第4話

 コモド曰く、ダンジョンコア、とは神の魂の一部であるらしい。

 それらは無数に各地に散らばることにより、世界中の崩壊を防ぐ安全装置として作用する。その副作用として、その大地に豊穣をもたらすのだ。

 カイトたちのダンジョンも、その恩恵を受けているのだが――。

 そのダンジョンコアは、前述した通り、各地に散らばっている。つまり、一つではない。カイトのダンジョンから少し離れた場所にも、いくつかダンジョンが存在し――。


 そのうちの一つが、コモドを通じてコンタクトを取ってきたのである。


『正直、こんなことは前代未聞なんだ。他のダンジョンに対する同盟申請、あるいは、侵略を行うといったことは稀ではあるが、何度かあった。だけど、降りたいというのは――』

「そう、ですね。聞いたこともないです」

 第五階層の居住区画――そこは、石レンガで壁を作って空間が仕切られている。そのうちの一室、カイトの広々とした私室で会議が開かれていた。

 その場にいるのはカイト、フィア、ローラ、エステル、キキ。

 ウィンドウで参加するコモドは、困惑を滲ませた言葉をさらに続ける。

『まあ、もちろん、できないことはない。ダンジョンコアの管理権は委譲できるからね。ただ、それを行ってしまうと、マスターはマスターでなくなる。ただの人間だ。魔物以上に役に立たなくなってしまう』

「それでも、傘下に降りたい――というのは、余程、切羽詰まっているんだな」

『まあ……正直、そうだろうね。冒険者たちに侵入され、ポイントを駆使して撃退していたけど、だんだんコストの方が大きくなってきて、手が回らなくなってきたみたいだし』

 だけどね、と付け加えるようにコモドは告げる。

『キミたちが騎士団を撃退したのが大きかった。それによって、冒険者たちの攻勢が止んで一時的な小康状態になった――そのおかげで余裕が生まれてきたんだ』

「……なるほど、ここからあまり遠くないのかな」

 騎士団が倒されたことを聞いて、冒険者たちは警戒をしたのだろう。とはいえ、時間の問題ともいえるが……。

(そこで立て直す前に、僕たちに助けを求めたわけか……)

 一つ息を吸い込み、真面目な顔でコモドのウィンドウを見つめる。

「率直に聞く――罠の類の可能性は」

『ない。全くないと言っても構わない』

 コモドがはっきりとした言葉で断言し、フィアが考え考え頷く。

「コアの管理権を委譲してしまえばそこまでです。全くの丸腰、何もすることができません。強いて言うのならば、会談の場で待ち伏せする、あるいは、コアの管理権を委譲してから、隙を見て暗殺する、ということは考えられますが……」

『まあ、いずれも片手落ちだよ。ダンジョンの管理権は、仮にカイトが死んだとしても、フィアに引き継がれる。相手方に一切のメリットがない。それに、あの子のことを私は知っているけど、あの子は卑怯な真似はしない子だからね』

 フィアとコモドの言葉に、カイトは頷いて告げる。

「分かった。会おう。こちらのダンジョンに招き入れ、事情を尋ねた上で判断する。随行できるのは二名まで。それを伝えてくれ」

『ん、分かった。一応、会談には私も立ち会うよ』

「ああ、助かる」

 コモドがいれば、相手も迂闊なことはできないだろう――コモドが、グルでなければ、だが。

 日取りを決め、ウィンドウを閉じてから、深く吐息をついた。

「やれやれ――なんで、一難去ってまた一難なんだか」

「お疲れ様です。白湯を、おいれしますね」

 フィアが気を利かせて腰を上げる。頷いて礼を示しながら、視線をエステルに向ける。

「万が一のこともあり得る。会談の場では、隠し部屋で待機していてくれ」

「かしこ、まりました」

「ローラは、会談の際、僕とフィアの傍に」

「了解!」

(後は、念のために――)

 振り返り、自分のベッドに歩み寄る。その枕元に仕込んである拳銃を引き抜いた。

 エステルの元主人から取り上げた、銀弾入りの銃だ。万が一の保険にはなる。

 それらを確認していると、フィアが戻ってきて白湯を机に置いた。

「――ちなみに、カイト様、どうされるおつもりで?」

「……そう、だな」

 拳銃に安全装置を掛け直し、枕元に戻す。そうしてから、フィアたちを振り返ってげんなりとため息をつく。

「正直な気持ち、引き受けたくはない――僕はあくまで、フィアやローラ、エステルとのんびり暮らしていたいだけなんだ」

「カイト様は、そういう方ですよね」

 カイトは机に寄り、白湯を取って口にして続けて言う。

「けど、騎士団の恨みを買った。そう考えると、平穏に暮らすのは難しい。となれば、自衛の手段を固めるしかない。コアの増強になるのなら、積極的に考えるべきだ」

「その方針で、間違っていない、と思います」

 エステルが賛意を示してくれる。ただ、ローラだけは難しい顔をする。

「――これで、本当に降ってくれるのならね。それに……」

「それに?」

「女の子だったら嫌だなぁ……」

「ああ、それは嫌ですね……」

 フィアとローラは揃ってため息をつく。カイトは苦笑いを浮かべながら、椅子に腰を下ろした。

「それを言うなら、僕は男が嫌だぞ? フィアとローラにちょっかい出されたくないし」

「それは、嬉しいですけど、私たちも気持ちは同じですから」

「兄さま、結構、優しい性格しているからね。敵には容赦ないけど」

「……ま、そのときにならないと分からないさ」

 カイトは空気を切り替えるように手を叩いて告げる。

「とにかく、作業を進めよう。二階層と、ここの居住スペースの整備を進めないと」

 その声に三人とも頭を切り替え、しっかりと頷いてくれる。カイトの指示を、信頼し切ってくれているのだ。それを嬉しく思いながら、カイトは先に想いを馳せる。

(――妙なことに、巻き込まれなければいいのだが……)


 そして――その、決めた日時がやってこようとしていた。

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