第3話

 それからまた数日が過ぎ――カイトたちは、また開拓に精を出していた。

 ジャングルの一角の竹林地帯。そこは燃えずに丸々残っている。そこの竹を、手に馴染んだ鉈でカイトはせっせと切り倒していた。

「よ――っと」

 暇なときに少し研いだが、それだけで鉈は切れ味を取り戻している。カイトが軽く腕を一閃させるだけで、竹が斬られて倒れていく。

 竹がゆっくりと倒れて、地面に転がる――そこへ、わっとキキーモラたちが群がった。

 手にしたナイフで、切り倒された竹の葉を切り落としていく。

 その間に、カイトは竹を丁度いいサイズに切り分けていく。加工が終わると、それを見計らったように、のっそりと竹林の間から巨体が姿を現した。

 二メートル以上ある図体で、小太りの巨体――トロールだ。

「やぁ、これも頼むよ」

 それを見上げて声をかけると、トロールはわずかに口角を吊り上げて頷いた。

 竹を拾い上げ、まとめて持ち上げる。その肩にキキーモラたちはよじ登り、肩の上に乗る。それにトロールは気にすることなく、のしのしと足音を響かせて歩いていく。

 トロールは寡黙だが、しっかりと仕事をこなしてくれる力持ちだ。とても頼もしい。

 それを見送ってから、背後を振り返った。

(大分、刈り取ったな……ひとまず、竹林の伐採はここまでか)

 そこは大分、拓けた場所になってきた。足元には切られた竹の根元がたくさんある。地下茎はそのままにしているので、放置していればすぐにまた繁殖するだろう。

「ご主人、様、一段落ですか?」

 その小声が後ろから響き渡る。振り返ると、籠を抱えたエステルが首を傾げていた。頷きながら、カイトはエステルの傍に歩み寄る。

「ああ、ひとまず竹の調達は終わりだな。魚は、取れたか?」

「はい、十分な量は」

 籠の中身を見せてくれる。そこには活きのいい魚がまだ跳ねていた。

「今日は、焼き魚にします」

「フィアとローラも喜ぶな」

「ええ、きっと」

 エステルは大事そうに籠を抱え、ただ、と少しだけ眉を寄せて告げる。

「ジャングルでの食料は、減っています」

「……まあ、そうだな」

 ちら、と視線を辺りに向ける。そこは焼き討ちにあったジャングル――その面積分だけあった、実のなる木々は燃え尽きてしまった。

 のみならず、畑も全て灰塵と化し、安定供給が難しくなっていた。

 不毛の土地と化したその大地をエステルは見つめ、へにゃりと尻尾を垂れ下げさせる。

「まだ、我々だけなら食糧事情は保ちますが、これ以上の確保は、難しいかと」

「ん……そっか、頭に入れておく」

 ダンジョンの再建だけでなく、食糧事情も課題だった。

 カイトは軽く頷き、エステルと並んで二人でダンジョンへと戻る。エステルの腕の中でぴちっ、と魚は活きがよく跳ねていた。



 第二層では、竹と粘土を使った建築がひたすら進んでいた。

「あ、兄さま、お疲れさま」

 食事の後で様子を見に行くと、現場監督をしているローラが笑顔で出迎えてくれる。ブレザー服姿の彼女は、少し粘土で顔を汚しながら作業に勤しんでいた。

 カイトは軽く頷きながら、視線を左右に向けた。

「――いい感じで、作業が進んでいるな」

 そこには、通路を作るように土壁ができつつあった。

 キキーモラたちがせっせと竹で壁の骨組みを作り、そこにトロールたちが粘土を塗りたくっている。昔ながらの古民家に使われる土壁を、みんなで作っていた。

「この壁で、ダンジョンの迷路を作るんだね」

「設計通りに作れているよな?」

「うん、目印に杭を打っているから大丈夫」

 ローラの言葉を聞きながら、カイトはすでに固まっている壁を手で触れ、こつこつと叩く。しっかりと固まっており、ちょっとやそっとでは崩れなさそうだ。

(ヤシの木の繊維や、石灰、岩塩も混ぜてしっかり固めているからな)

 セメント並みには、固く仕上がっているのだ。その通路が徐々に出来上がりつつある。

「ローラ、このペースだとどれくらいでできる?」

「ん、資材も十分集まったし、キキーモラ、トロール総出で作れば、一か月でいけるんじゃないかな。粘土も、ゴーレムが集めてくれるし」

「そうか。優秀だな、ローラは」

 そう言いながら、ローラの頭を撫でると、えへへ、と表情を緩ませた。

「みんながやってくれるおかげだけどね……でも、折角ならご褒美が欲しいかな。兄さま」

「ああ、フィアが拗ねない程度に」

 相変わらず、フィアは一度機嫌を損ねると、少々それを直すのに時間が掛かる。

(昨日もハルピュイアやサキュバスを調べていたら、思いっきり拗ねられたし……)

 女型の魔物はしばらく召喚しない方がよさそうだ。そんなことを考えながら、ローラに手を差し伸べる。

「ここはキキたちに任せるとして、少し休憩に行こうか。ローラ」

「ふふっ、いいご褒美。喜んでっ」

 ローラは無邪気に笑うと、その手を取って隣に並ぶ。キキーモラとトロールたちが作業しているのを見やりながら、二人でのんびりとダンジョンの中を歩く。

 そのまま、階段を使って第三層に降りる――そこは、まだ手付かずの領域だ。

「兄さま、ここには何を作るの?」

「ここは、魔物の繁殖場にしたい。ここで繁殖した魔物たちが、迷宮の中に入り込む構造にする予定だ」

 一応、必要な光量を確保するために、光水晶を埋め込むつもりである。まだ、薄暗い迷宮をローラが鬼火で照らしながら、そっと寄り添ってくる。

 ちら、と横目で見ると、ローラは上機嫌そうににこにこと笑っている。

「――楽しそうだな」

「ん、兄さまとダンジョンデートだよ」

「斬新なデートだな。それは」

「いいの。二人っきりでいられるのが楽しいんだから」

 手をぎゅっと握り返し、照れ臭そうに少しだけはにかむローラ。可愛らしい笑顔に、カイトは釣られて笑みをこぼした。

「まあ、ローラと一緒にいるのは、楽しいな」

「そう? それなら嬉しいけど。私、面倒くさくない?」

「……それは時々思うけど」

「そこは否定して欲しかったな……」

 ローラは力なく笑う。その頭に手を載せ、軽く撫でてやる。

「そういうところも、好きだってこと。フィアと同じくらいにな」

「あはっ、調子のいい兄さまっ」

 そう言いながら、ローラが腕に抱きついてくる。その温もりはもう慣れたものだが――腕を包み込んでくる、その柔らかい感触には慣れない。

(少し前も思ったが……なんでこう、姉妹でこんなにサイズが違うのか……)

 内心で首を傾げていると、ローラはくすりと笑って目を覗き込んでくる。

「姉さまと比べていた?」

「……何のことだ?」

「カイト兄さま、とぼけるの下手だよね。別に、私は気にしないのに」

 頬を染めながら、ローラは尚さら強く腕を抱きしめてくる。その腕に柔らかさが伝わってきて――釣られて頬を染めてしまう。

 ローラはそっとカイトの顔を覗き込みながら、少しだけ不安そうに眉を寄せる。

「それとも――私って姉さまに比べて魅力がない?」

「いや、そういうことは断じない。それは保証する。だけど――」

 カイトは足を止める。傍にあった丸太に腰を下ろすと、ローラもその横にちょこんと座る。ローラの目を見つめ返してから少し苦笑いを返した。

「いい加減なことは、したくないんだ。一つ一つにしっかり向き合って接したい。特に、命のやり取りが多い現場だからね」

「ん……別に、少しくらい無責任でも……」

「いいや、ダメだよ。特に、フィアとローラに関してはしっかりと接したいから」

 ふと思う――ここに行きつくまでは、ずっと旅をしていたのだ。

 ひたすらに、流浪。その間で、行きずりの関係になる相手もいた。だけど、きっぱりと決別し、旅を繰り返していたのだ。

 長い間、傍にいる相手――それは、フィアとローラが久しぶりなのだ。

「これからもずっと傍にいたい。そう思える相手だからこそ――フィアとも、ローラともきっちり接していきたいから」

 もちろん、男として、美少女姉妹とくんずほぐれつ、みたいな願望はなくはない。

 だけど、中途半端なことをしてしまうのが、一番よろしくない。

 二人とは、本当の家族のようにありたいから。

 ローラはじっと目を見つめていたが、ふと仕方なさそうに笑みをこぼした。

「カイト兄さまは、本当に真面目だね」

「ローラが少しいい加減だと思う。自分の命に、頓着しないところあるし」

「それは……う……」

 ローラは視線を泳がせる。一度、前科があるので反論できないのだろう。だが、視線を戻すと、少し睨みつけるようにして言う。

「兄さまは、姉さまに押し切られて身体を許したくせに」

「……それは、面目ない」

「それは、中途半端じゃないの?」

「……返す言葉もない」

 実際、それはそうだった。カイトは思わず項垂れると、ローラはくすっと笑い、腕を抱きしめながら耳元で囁くように言う。

「いいよ。兄さま。待ってあげる。しっかりと答えを出すまで」

「……悪い。ローラ」

「ううん……その分の謝意は、先にもらっておくから」

 悪戯っぽい声と共に瞳が輝く。そのほっそりとした指が伸び、カイトの顎に添えられ。

 そっと、唇が押し当てられた。

 遠慮がちに、小さく重なり合う。もどかしくなるほど、淡いキスをして――ローラは目を細めて照れ臭そうに笑った。

「これで、今は我慢してあげる」

「……ああ、ありがと」

 中途半端にはできない。だからこそ、フィアともしっかり話して自分と彼女たちの関係を決めなければならない。カイトはそれを心に誓いながらローラを見つめ返した。


「っと……?」

「ん、どうしたの? 兄さま」

 第五層――居住区画にローラと共に戻ると、不意にウィンドウが勝手に反応した。

 珍しいことだが……これは外部からの通信が来たときだ。ということは――。

「……やっぱりコモドか」

『ああ、カイト、ごきげんよう』

 ウィンドウを開くと、コモドのいつもの顔を見せてくれる。だが、その顔は微妙に晴れない。トカゲの顔色なんてわかったものではないが。

「……どうかしたか? コモド」

『ああ、うん、今日はキミに相談があってね。私も、こんな事態は正直、初めてなんだけど』

 コモドはそう前置きしながら、口調にも困惑を滲ませて告げる。


『他のダンジョンが、傘下に降りたいと言ってきているんだ』

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