第11話

 そして、翌日――。


「……カイト」

「ん?」

「なんで、この女がいるの」

 シエラが不機嫌そうに炉の前にどっかりと腰を下ろす。その横目の先には、ローラがふいごを手にして待機していた。彼女もふんと鼻を鳴らす。

「別に、私も来たいわけじゃないよ。兄さまに頼まれたから」

「すまん、ふいごを動かせる人員が欲しかったから。トロールもゴーレムも、忙しいし。僕だけだと体力が足りん」

 カイトが両手を合わせて拝むと、シエラは片目でローラを睨んでいたが、仕方なく吐息をついた。

「――別に、喧嘩を売らないなら構わない。黙って、働けば」

「分かっている」

 ローラは素っ気なく答える。ん、とシエラが頷き、カイトを振り返った。

「じゃあ、作業を始める。手伝って」


 冶金の行程はいたって単純。鉄を溶かしていく、ということ。

 だが、その途中で入れる炭の量、種類、温度で性質はさまざまに変わっていく。シエラはそれを完ぺきに熟知していくのか、よどみなく炭と砂鉄を流し込んでいく。

 時折、砕いた鉄鉱石を混ぜ込み、火の中を覗き込み、様子を確かめる。

 それを繰り返す中、ローラは黙ってひたすらにふいごを動かしていた。

 カイトはゴーレムに指示を出して、必要分の砂鉄と鉄鉱石を集めさせながら、二人の様子を眺めていく。

「ふいご、もう少し強く」

「ん――」

「そのまま」

 二人は必要最低限のやり取りで、視線も合わせない。だが、それでもしっかりと仕事をこなしてくれている。

 シエラは職人気質であり、仕事に没頭すれば恨み言もなくなるらしい。黙って炉の炎を眺めながら細かく指示を出しつつ、材料を加えていく。

「カイト、砂鉄」

「あ、おう」

 用意した木桶を手渡す。彼女は炉から目を逸らさずに受け取ると、それを炎の中へくべていく。その横顔を見ながら、少しだけほっと安堵の吐息をこぼした。


「ローラもシエラも、悪い子ではないですからね」

 しばらく経って、ヒカリと見張りを交代し、カイトはフィアとの一時を過ごしていた。

 今日は、軽く手合わせ。エルフの村の外の空き地で、二人で拳を交えていた。

 フィアも身体の動かし方が分かってきたのか、ブルマ姿で機敏な動きで立ち回る。

「ローラも、なんだかんだでカイト様の言うことを理解しています。気に入らなくても、しっかりと仕事をこなしてくれるはずです」

「まあ、使命感も強いしな。そこはフィアにそっくり」

 放たれた拳を受け止め、逸らしながらカウンターを合わせる。フィアはそれを身を逸らして躱しながら、くすりと笑みをこぼした。

「そこは姉妹ですから。ただ、ローラには自分のことも考えて欲しいですけど」

「フィアも似たようなものだと思うけどなあ」

 ただ、確かにローラはどこか自分のことが疎かなときがある。いつも自分だけ遠慮し、姉や周りに譲っている印象がある。

 普段、悪戯を仕掛けてくるのは、それの反動だったりするのだろう。

(だけど、最近、悪戯が少ないな)

 フィアと夜を過ごしているため、ローラは遠慮してベッドに入ってくることがなくなってしまった。思えば、あまり話もしていない気がする。

 その様子を見て取ったのか、フィアは回し蹴りを放ちながら目を細める。

「――たまには、ローラに構ってあげた方がよろしいのでは?」

「ん、まあそうだな」

 片手で蹴りを掴んで受け止める。勢いが強く、靴底が後ろへこすれる。だが、しっかりと受け止め、そっとフィアを見つめ返してしみじみ言う。

「いい相棒だよな。フィアは」

「そういうカイト様――よくこの蹴りを受け止めましたね。結構、本気でしたよ」

 フィアは少し驚いたように目を見開く。カイトは足を手放しながら肩を竦める。

「暇だから、少し筋トレしているんだ。少し成果が出たか」

「に、しては、しっかり受け止めましたね」

 フィアの身体から気迫が抜ける。カイトも拳を下ろすと、彼女は眉を寄せながら彼に歩み寄って腕に触れる。

「――ポイントで、身体を強化したり、とかは?」

「いや、全く……」

「ふむむ、妙ですね。それで、私の本気の半分を受け止めますか」

「いや、正直、痛かったけどさ」

 トップスピードを出す前に足を掴み、全身を使って衝撃を受け止めれば難しくないのだが――フィアとしては、にわかに信じがたかったらしい。

 しげしげと不思議そうにカイトの腕を眺めていたが、ふと、彼女がその鼻先を腕に近づけ、すんすん、と鼻を鳴らす。

 瞳がわずかに蕩ける――なんだか、嫌な予感がしてフィアに訊ねる。

「――何しているのかな? フィア」

「か、確認ですよ? これはあくまで確認――」

 そう言いながら、フィアはしっかりと腕を掴んで引き寄せる。頬を赤らめながら、彼女は首筋に鼻先を近づけ、息を吸い込み――ぶるりと身震いした。

 うっとりと上気した頬、熱に浮かされたように潤んだ瞳でフィアは首に唇を寄せてくる。くすぐったい感触に、カイトはしばらく固まっていたが、やがて仕方なくため息をこぼす。

「全く――そんなに焦らんでも、閨でじっくり一緒になるだろうに……」

「うぅ……仕方ないんです。カイト様の匂いが悪いんです。この野性的な香り――」

 その言葉と共に、唇がそっと首筋に当てられる。湿った感触が首筋を這う。くすぐったい感触が快感になって脳に迸る――なんだか、いけない気分になりそうだ。

 カイトはフィアの身体を抱きしめながら、ぽんぽんと背を叩く。

「落ち着け、フィア――外だぞ。夜で、またたっぷり――」

「嫌です。カイト様の新鮮な香りは今だけなんです……」

 フィアの熱に浮かされた目つきは、肉食獣のように爛々と輝いている。

(あ、これはダメなやつ……)

 それに気づいた瞬間、フィアが妖しい笑みを唇に浮かべ、そっと手を引いていく。そちらの方向にあるのは、川辺の茂み――。

「少しだけ、先っぽだけですから。ね?」

「それ、絶対、先っぽだけで終わらないでしょう……」

 カイトはあきらめながらフィアについていく。彼女の恥じらいながらの笑顔を見せられると、とてもじゃないけど、断ることができなかった。

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