第10話

(くっ……さすが最強のパーティー……っ!)

 ローラはヘカテと共に、苦戦を強いられていた。

 強いとはいえ、たった二人。ボス級二人の力があれば、押し切れるかと思ったが……。

「じぇああああああ!」

「くぅっ!」

 風を巻いて振り払われた大盾に、ローラは咄嗟に身を捻って躱すことしかできなかった。体勢を崩した彼女に、男が突き出した刃が迫り来る。

 翼を一打ち。背後に跳んでそれを避ける――直後、周りから電撃が迸る。

「穿て――サンダーボルトッ!」

「く……そっ!」

 飛翔して軌道から逃れるが、ぐん、と雷撃が矛先を変わる。誘導弾のように、ローラを狙って真っ直ぐに飛ぶ。被弾を覚悟し、ローラは翼で身を覆い――。

 その身体の周りを、赤い霧が覆い隠し、その雷撃を全て防いだ。

「焦らないの、ローラ。まずは、相手の動向を見極めなさい」

 落ち着いた声と共に、銀髪を翻しながらヘカテが進み出る。ローラは笑みをこぼしながらその隣にひらりと着地した。

「ありがと、ヘカテ! 助かった!」

「貴方が焦りすぎなの。突っ込んでも、いいことはないわよ」

 ヘカテはそう言いながら、ローラの前に進み出る。

 全身から発した赤い霧で、次々に飛んでくる雷撃をいなすと、ごく自然に彼女は人差し指を女魔術師に向ける。瞬間、赤い閃光から指先から迸る。

 だが、それは割り込んだ前衛の重戦士によって防がれる。赤い閃光は盾にぶつかって、砕けるように光を散らす。だが、その盾には焦げ目一つすらない。

 戦士はその大盾を構えたまま、腰から拳銃を引き抜き、発砲する。

 その無数の銃弾を、ヘカテとローラは左右に跳んで避けた。そこに追い打ちをかけるように、彼らの方向から紫色の霧が押し寄せてくる。

 それがヘカテの赤い霧に触れた瞬間、赤い霧が呑まれるように紫に変わる。

 その不可解な現象を、一瞬でヘカテは看破した。

「毒霧ッ! ローラ、吹き飛ばしなさいッ!」

「く――っ!」

 大きく翼を一打ち。巻き起こした風で毒霧を吹き飛ばす。だが、その間にリーグが間合いを詰める。肉迫と共に、大盾の裏から剣を抜き放った。

 鈍い輝きは、純銀の光。その眩さに、ヴァンパイアのヘカテは身を凍らせた。

「じぇあああああああ!」

「っ!」

 横薙ぎの一撃を、ヘカテは身を反らして避ける。だが、剣士の剣技はそこで終わらない。滑らかに刃を振り返し、真上から一気に振り下ろす。

 繋がっていく剣技に、ヘカテは歯噛みしながら身を躱し続け――。

 その足元に、何かが絡みつく。

「くっ……!」

 クレアの援護魔術。風が足に絡みつくようにぶつかり、ヘカテの足を止める。それを力任せに振り払うが、その間にリーグは間合いを詰め、刃を突き出し――。

 そのヘカテを、横合いから飛翔したローラが掻っ攫った。

「大丈夫ッ!? ヘカテ!」

「ええ、今回は助かったわ……! あの男、銀剣を持ち出すとか、抜け目ないわね!」

「それ以上に、あの硬さッ! 厄介すぎる!」

 ヘカテを抱えたローラが空を舞って距離を稼ぐ。それを撃ち落とそうと、雷撃が迸った。

 女魔術師、クレアの誘導雷光。それをヘカテは赤い霧で防ぎながら声を返す。

「さすが、前衛のタンク役と、後衛の魔術師――息が、ぴったりだわ。それに、長期戦は圧倒的に私たちの方が、不利……」

 竜の息吹やヴァンパイアの閃光ですら耐えきる、リーグの頑強さ。

 さらに防御だけでなく、精密な誘導弾に毒霧――幅広い、魔術を使うクレア。

 敵としてこの上なく厄介なのは間違いない。

 それに比べて、こちらはローラが幼竜、さらには連携の訓練不足だ。負けずにいられているのは、相手の攻め手が少ないからに他ならない。

(それでも――負けられない……っ!)

 ローラは腕に力を込めながら翼を一打ち。リーグが放つ銃撃を躱していく。ヘカテはそれにしがみつきながら、目を細めて告げる。

「ローラ、貴方一人で時間を稼げる?」

「どれくらい?」

「三分……いえ、二分あれば十分よ。それで、カタをつける」

「分かった」

 ローラは即答しながら身体を反転。距離を取りながら着地する。迷いのない言葉に、ヘカテは着地をしながら苦笑いを浮かべた。

「迷いなく、言ってくれるわね」

「うん、信じているから――貴方を信じている、兄さまを」

「……っ! 言ってくれるわね!」

 カイトの名が出たせいか、ヘカテの気迫が尚一層濃くなる。赤い霧が彼女を包み込み、分厚い繭のようになる。その現象に警戒を強めた冒険者が向かい来る。

 それに対するは、ローラがたった一人――それでも彼女は強く笑う。

 翼を大きく広げ、青緑の鱗を見せつけるようにして、冒険者たちに立ちふさがる。

(ここが正念場……必ず、ここを凌いで、兄さまに褒めてもらうんだ……!)

 愛しい主の姿を思い浮かべ、ローラは気合を入れ直した。


 同じ頃、同じ階層。壁を隔てた向こう側では、別の一団が激戦を繰り広げていた。


「オオオオオオオォォッ!」

 雄叫びと共に、トロールが棍棒を振り下ろす。それをひらりと弓を手にした青年が横に跳んで躱す。そのまま、リーンは通路の壁を蹴りながら宙を舞うと、流れるように矢をつがえて放った。

 一瞬で三本の矢がトロールの身体に突き立つ。それに悲鳴をこぼしたトロールに、すかさず疾風の刃が叩き込まれた。血飛沫が舞い、魔物が崩れ倒れる。

 その魔術を放ったレックスの背後に向かって突撃するゴーレム。岩の拳を勢いよく叩きつける。岩石の拳がめり込み、魔術師が吹き飛ばされる――。

 寸前、その身体がすっと掻き消える。幻影の魔術だ。

 その間に、ゲルダが宙を舞っていた。身軽に壁を蹴って跳躍。そのまま、頭上から火薬の詰まった瓶を投げつける。ゴーレムの頭が瞬く間に炎に包まれた。

 火炎の苦しみに身悶えするゴーレム。その隙を逃さず、矢が中空に迸る。

 それは、ゴーレムの心臓部――核を的確に貫き、破壊した。

 土塊となって崩れ落ちるゴーレム。瞬く間に、二人の魔物が命を落としてしまう。

 その光景に、エステルは歯噛みする。

(これで、五人目……! しかも、大した足止めになっていない……っ!)

 トロールやゴーレムが弱いわけではない。彼らは経験も積んだ。手が空いているときには、軽い武術のレクチャーをしている。

 だから、力任せの動きではない。連携して事に当たっている。

 それでも、彼らがそれを容易く倒してしまう――それだけの、実力者たちなのだ。

「く……っ!」

 エステルは隙を見てボーラを構える。カイトから作り方を教わった、投擲用の武器。それを振り回して、一息に振り投げる。

 狙いは、弓手のリーン。その動きを先読みし、彼めがけて放ち――。

 だが、彼はひらりと宙がえりをしてそれを避ける。それどころか、中空で矢をつがえ、エステルめがけて放つ。曲芸めいた動きに、エステルは目を見開き――。

「グモォッ!」

 不意に横合いから飛び込んできたトロールが、エステルを突き飛ばす。その肩に深く矢が突き刺さり、彼は苦悶の呻きを上げる。

 だが、すぐに振り返ると、その痛みを怒りに変えて突撃していく。

 それに他のトロールもそれに鼓舞され、棍棒を振り上げて突撃する。命を捨てた猪突猛進にエステルは目を見開いた。

「みんな……っ! くっ……!」

『エステル、落ち、着いて』

 不意に、小さな声が響き渡った。首から下げたペンダント――短距離通信用の魔石。カイトから仲間との連携用に渡されたものだ。

 それを掌で握りしめると、震える声を返す。

「シエラさん、これが、落ち着いて、いられるとでも……っ!」

 目の前で一人のトロールの頭が射抜かれる。仲間の盾になったゴーレムが、疾風の刃でずたずたに斬り裂かれる。徒党を組んだスクラムも爆薬で吹き飛ばされる。

 その光景にいてもたってもいられず、加勢しようと爪先に力を込め――。

『ダメ! この犠牲を、無駄にしないで!』

 その必死な声に、エステルは踏みとどまる。苛立ちと共に、声を返した。

「どういうこと、ですか……ッ!」

『……狙撃、する。協力して』

 その一言に、エステルはわずかに息を呑む。ペンダントに手を当て、押し殺した声で訊ねる。

「できるの、ですか?」

『乱戦の、おかげで、陣形がばらけた……かつ、最優先、対象が分かった』

「……魔術師、ですか」

 データによれば、レックスと呼ばれる魔術師。勇者のパーティーの最古参であり、元宮廷魔術師として名を馳せていた男だ。

 今も尚、弓手の攻撃を支援し、仲間を守りながら、的確に硬い相手を削っている。その名に恥じない、落ち着いた立ち回りだ。

『四百歩――射程、ギリギリだけど、やってみせる』

 シエラの気配が背後から感じられる。匍匐前進で、じり、じりと近づいてきているのだ。

『エステル、弓手を、引き付けて……上手く、やる』

「……頼みましたよ、シエラ」

 エステルは低い声を返し、意識を集中させる。乱戦で陣形がばらけ、三人は二方向の猛攻に、陣形が乱れつつある。それを支えているのは、やはりレックスだ。

 それに背中を任せ、弓手のリーンは地を蹴り、壁を蹴った三次元の戦闘を繰り広げている。その青年を目に焼き付け、エステルは大きく深呼吸し、好機を窺う。

 全員の動きを視界に入れ、爪先に力を込め――。

『頼んだ、よ……エス、テル』

 その声を合図に、地を蹴り飛ばした。

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