第2話

 数日ぶりの外は眩しく――空気が焦げ臭かった。

 洞窟から外に出た瞬間、じゃり、と炭が足元で砕け散る。ぐるりと見渡すと、あたりは炭だらけ、真っ黒である。

 焼け焦げた木々を見つめ、カイトの供をするフィアは吐息をこぼす。

「――散々たる光景ですね……まあ、仕方ありませんが」

「それにしても、よく燃えたものだ。焼畑はやったことがあるが、ここまで気持ちよく燃えてはくれなかったが」

 地中に泥炭が交ざっており、それに黒色火薬とタールを混ぜたことで、かなり勢いよく燃え盛ったらしい。洞窟付近の木々は、ほとんど燃え尽きている。

 鬱陶しいくらいあった、木々や植物は物の綺麗に焼き払われてしまっていた。

(逆に、これは――好都合では?)

 ふと、その拓けた土地を見て思う。フィアはその顔を覗き込んで、少しだけ目を細めた。その愛らしい顔に好奇心を浮かべて訊ねる。

「何か、思いつかれましたか?」

「いや、そういうわけではないけど……フィアの考えは?」

「……そうですね。再建しようと思うと、かなりポイントを消費します」

 ダンジョンコアに与えられるポイント。それを利用すれば魔物を召喚でき、物を創造することができる。だが、もちろん、質や量に応じてポイントは高くなる。

 これだけの面積を回復させるとなれば、何万ポイントを必要とするか分からないだろう。それを鑑みるなら、と目を細めて告げる。

「ここは、そのまま使った方が好都合かもな」

「なるほど、よく言えば拓けたわけですからね」

 フィアは考えを察して頷くが、首を傾げて一つ懸念を示す。

「ですが、ダンジョンとしては欠陥ではありませんか? このままだと、拓けたままで不利になります」

「そこは、階層を増やすことでカバーする。どれくらい、増やしたらいいと思う?」

 カイトの質問に、フィアはんん、と眉を寄せ、形のいい唇に人差し指を当てる。

「そうですね。ダンジョンコアのレベルもあがり、支配領域が拡大しましたから、最大、第五層までは可能です。ただ、一層に必要なのは、一万ポイントですが」

「……なるほど」

 頭でざっと試算する。今、第二層まであるから、第五層まで増やすのには三万ポイント。それを消費しても、十万ポイントは手元に残る。

「それなら、第五層までぶち抜いてしまおう。それで、第五層部分を、生活区画にする。第二層から第四層はダンジョンになるように整備していくとしよう」

「分かりました。加えてワープゲートを用意することを提案します」

 フィアが手を挙げて発言する。カイトは眉を寄せて訊ねる。

「それは?」

「さらに、一万ポイントの投資が必要ですが、各階層を自由に行き来できるようになります。また、敵はそれを利用できません」

「そんな便利なものがあるんだな……採用」

 それを使えば、資材の運搬が楽になるだろう。これからもできるだけ、ポイントを節約するためにも、自分で作れるものは自分で作るべきだ。

(となれば、使い物にならない一階層をカバーできる規模のもの……)

 そうなれば、本来のダンジョンの在り方に習うべきだろう。

「となると、二階層の構想だけど……」

 フィアに視線を合わせると、彼女はすぐに察してくれる。自信に満ちた表情で、彼女は口を開く。

「――迷宮」

 二人の声が合わさった。それに思わず二人で笑みをこぼす。

「さすが相棒、分かってくれるか」

「ええ、カイト様のお考えはもう、とっくに」

 カイトはフィアの頭をくしゃっと撫でると、嬉しそうに微笑みながら控えめにフィアは掌に頭を押しつけてくる。もっと撫でて欲しい、という催促に応えながら、カイトは言葉を続ける。

「ただ、そうなるとできるだけ、手作りで迷宮は仕上げていきたい」

「そうですね、壁の量が増えれば増えるほど、ポイントの消費は増えていきますから。となれば、人員が必要ですね」

「キキーモラを増やそう。あとは、力仕事や運搬ができる魔物――」

「では、トロールを推奨します」

 打てば響くようにフィアが答えてくれる。その澄んだ声に眉を寄せてカイトは訊ねる。

「トロール? なんとなく、乱暴者のイメージを思い浮かべるが」

 地球で大人気だった、某魔法学校の映画を思い出してしまう。間抜けで、狂暴な魔物のイメージだ。だが、フィアは首を振って安心づけるように柔らかい笑みを浮かべる。

「オークやオーガは、少々乱暴ですが、トロールは刺激しなければ温厚な種族ですよ。どちらかというと、妖精族に近いのです」

「じゃあ、キキーモラたちと仲がいいのか?」

「ええ、きっとそうです……よね? キキ」

 ふと、足元を通りかかったキキーモラの隊長に訊ねる。身の丈ほどあるタケノコを背負って運んでいたキキは立ち止まると、敬礼してこくこくと頷く。

 わずかに首を傾げ、その後にぴしりと踵を揃える。

「ふむ……『もちろんですが、力仕事ならゴーレムたちにも任せられると思う。誰が仲間でも、私たちは全力を尽くします』か」

「……よく解読できますね。カイト様」

「まぁ、なんとなくだけど。ありがとう。キキ」

 キキの頭をよしよしと丁寧に撫でると、キキは愛らしくぴょんぴょんと飛び跳ねてにっこりと微笑む。目をぱちくりし、わずかに首を傾げる。

(『いずれにせよ、あまり無理はしないでくださいね?』――か)

 その仕草の意味を何となく察し、苦笑いを返す。

「ん、ありがとう。キキ。作業に戻ってくれ」

 キキは敬礼を返し、タケノコを背負うと踵を返して立ち去っていく。それを見送ってから、カイトは振り返る。

「で、ゴーレムって単語が出てきたけど」

「確かに。それも妙案です。特に無機物なので、食事の必要はないです。ただ、コストはかさみますが――」

「その辺は惜しまないつもりだ。まあ、トロールとゴーレム、両方召喚するか。別に、相性は悪くないだろう?」

「はい、大丈夫です」

 フィアの太鼓判を受け、カイトはウィンドウを開いて操作を始める。何も言わずにフィアがその隣に寄り添い、身を乗り出して見守ってくれる。

 その感覚を頼もしく思いながら、ウィンドウを開いて確認していく。

「トロールが1200ポイント、ゴーレムが1500ポイントか……結構、張るな」

「数はそこまで多くなくてもいいかもしれませんね。あと、魔獣を繁殖させて増やすのもありかもしれません。ホーンラビットとかなら、すぐに繁殖しますよ」

「なるほど、兎だからな。安価だし、考える価値はあるか。ちなみに、ダンジョン内の地形は変化させられるのか?」

「はい、地中なので限られてはしまいますが、光水晶を埋め込むことや、地面を赤土や砂地に変えることも可能です。どうしましょう?」

「悩ましいな……追々考えて、必要そうならそうしようか」

「はい、そのときはお手伝いします。カイト様」

 フィアの真紅の瞳が、信頼を込めて見つめてくる。カイトは微笑んで頷き返した。それだけで彼女は嬉しそうに微笑み返してくれる。

 好意が滲み出るように、頬を朱に染め、そっと寄り添ってくる。

 その温もりが嬉しくて、カイトはその身体を抱き寄せ、顔を近づけ――。

「兄さま、姉さま、外でイチャつかないで欲しいな」

 その声に、二人は思わず跳ねるように離れた。後ろを振り返ると、そこにはローラが呆れたように腰に手を当てていた。

 むぅ、と拗ねたようにローラは頬を膨らませ、カイトに歩み寄る。

「すぐ二人だけの世界に入る。ずるいよ、私も甘えさせてっ、兄さま」

 それと共に、腕を取って抱きついてくる。ふにゅ、とローラの胸が柔らかく腕に押しつけられ、その感触に息を詰めると――。

 不意に、横からゆらりと殺気が立ち上る。

「ふ、ふふ……っ、ローラ、いい度胸していますね。その無駄な贅肉で、カイト様を誘惑しようなどと……っ」

「無駄じゃないし、兄さまも大きいおっぱい、好きだよね?」

 そう言いながら悪戯っぽく目を輝かせ、ふにゅ、ふにゅとリズムをつけて抱きついてくるローラ。正直なところ、甘美な誘惑に口元が緩むのを押さえるので精いっぱいだ。

 ローラの期待するような眼差しと、柔らかい胸の感触――。

「……ノーコメントで」

 それは、認めたと同意義だった。フィアの目からふっとハイライトが消えた。がっくりと肩を落とし、深いため息をこぼす。

「……いいですよ、どうせ私ははずれ。おっぱいまではずれのまな板ですもの……ふふ、ふふふふ……」

「いや、フィアもあるといえばあるんだが……」

「あ、確かめたんだ。実際に、いやらしく揉みしだいて」

 ローラのからかうような声に、カイトは視線を逸らして咳払い。

「ノーコメント。とにかく、ローラ、これ以上はフィアが拗ねるから」

「はーい、早く機嫌を取ってね」

 ローラはそう言いながら、あっさり身を離してくれる。悪戯好きだが、なんだかんだで姉想いだ。無邪気なところが魅力的で、一生懸命になれる一面もある。

 そんなローラを見つめ、カイトは目を細めて笑いかける。

「また、埋め合わせはするから」

「ふふっ、約束だよ。兄さま」

 ローラは愛らしく片目を閉じると、ぐっと背伸びをする。それを合図に、その背から真紅の翼が生える。火竜の翼だ。

「んっ、じゃあ、今日も卵を取ってくるね」

「ああ、頼んだ。よろしくな」

「ん、兄さまは姉さまの御機嫌取りをよろしくね!」

 ローラは無邪気な笑顔を浮かべながら、翼をはためかせる。軽く地を蹴り、ふわりと舞い上がる彼女の身体。小柄な体に似つかわしくない、凶悪な双丘がたゆんと揺れるのを、カイトはぼんやりと目にしていた。

(――と、見とれている場合でもないか)

 視線を戻すと、いつの間にかフィアは洞窟の隅っこで体育座りしていじけている。だけど、構って欲しそうに、時折、ちら、と視線を投げかけては逸らしている。

 その愛らしさに思わず表情を緩めながら、カイトは傍に歩み寄る。

(なんだかんだで、ほんと、この二人が大好きだな……)

 その気持ちを再認識しつつ、カイトはフィアの隣に腰を下ろした。


 ちなみに、フィアが機嫌を直すには、もうしばらく時間が必要だった。

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