第5話
第五階層、居住区画。
そこの会議室に、一人の女性が硬い表情で姿を現していた。その後ろに黒いローブの魔物も控えている。
先導するコモドが、やぁ、とばかりに尻尾を上げ、視線で女性を見やる。
「カイト、彼女がここより少し離れた場所にあるダンジョンのマスター。ヒカリだよ」
「は、はい、細川、ヒカリと申します」
少しだけ緊張した面持ちで、すっと顔を上げて答える彼女は、東洋風の顔立ちをしており、我の強そうな吊り目がちの瞳。着ている服もスーツのようだ。
そして、確定的なのはその名前だ。
「――日本人か」
「あ……もしかして、貴方も」
「ああ、鳴上海人。カイトと呼んでくれて構わない。こちらはフィアとローラ、僕のダンジョンの番人だ。まずは、ようこそ――どうぞ掛けてくれ」
左右の姉妹を紹介しつつ、用意した木のテーブルと椅子を勧める。
ヒカリはこくんと頷き、その椅子に座る。その後ろに立っていた黒いローブの魔物が、するりとその後ろに立った。
すっぽりとローブを被っていて分からないが――全体的に黒い印象だ。
カイトも合わせて椅子に座り、フィアとローラはその後ろに立つ。二人のマスターが席についたことを確認し、コモドが言葉を添える。
「僕はあくまで案内人だ。サポートはするけど、二人の判断には口を出さない。二人の会議にも、口を挟まないつもりだ――好きに話すといい」
「うん、ありがとう、コモド。助かるわ」
ヒカリと名乗った彼女は穏やかな口調でそう言うと、視線をカイトに戻した。きりっと表情を引き締め、凛とした声で告げる。
「はい、カイトさん……まずは、今回の申し出を受け入れて下さってありがとうございます。改めて、ダンジョンマスターのヒカリです。こちらはシエラ」
後ろの黒いローブが軽く頭を下げる。それを見つめ、カイトは頷く。
「カイトだ。よろしく頼む――それで、今回、そちらが我が傘下に降りたいとか」
単刀直入に本題を切り出すと、ヒカリはわずかに目を伏せさせて頷く。
「はい、私が不甲斐ないばかりに、ダンジョンが危急の事態にあります。ポイントも少なく、ダンジョンを十分に守れない事態と判断しました。もしよろしければ、傘下に加わり、私と私の部下を保護していただきたいのです」
「なるほど、保護、ね」
カイトは少しだけ目を細めて頷き、訊ね返す。
「そちらのダンジョンコアの情報。ポイント数は」
「ポイントは残り八百……コアのレベルは三くらいあります」
「――フィア、僕の方は?」
「今の段階で五です」
となると、騎士団を倒す前のカイトのダンジョンくらいの規模はあるらしい。フィアが補足するように付け足す。
「ダンジョンコアは融合することができます。経験値を吸収するので、コアのレベルは六にあげることができます」
「――つまり、極論、キミからコアを取り上げて吸収。その後、キミたちを売り飛ばすこともできなくはないのだが?」
試すような口調で訊ねると、わずかに黒いローブの魔物が動いた。迸る殺気――だが、ヒカリは手を挙げて制し、はっきりとした声で告げる。
「それは覚悟の上です。ですが、そうなれば私の要求も呑んでいただきたいです」
「それは?」
「私は構いません。ですが、私の部下たちは売らずにここに止めて欲しいのです。決して役に立たない子たちではないので」
思いのほか、芯の強い言葉だった。その部下想いの姿勢に好感が持てる。
ふむ、とカイトは少し考え込むと――不意に、ローラが何か言いたげについ、とカイトの背を触れる。視線を向けて頷くと、ローラは頷き返して口を開く。
「傘下に加わる、と言っているのに条件をつけるというのは、少々、虫が良すぎるんじゃないかな。私たちは、別に断っても構わないのだし」
少しだけ険のある声だった。ローラの言葉に、また黒いローブの魔物は殺気立つ。ヒカリ自身は動揺しない。ゆっくりと口を開いて言う。
「もちろん、そうです。ですが、こちらも生死が掛かっていますので、尻尾を振る相手は選ばせていただきたいです」
「へぇ、とんだ尻軽女だ」
嘲るような口調でローラが挑発する。瞬間、黒いローブの魔物が動いた。
だん、と地を蹴る音。ひらり、と目の前で漆黒が広がり――。
鈍い金属音と共に、火花が飛び散った。
目の前では、ローブの魔物が大振りの鉈を突き出している。だが、動くことはできない。
真上から降ってきたエステルが、素早くその鉈を踏みつけて抑え込んだからだ。ローラもまた踏み込み、首に手刀を突きつけている。
一瞬の交錯で、目深にかぶっていたフードが外れている。
そこにはあったのは――二本の鋭い角。額の角を生やし、浅黒い肌をした少女が、荒々しく犬歯をむき出しにして睨みつけている。
「し、シエラっ! 貴方――!」
「……どうする? 兄さま」
低い声でローラが訊ねる。その手刀がゆっくりとその首に近づいていく。それを見て、ヒカリは顔面を蒼白にして喉を引きつらせる。
それを見て、カイトは軽く手を払うようにして答えた。
「放してやれ」
「了解」
すっとエステルは足を退け、するりとテーブルから降りる。不服そうにしたローラもゆっくりと身を離す。その様子を黒いローブの魔物――シエラは憎々しそうに見ていた。
「悪い。うちのローラが挑発し過ぎた。それは、謝る」
「い、いえ……とんだご無礼を……シエラ、謝りなさい!」
「う……いや……」
シエラはヒカリの元に戻りながら、つん、と顔を背ける。鋭い眼光でローラの方を睨みながらはっきりという。
「あの女は、ヒカリを、侮辱した」
「それでも……!」
「いや、構わない。こちらこそ、ローラに変わって謝る。失礼な発言をした」
「こ、こちらこそ……申し訳ないです。カイトさん」
主二人が揃って頭を下げると、ローラとシエラは決まり悪げに視線を逸らし、お互いを睨み合う。それを見やり、フィアは額を抑えて吐息をついた。
ヒカリは、すまなそうに眉を寄せながらも、油断なくカイトを見ている。
だが、机の上に置かれていた拳はぐっと握られ、わずかに小刻みに震えている。
その様子を見つめ、カイトは目を細めた。
「では、話に戻る。ダンジョンの管理権、委譲の話だが」
「は、はい……」
緊張したヒカリが背筋を正す。カイトは安心させるように微笑んで告げる。
「お受けしよう。貴方たちは、ひとまず信頼に足るようだ」
一連の会話とやり取りで察した。二人は、そこまで悪い人間ではない。
少なくとも、悪だくみをしても、カイトたちを出し抜けるとは思えなかった。賢いが、悪知恵は足りない感じの、二人組なのだ。
招いても問題ないと判断して告げると、ヒカリは目を見開いてつぶやく。
「あ――ありがとう、ございます……ですけど、何故……?」
「主従の絆が伺えた。ひとまずは、それで結構だ。二人と、貴方の部下の生活も保障する。コモド、少し聞きたいのだけど」
「なんだい? カイト」
話し合いを見守っていたトカゲに声を掛け、質問を投げかける。
「管理権を委任、共有できるのは知っている。なら、一部委任、みたいなことは?」
「管理権はマスターが一括することになっている。けど、そうだね」
コモドは少しだけ考えを巡らせてから告げる。
「ポイントをある程度、預けることは可能だよ」
「了解した。では、見返りというわけではないが、こういうことにしよう」
カイトは咳払いをし、ヒカリに真っ直ぐ視線を合わせる。
「貴方たちをダンジョンに招き入れ、スペースを与える。もちろん、ダンジョンが侵略された場合は、二人で共同防衛するけど。そして、生活の保障として、当面必要なポイント――そうだな、一万ポイントくらいは与えようか」
その軽く告げた言葉に、全員が思わず言葉を失った――コモドを除いて。
いち早く我に返ったのは、フィアだ。咳払いをして早口に言う。
「お、お考え直し下さい。カイト様。それは明らかに――」
「フィア、それだけ僕はヒカリさんを信頼した、ということだ」
強めの言葉でそれを遮ると、フィアは言葉を詰まらせ――やがて、頭を垂れた。
「――仰せのままに。カイト様」
「……です、けど、カイトさん、さすがにそれは受け取れないというか……」
受け取るはずのヒカリも困惑しているが、そちらに対してにこやかに接する。
「もちろん、タダで融通するわけではない。ヒカリさんのマスターとしての知識、経験を生かしてもらいたいし……それに、シエラをはじめとした貴方の部下も力を借りたい。コモドから聞いているかもしれないが、このダンジョンは騎士団にマークされている。一人でも多くの実力者の力を借りたいんだ。これは、報酬の前払いと言ってもいい」
その言葉に、ヒカリは目を見開き――やがて、真剣な表情で一つ頷いた。
「分かりました。カイトさん、私も協力を惜しみません」
「ん、助かる――そういうことだから、コモド、手続きをしたい」
「分かったよ。カイト――全く、キミって奴は」
呆れたように吐息をつき、コモドは苦笑いを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます