第二部

第五章 新たな協力者

第1話

 とある異世界の一角。熱帯と温帯が入り交じったような植生の地。

 鬱陶しいほどに天を覆う木々の葉、幹にまきついた蔦は数え切れず、地面はシダやコケが覆いつくす。まさに足の踏み場どころか、移動することもままならない。

 生い茂った密林は人を寄せ付けず、そこを住処として魔物や獣が跋扈する。

 その密林の一角には、少し様変わりしている。

 まるで、焼き討ちにあったかのように、燃えた木々が炭となって散乱。黒焦げになった地面が痛々しい。その近くにある洞窟が、岩盤が崩落したのか、半壊状態。

 そんなぐちゃぐちゃになった一角の地下には、人が住んでいる空間がある。

 いわゆる、ダンジョンと呼ばれる、魔物たちの住処。


 そのダンジョンの最奥で、マスターたる一人の青年は鍋の中身を混ぜていた。


「待たせたな、みんな。今日の朝飯は、少し奮発してみたぞ」

 青年、カイトは土鍋を持ち上げ、笑みをこぼしながら机の上に置く。その机を取り囲むように、三人の少女が席についていた。

 そのうちの金髪紅眼の少女は長い髪を揺らしながら、明るい笑みを浮かべる。

「美味しそうな香りですね。カイト様っ」

「ああ、腕によりをかけたぞ。フィア」

 カイトはフィアに笑いかけながら土鍋の蓋を取る。瞬間、ふわりと香ばしい匂いが鍋からあふれ出た。その中に入っているものに、全員が目を見開く。

 その注目を満足げに頷きながら、カイトは告げる。

「煮魚と野菜炒めの卵とじ、あんかけを添えて。一言で言えば、天津飯かな。待っていろ、今、匙と器を持ってくる」

「あ、手伝うよ、兄さまっ」

 そう言いながら立ち上がったのは、フィアとそっくりの顔立ちをした少女。二つの髪を結い、無邪気な笑みを浮かべてカイトに駆け寄る。

 カイトは笑みをこぼしながら戸棚から食器を取り出す。

「ローラ、ありがと。ああ、フィアとエステルは座っていて」

 腰を上げかけた二人を制しながら、カイトは人数分の器を持つ。ローラは匙を人数分、戸棚から取り出して食卓に戻す。

 器と匙を受け取った、メイド服の少女は犬耳をぴこぴこと動かした。

「ありがとう、ございます。カイト様。本来は、私の仕事、なのですが」

「どういたしまして。気にするな、倒れていたときに、いろいろ助けてもらったからな。それの恩返しだよ。エステル」

「……では、お言葉に甘えて」

 エステルは火傷を負った顔をぴくりとも動かさず、無表情で頷く。だからといって、無感情というわけではないのは、左右に揺れる尻尾でよく分かる。

 火竜の姉妹、フィアとローラ。

 戦狼のメイド、エステル。

 大事な三人の仲間たちの顔を見渡し、カイトは笑みを浮かべて告げる。

「じゃあ、食事にしようか。久々に、みんなで揃った食卓だ」

「はい、では――いただきます」

「いただきますっ!」

「いただき、ます」

 全員が手を合わせ、食事を始める。思い思いに、土鍋の料理を匙で取り分けて、冷ましながら口にする。いの一番に口にしたフィアは美味しそうに目を細め、頬を押さえた。

「ん……っ、とても美味しいです。いくらでもいけそうです」

「こんな香ばしくて美味しい料理、初めてだよっ!」

 ローラも目を輝かせて舌鼓を打つ。エステルは何も言わないが、ぶんぶんと勢いよく尻尾が左右に揺れている。今までにないくらい、喜んでいる。

 それを見ながら、カイトは自分も匙で掬い、天津飯を口にする。

「……うん、上出来だ」

(これだけの料理を作るのに、手間暇がかかったな……)

 しみじみと思う分だけ、その味わいもひとしおだ。

 何せ、ここに来たとき、調味料のひとかけらも存在しなかったのだから。


 カイトがこの地に降り立ち、ダンジョンマスターになって三か月以上になる。

 最初の頃は、洞窟とジャングルしかない、手付かずの土地だった。

 初めて仲間になったフィアと共に、それをこつこつと開拓していった。

 最初にトイレを作り、大きい方をする方を肥溜めとし、小さい方をする方は下草と混ぜて発酵させることで塩硝を生成させた。

 それから土をひたすら耕し、畑を作っていく。

 冒険者を撃退しながら、ローラやエステルを仲間にし、人手を増やすと共に、さらにさまざまに手を伸ばした。土器を作り、卵を取り、魚を獲り、岩塩を発見し――。

 そして、ようやく、このレベルの料理まで作り上げた。


「切り身にして塩に漬け込んだ魚と、細かく刻んだツルナや芋を混ぜて炒め合わせ、それを溶き卵でふんわりと閉じる。最後に、タレをかければ完成だな」

 タレは、初期からこつこつと集めていた魚の内臓に岩塩を混ぜて発酵させたものを使った。エジプトではガルムと言われる、いわゆる魚醤だ。

 これを程よく水で薄め、乾燥した芋のでんぷん粉を片栗粉代わりにし、あんかけを作ったのだ。一つ一つの食材に苦労が詰まっている。

 そんな贅沢な食事に、三人の娘は美味しそうに舌鼓を打つ。

 大きな土鍋に作ったそれは、瞬く間に三人のお腹の中へ消えていく。ローラは美味しそうに食べながら、ふと、手を止めたカイトに見やった。

「兄さま、ちゃんと食べないと、姉さまに全部取られちゃうよ?」

「ローラ、人を大食いみたいに言わないでください……事実ですけど」

 フィアがそう言い返すと、遠慮するように匙を止める。カイトは苦笑いを浮かべ、フィアに笑いかける。

「いいよ、遠慮せずに食べて」

「で、も……」

「足りなかったら、また作るよ。備蓄の食料はまだ、一週間分ある。対騎士団戦のために、できるだけ搔き集めたから」

 カイトは優しく目を細め、からかうような口調で続ける。

「それとも、僕のことを、大事な人を満足させられないような甲斐性なしにさせたいのかな? フィアは」

「も、もう……っ、そんなこと言われたら、我慢しませんよ?」

「ああ、いっぱい食べるフィアが大好きだからな」

「もう……もうっ」

 フィアは頬を赤らめながら嬉しそうにぶんぶんと頭を振る。長い髪が波打つのを、ローラはうわぁ、とあきれたような目つきで見守る。エステルも心なしか半眼だ。

「人前でよく、そんなに、のろけられますね……」

「まあ……確かに、少し恥ずかしいが」

 こほん、と咳払いを一つ。カイトは気持ちを切り替えながら、全員を見渡す。

「とにかく――僕も体調不良から復帰。騎士団も無事退けることができたわけだ」

「は、はい、そうなりますね。ポイントも十分にあります」

 フィアはまだ頬が赤かったが、話を合わせてくれる。頷き、カイトは天津飯を食べながら、言葉を続ける。

「――だけど、人的被害はなかったものの、それなりに被害はあった。それに即して、再建を進めないといけない」

 その言葉に、全員が真剣な顔つきで頷いた。

 騎士団撃退のときに用いた作戦は、火計――ジャングルに火をかけ、敵を一網打尽にすることだった。通り雨のおかげで、その被害は最小限で済んでいたが、それでも大分、燃えてしまったのだ。

 カイトはエステルに視線を送ると、彼女は頷いて竹簡を取り出す。

 フィアとローラが食器をどかしてスペースを開ける。その間に竹簡を乾いた音と共に広げた。それは、簡単なジャングルの見取り図だ。

「ご主人様の、指示を受け、燃焼した部分、を調べました。岩山の周囲はほとんど焼け、今も炭がくすぶっている、ところもあります。ただ、川原やダンジョンの、外周はほとんど無事――なので、面積で言えば、半分は残っています」

「裏を返すと、半分燃えた……いや。全部燃えなかっただけ僥倖か」

 カイトはため息を一つつき、その黒く射線が引かれた部分を見る。

 不毛の土地と化してしまった、その部分。そこをどうにかするのが喫緊の課題。だが、と目を細めて全員を見渡す。

 そこに揃った面々は、意欲に満ちた目でカイトを見つめてくれる。

 そのやる気を受け、カイトは口角を吊り上げた。

(みんななら、きっとやっていける。何とかなるな)

 その確信と共に、彼は号令を告げる。


「よし――じゃあ始めよう。ダンジョンの、再建を」

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