第9話

 二か所で、激戦が始まる。その光景に、カイトはわずかに唇を噛みしめた。

「……予定通りに行けばよかったんだが。そうもいかないか」

 第二フェーズでの予定では、エステルが三人を足止めし、その間に三人を的確にフィア、ローラ、ヘカテで処理をする手順だった。

 だが、エステル陣営は罠に誘い込めず、逆に動く気配を察知されてしまった。

 エステルはその時点で、正面からの攻撃に判断を切り替えたようだ。挟撃で、足止めに試みている。

 また、もう一方の冒険者たちも罠を掻い潜り、次々に進んでいく。分断すら満足に果たせず、二対二という、相手に連携する余地を与える戦い方になってしまった。

 結果的には、食い止めには成功しているが、実際はかなり不利だ。

「くっ……何か、手を打ちますか」

「いや……もう、ここで突っ張るしかない。犠牲を覚悟で立ち回る」

 ヒカリの声にカイトは首を振ると、わずかに思考を巡らせ、ウィンドウに告げる。

「後方で待機している予備人員を、エステルとシエラの援護に向かわせる。エルフたちも、その背後に回し、万が一、エステルが敗れた際の備えにする。ソフィーティアたちには、申し訳ないが……」

『いや、仕方がない。承知した。戦いには加わらない方がいいか』

「ああ、通路が狭いからな」

 同士討ちや射線が被るのを嫌って、狭い通路で迎撃したのが仇となっていた。ソフィーティアたちには、第二防衛線に徹してもらった方がいい。

「ローラとヘカテには、迅速にあの二人を倒してもらう。その上で、ローラはフィアの援護、ヘカテはエステルの援護に向かわせる」

「それしかないですね……シエラ、頑張ってよ……!」

 ヒカリが祈りを捧げるように、手を組んで目をつぶる。カイトもそうしたい気分を抑えながら、視線を別のウィンドウに走らせる。

 そこには、偉丈夫が一人の少女と向き合っているのが見える。コモドが小さく呟いた。

「……フィアルマも〈紫電〉と対峙か」

「ああ……頼むぞ……フィア」

(勝ってくれ、なんて大層なことは頼まない……生きてくれ……)

 拳を握りしめ、その震えを押し殺す。その様子を見て、コモドは小さく告げる。

「キミは、本当に不思議だな……自分が死ぬことを怖がっているように見えない。むしろ、仲間が脅かされることを怯えているようだ」

「ああ、怖いよ……たった一人でも、失うことが」

 その中でも特に、フィアとローラは失いたくない。

 内心の恐怖を押し殺して堪え、ウィンドウを見つめる。何があっても、絶対に目を逸らさないように。それが、カイトとフィアの決断なのだから。

 その画面の向こう側で、フィアと〈紫電〉は一触即発の気配を見せていた。


「……驚いたな、こんな小さな娘が、ここのダンジョンの守り神とは」

「身体の大小で判断しないで下さい」

 気丈にフィアは声を放ちながらも、内心の震えを必死に押し殺していた。

 目の前に立つ大柄の男から、明らかな威圧感が漂っている。自然体であるのに、相対しているだけで恐ろしい。全身から気を放っている。これが〈勇者〉――。

 彼はやれやれと吐息をつき、背中に担いだ大剣を抜き放つ。

 それと同時に、ばちっ、と彼の身体の何かが爆ぜた。

 その音はだんだんと小刻みになっていき、それと共に身体が輝きを放ち始める。雷光を身に纏うかのように、紫の煌めきを帯び始める。

(あれが――カイト様が言っていた、雷光の鎧……)

 敵はあれに触れるだけで剣が砕け、弾き飛ばされたという。

 まさに〈紫電〉――その名を体現する勇者だ。彼は自分の肩をほぐするように、拳で肩を軽く叩いて言葉を続けた。

「仲間たちは心配だが……俺も、仕事だ。やらせてもらう。悪く思うな」

「思う必要は、ありません。私が、貴方を倒しますから」

「ほう、抜かしおる」

 不敵に笑う〈紫電〉に、フィアは精一杯の強がりの笑みを浮かべる。そして大きく深呼吸し、自分の身体に魔力を行き渡らせる。

(今までは、恨んでいた……幼い私に、分不相応な力を与えた、神を)

 四肢が炎に包まれる。その光景に〈紫電〉は目を見開いた。少女は金髪を波打たせながら、敵を見据える。だが、脳裏に思い浮かべるのは、主人の姿。

 愛しい、愛しいあの方の想いを胸に、彼女は力を取り戻していく。

 火竜としての――最強の、力を。

(今は感謝します……この力で、カイト様を、護れるのだから)

 轟、と音を立てて炎が消え去る。その下に現れたのは、煌めきを放つ業火のような鱗の輝き、鋭い切れ味を体現する巨大な鉤爪。流れる金髪が、いっそ優雅に揺れる。人の原型を残しながらも、火竜の力を引き出せる姿。

 彼女はまばたきを一つ。瞳孔が縦に割れた、竜の瞳で睨みつけ、捕食者のごとく、長い舌でちらりと妖艶に舌なめずりする。

「私は火竜――炎を司る、最強の竜。勇者の相手に、相応しいでしょう?」

「なるほど……そんな大物が、こんなダンジョンにいたとは……久々の、大物だ」

 二人の視線が激しくぶつかる。勇者の雷光も徐々に大きくなっていき、フィアもそれに応じるように魔力を高めていく。限界まで集中力を高める。

(みんなから戦い方は教わった。あとは、私次第――)

 絶対に食らいつく。そして、生き抜く。またカイトと暮らすのだ。

 それを心に刻み込むと、フィアは相手の動きに集中する。

 わずかな膠着――覇気が互いにせめぎ合う中、〈紫電〉はふっと笑みをこぼし。


 直後、二人は地を蹴り、最強同士の攻防が幕を開けた。

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