第11話
轟音が、連続していくつも鳴り響いていた。
振り抜かれる剛腕。数多の魔術の矢。二人の冒険者が無数の攻撃を矢継ぎ早に放っていく。その対象は一人の少女。見た目はか弱い少女に、容赦のないラッシュが襲いかかる。
岩を砕き、宙を裂く攻撃――その連撃を、ローラはひたすらに耐えていた。
「おおおおおおおお!」
重戦士、リーグの矢継ぎ早の拳。それをローラは翼を盾にしてひたすらに受け流していく。そのあまりの衝撃に、ぎり、と歯を食いしばった。
彼の拳から伝わる衝撃は真っ直ぐで、力を逃がすことができない。身体の芯に響いてくる衝撃に、全身の筋肉が傷めつけられる。全身を苛む激痛に耐えながら、ローラは全身に力を込め、魔力の流れを意識する。
(魔力で、身体を柔らかくするイメージ……ヘカテから、教わった通りに……!)
彼女は意識を集中させる。その脳裏に過ぎったのは一か月前から始まった、ヘカテの特訓だ。
『ローラ、貴方に半人半魔の身体の使い方を教えるけど……まず、マスターしてもらいたいのは、防御の仕方よ』
特訓の始めに、ヘカテは向き合うとまずそう切り出していた。思わずきょとんとするローラは首を傾げて訊ねる。
『攻撃の仕方、じゃないの?』
『それも追々ね。だけど、それ以前に攻撃を防げるようにならないと意味がないから。特に、ローラは翼竜。陸竜であるフィアルマと違って、防御力が低いわ』
『……まあ、それは確かに』
ローラは翼を生やして飛ぶため、体重が軽く鱗もしなやかに軽く出来ている。火竜である以上、身体は丈夫だが、姉に比べれば劣るのは間違いない。
『特に、薄い皮膜に覆われた翼は弱点になりやすい。翼をもがれた翼竜は、ただのトカゲ以下だわ。それは、戦力上、避けておきたい』
『……言い方は癪だけど、その通りだね』
『ふふっ、腹立つのは分かるけど……安心しなさい、ローラ』
ヘカテは目を細め、自信に満ちた口調で言葉を続ける。
『防御を極めれば、貴方の翼でさえも、盾になるわ。つまり、それが意味することは――』
(――ッ!)
視界の端で、魔術師が電撃を放つのが目に入った。思考を打ち切り、反射的に翼を広げてその雷撃を受け止める――殴られたような衝撃が走るが、それだけだ。
その一方で、ローラは両腕を構えて重戦士の拳を防いでいく。
苛烈な連撃を、彼女は確実に一発一発受け止めながら、口角を吊り上げる。
(翼を盾にできれば――みんなを守る、盾になれる……ッ!)
重たい拳が何度も腕にぶち当てられる。迸った魔術の弾矢が翼に叩き込まれる。それでも、ローラはぐっと腰を落として踏ん張り、その猛攻に耐えていく。
いくら、彼女が訓練を積んだとはいえ、攻撃を放っているのは〈英雄〉だ。
一発で骨を粉々にする威力のある鉄拳が矢継ぎ早に打ち込まれ。
当たれば炭すら残らない、業火の槍が雨あられと降り注いでいく。
その衝撃が余すことなく、ローラの全身に伝わり、体中を苛んでいく。迸る一撃一撃が激痛となり、ローラを押し切ろうと放たれる。
(退いて……やるもんか……ッ!)
だが、ローラは一歩たりとも退かない。靴底を擦らせながらもその場に踏ん張り、全身でその衝撃を受け止める。魔力で、全身で、気合で受け止める。
全ては、カイトのために。大事な人たちのために――。
(絶対に、攻撃を、通さない……ッ!)
その裂帛の気合と共に、拳を振るい続ける目の前の男を睨みつける。
その気迫に、リーグは何を悟ったのか、大きく跳び退いた。そのまま、全身の気迫を込めながら身体を低くする。
「クレアッ! 合わせろ!」
「了解ッ! ぶちかましますよ……ッ!」
瞬間、魔術師は力を込めて魔力を巡らせる。その魔力が、重戦士の身体へと注いでいく。全身から陽炎が立ち上り、めき、めき、と音を立てて彼の筋肉が盛り上がっていく。
クラウチングスタートの姿勢だ。その足元で、地面がめり、めりと凹んでいく。
二人の協力技。一点に火力を集中させ、ローラごと、背後のヘカテを吹き飛ばすつもりだ。その光景にローラは表情を引きつらせた。
(さ、すがに……耐えられない、かも……でもっ!)
最後まであきらめない。翼で身を包み込むように固め、両腕を目の前で交差させ――。
その肩に、ぽん、と手が置かれた。
「よく守ったわ。ローラ。どうにか、間に合ったみたいね」
その澄んだ声は、いつもよりも大人びて聞こえた。思わず振り返って見上げると――そこに立っていた女性に、思わず目を見開く。
長い銀髪に、血のような瞳の美女。すらりと伸びた長身は、ローラ以上の背丈がある。見覚えのない――だが、その面影に限定すれば、見覚えがある。大人びた微笑みを浮かべた彼女は目を細める。
「ヘカテ……だよ、ね」
「ええ……いつもは、力の消耗を防ぐために幼女体なんだけどね」
艶やかな美女――ヘカテは腰まである長い銀髪を波打たせ、その目を妖しく輝かせた。ゆるやかに、その両手を目の前に突き出す。
フィアとの対戦のときにも目にした、ヴァンパイアが放つ光線の構えだ。だが、その光は一段と強い。激しく掌からこぼれ出ている。
目を焼くほどの閃光を構えながら、ヘカテは獰猛な笑みをこぼす。
「ぶちかますわよ、ローラ――援護しなさい」
「え、援護って?」
「貴方にも、武器があるでしょう? 火竜、とっておきの」
「あ――」
ローラは目を見開くと、思わず笑みをこぼした。全身に回していた魔力を引っ込め、肚の底に集中させる。そのまま、両手両足で地面を掴むように突っ張る。
喉を焦がす、激しい熱量。それを感じながら、大きく息を吸い込んだ。
「さて――前衛タンク役のリーグ……竜の吐息を耐えたことで定評があるけど」
ヘカテは余裕たっぷりに笑みを浮かべて囁くように訊ねる。
「この火力には、耐えられるかしら」
その言葉を合図に、リーグは溜め込んでいた力を解放するように、地面を踏み切る。地面を砕く勢いで地面を蹴り、その拳を振り抜き――。
その鼻先めがけ、ローラとヘカテは全てを焼き尽くす業火を解き放つ。
直後、弾けた閃光に全てが包まれ、視界が真っ白になった。
閃光に包まれた時間は、わずか――だが、それは何時間にも等しい時間に感じた。
その閃光が収まった瞬間、轟、と焼き付いた大気が荒れ狂う。跳ね返ってきた熱波に、思わずローラは全身を庇い、吹き飛ばされそうになるのを堪える。
ヘカテはすでに、赤い霧を展開し、障壁を張っている。だが、それを打ち崩すほどの余波が、二人の元に届いていた。
やがて、それが収まっていき――ヘカテは吐息をついて赤い霧を取り払う。
そして、その目の前にある光景に、二人は凍り付いた。
「――うそ、でしょ……」
ヘカテが喘いだその目の前には、一人の男が立っていた。巨大な盾を構え、満身を火傷させながらも、二の足で踏ん張っている。
周りの地面は灼熱し、天井の溶けた土がマグマとなって落ちてくる。
その中で、確かにその男は立っていた。やがて、彼はゆっくりと盾を下げる。見るも無残な火傷に覆われた顔。その口元を、わずかに動かした。
『――見事』
「……え?」
ローラがまばたきした瞬間、ふと男は笑みをこぼすように短く息をこぼし――その場に、崩れるように倒れた。がらん、と音を立てて彼の持っていた盾が地面に転がす。
その光景に、思わず呆気に取られていると、ヘカテはふぅ、と吐息をこぼした。
「ひやひやさせるわね。全く――これを耐えきるなんて、大した〈英雄〉じゃない」
「……びっくり、した」
「私もよ。二人揃っていなければ、死んでいたわね」
思わず二人で笑い合う。ようやく、じわじわと実感が込み上げてくる。
勝った実感よりも――生き抜いた、という実感だが。ローラは息をこぼしながら、痛む身体に鞭打って立ち上がる。
「……他のみんなの、援護に行かなきゃ」
「ええ、呆けている場合ではないわ。他の戦況は思わしくない。それに」
ヘカテは視線を焼けた洞窟の先に向ける。そこにある死体は、たった一つだけ。それを見つめて舌打ち交じりに告げる。
「一人、女を逃がしたわ。あの魔術師、想像以上に優秀ね」
「……ヘカテ一人で大丈夫?」
「誰の心配をしているのよ。ローラ」
大人の姿の彼女は、仕方なさそうに笑みを浮かべながら、ぽんと突き飛ばすように肩を叩く。
「――貴方のお姉さんを、助けに行きなさい」
「……うん、ヘカテ、無事でね」
「ええ、貴方も」
二人は頷き合うと、同時に駆け出す。消耗した身体に鞭打ち、大切な仲間たちを助けるために全力で動き始める――。
その頃、同じ階層で戦う者たちにも、決着がつこうとしていた。
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