやれとため息をこぼし、カイトに視線を投げかける。すまん、と軽く目で詫びた。

 ローラは少しだけ傷ついたように表情を揺らしたが、すぐに頷いてくれる。

「――仕方ないな。じゃあ、消えるよ」

 ローラは踵を返して洞窟の奥へと消えていく。それを見届けながら、カイトはため息をこぼしてシエラに訊ねる。

「シエラ――ローラのこと、許してやってくれないか」

「……許せ、ない……大事な人を、侮辱した、から」

 シエラはそう言うと、黙って炉に向き直る。黙り込んでしまった彼女の背は誰彼も拒んでいるようで――カイトは心の底からため息をこぼすしかなかった。


「シエラは、頑固な子ですから」

 たたら場の試運転が終わったその夜、フィアを連れてカイトはヒカリの部屋を訊ねていた。彼女は苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに言う。

「ローラさんには、ご迷惑をおかけします」

「いえ、私の妹が不出来なだけですから……しかし、どうにかなりませんか?」

 カイトの傍のフィアが謝りつつも、解決の手段を聞く。ヒカリは思案そうに首を傾げ、小さく吐息をつく。

「私からも申し上げますが……多分、聞かないと思います」

「だろうな……」

 シエラの主であるヒカリでも、彼女をローラと仲直りさせることは難しいようだ。カイトは腕を組みながら、ふぅ、と吐息をつくと――ヒカリが軽く微笑みながら言う。

「それより――カイトさん、シエラと仲良くしてくださってありがとうございます」

「仲良くってほどでは……彼女に、たたら場の協力をしてもらっているだけで」

「あの子が何かに協力する、って珍しいのですよ。私が頼めば、さすがに何かしてくれますけど、ソフィ相手ではめったに引き受けません――人見知りですから」

 そういえば、話を持ち掛けにいったときも、床下の地下でひっそりとしていた。黒いローブに頑なに身を包んでいるあたり、外に出たがらない引きこもりなのだろう。

 ヒカリはくすりと笑いながら、カイトの目を見て訊ねる。

「不思議な人。カイトさんって、日本人なのに鍛冶の技術もあるのですか? 同じ時代の人ですよね?」

「ええ、そうだと思いますが――」

「カイト様は農耕や焼き物の技術、狩猟の技術などもありますから。頼りがいのある方ですよ」

 フィアが何故か胸を張って自慢する。ヒカリはくすくすと笑って頷く。

「頼り甲斐があるのは伝わってきます。私も、何かお手伝いできればいいのですけど」

「日本での知識を生かしてくれればいい――以前は、何をされていたんだ?」

「会社で、営業の仕事です……ただ、まだ入社して一年経っていないです」

「それでコモドに声をかけられたのか……災難だったな」

「ブラックな企業だったので、助かったとは思いましたけどね」

 カイトとヒカリは思わず顔を見合わせて苦笑いをこぼしていた。ヒカリはお茶を口にしながら、興味がそそられたように訊ねる。

「そういうカイトさんは、どんなことをされていたんですか?」

「バックパッカー。海外を旅していた」

「なるほど、それでこんなにいろんなことを物知りで」

「フィアに恵まれたから、できたことだけどな」

 フィアを振り返って笑いかけると、彼女は少し照れ臭そうに微笑んだ。ヒカリはそれを微笑ましく見つめながら、ふと気になったように訊ねる。

「しかし、何故、バックパッカーになろうと?」

「いろいろ事情があったんだ。家とかね」

「あ――それは」

 何かを察したように口をつぐんでくれるヒカリ。カイトはそれに苦笑いを向け、肩を竦めながら言う。

「僕の話はつまらない。ヒカリさんの話を聞かせて欲しい。そうだな――大学は出ているのだろう? 専攻は何だったんだ?」

「あ、そうですね……」

 ヒカリは少し思い出すように視線を彷徨わせる。それを見て、カイトは内心で吐息をついた。

(――あまり言いたくはないからな。日本を、追われた理由など)

 だが、その話題を避けたことを、フィアは感じ取っていたようだった。いつもの気遣うような視線で少しだけカイトを見つめているのに気づく。

 カイトは安心づけるように微笑みかけると、フィアは目を細めて頷いた。

「専攻は史学でした。歴史が好きで――世界史が得意です」

「へぇ、じゃあ、歴史の戦術も?」

「少し齧っているだけですって」

 ヒカリは何も気づかず、カイトに無邪気に笑みをこぼす。隠し事をしていることに少しだけ心を痛めながら、カイトは笑って訊ねる。

「なら、人を仲直りさせる戦術は、ないんですかね? ヒカリ先生」

 それはもちろん、ローラとシエラのことだ。ヒカリはすぐに察して苦笑いをこぼす。

「あは、そんなものあるわけないですよ。人と人の関係は、一朝一夕では生まれません」

 そう言いながら彼女はふと、何か思いついたように言う。

「ただまぁ、そういう機会を設ければ少しは改善されるかもしれませんね」

「そういう機会?」

「さりげなくですが、触れ合う機会を増やせば……もしかしたら、です。安直かもしれませんが、何もしないよりはマシではないでしょうか」

「ま、確かに。それもそうか」

 少しだけ考えてみる。シエラとローラの触れ合う時間を増やす。

 同じ空間にいてもいがみ合うだけだが、そこをどうにか緩和できれば。

(まあ……やってみるだけ、やってみるか)

 カイトはそんなことを考えつつ、ヒカリと他愛もない会話を続けていた。

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