第12話

 また一人、トロールが血を噴いて倒れる。

 また一人、ゴーレムが打ち砕かれて崩れる。

 その光景を目にしながら、シエラは深呼吸を繰り返し、冷静に銃を構える。

 凄惨な光景に、心が痛まないはずがない。むしろ、血飛沫が舞い上がる度に、彼女の心が燃え盛るように怒りを覚える。

 今斬られたトロールは、寡黙なシエラに対して、黙って差し入れをくれた。

 今射られたゴーレムは、シエラの難解な注文に応え、地下の鉱物を集めた。

 一人一人が大切な仲間たちだった。それらを葬る敵が、憎くないはずがない。

 それでも――彼女は、冷静に徹さなければならなかった。

(心を乱せば……銃弾が、逸れる……)

 ゆっくりと深呼吸を繰り返す。頭をクリアにしながら、自分の銃を握る。

 それはシエラ銃を改良した、彼女の自信作――シエラ銃改。

 以前は、銃口から弾丸と火薬を詰めて発砲した、昔ながらのマスケット銃だったが、今回はその前提から覆し、銃身バレルの後方から弾薬を詰める。

 いわゆる、後装式。ボルトアクション方式を採用した。

 さらに、銃身内には旋条ライフリングを刻み込むことで、弾丸に回転を加えて貫通性と飛距離を上昇。銃弾もドングリの形状を参考にすることで、空気抵抗を減らした。

(全部、ヒカリの、アドバイスの、おかげ……)

 いわば、二人で作り出した自信作。そのおかげで、旧シエラ銃の三倍以上の威力と飛距離を叩き出すことに成功している。四百歩の距離は、ギリギリだが……いけるはずだ。

 取り出した紙製薬莢ペーパーカートリッジ薬室チャンバーに送り込み、ボルトを掴んで中に押し込む。

 二脚の上に、銃の先端を載せ、深呼吸をする――。

「頼んだ、よ……エス、テル」

 その呟きに反応したように、前線で戦う戦狼のメイドが大きく駆けた。仲間の死体に隠れていた彼女は素早く魔術師に駆ける。

 それを阻もうと、弓手が動いた。手にした弓に一瞬で矢をつがえて放つ。

 それをエステルは短刀で防ぐ。だが、弓手の動きは止まらない。瞬く間に次の矢をつがえて放っている。その凄まじい連射に、エステルは矢を捌き切れない。

 あわや射抜かれる寸前――その目の前に、巨体が飛び込んできた。

 トロールが全身で矢を受け止めて盾になる。次々に突き立つ矢に、トロールは力を振り絞って盾となり、やがて崩れ倒れる――。

 その頭上を飛び越え、怒りに燃えたエステルが流星のように弓手に飛び掛かった。

 そのまま、格闘戦に至る。その瞬間を、シエラは待っていた。

 烈火のごとく攻め立てるエステルに押し切られ、弓手がじりじりと魔術師から引き離され、斜線が空く。魔術師も別方面の魔物に気を取られている。

 いける。そう思った瞬間には、息を止めていた。

 絞るように、引き金を引く。撃鉄が落ち、火花が飛び散る。それが火薬に移り。

 銃声が、轟いた。

 放たれた銃弾は、ダンジョンの薄闇を鋭く切り裂く。一陣の刃となって真っ直ぐ迸るそれは、逸れることなくレックスの頭蓋めがけて天翔け――。


「危ないッ!」


 横から、飛び出した一人の女性の、頭に命中した。


   ◇


「――ッ!」

 その血飛沫が舞い上がった瞬間、レックスは目を見開いた。

 振り返った瞬間、倒れ込むゲルダと目が合う。額から血を流しながら、彼女は淡く笑みを浮かべ、そのまま崩れ倒れ――。

 瞬間、レックスの中で、何かが切れた。

「リーンッ! 身を守りなさいッ!」

「ッ!」

 その合図に、リーンが大きくバックステップを踏む。それを合図に、レックスは全身に魔力を集中させる。肚の底から込み上げる魔力を全てつぎ込み、天に掌を突き出す。

 その掌に、光の珠が構築される。それを全力で、地面に叩きつけた。

 直後、そこを中心に、凄まじいほどの暴風が吹き荒れた。

 否、暴風というのでも生易しい。風が吹き抜けた瞬間、地面に無数の斬線が迸り、壁や天井は衝撃で砕け散っていく。まさに、真空刃。

 それを受けたトロールは血飛沫を散らし、ゴーレムですら木っ端微塵――。

 後ろに跳んだ戦狼もまた、満身から血を散らしながら地面に転がる。

 やがて――静けさが、訪れる。

 レックスは肩で荒く息をつくと、言葉を失くしたリーンがよろよろと立ち上がる。彼もまた、身を守ったとはいえ、真空刃の直撃を受けてぼろぼろになっていた。

「……申し訳ありません」

「いえ……レックス殿の、気持ちも、分かります……」

 こめかみから血を流したリーンは頭を抑えながら、レックスの足元に近づく。そこには、ゲルダの亡骸があった。

 何度も修羅場を掻い潜った仲間。いつも屈託のない笑顔で笑い、このパーティーのムードメーカーだった。その彼女の目は、もう何も映していない。

 虚ろなその目を、リーンは丁寧に瞼を閉じさせ、レックスを見上げる。

「……敵は、全滅、ですか?」

「ええ、あそこの戦狼だけはまだ生きているが、虫の息です」

「止めを、刺しますか」

「いえ、今は退きましょう……魔力も、足りません」

 先ほどの大技で全部の魔力を使い切った。ここで攻撃を喰らえば、さすがに命の危機がある。安全な場所に退避しようと、レックスとリーンは頷き合い――。

 不意に響いた足音に、二人は同時に振り返った。

 通路の向こう側――そこから、何かが来る。

「レックス殿、索敵は」

「しています。魔物ではありません」

「じゃあ、味方……?」

 押し殺した声で様子を窺っていると、その姿が見えてくる。ぼろぼろのその姿に二人は思わず息を呑んだ。

「クレア……っ!」

「リーン……お師匠、様……っ」

 壁に手をつくようにして現れた少女魔術師は、安心したように表情を崩し――その瞳から、ぼろ、ぼろと涙をこぼし始める。

 気が緩んだせいか、その場で膝を折ってしゃがんでしまう。

 慌てて、リーンとレックスはその傍に駆け寄り、息を呑む。その半身が焼けただれている。

「――すごい火傷だ……リーグ殿は」

「ドラゴンブレスで……私を、庇って、そのまま……っ」

 クレアは嗚咽をこぼし始める。余程、ひどい目に遭いながら逃げてきたのだろう。レックスは心を痛めながら、リーンと共にその身体を支える。

「こちらも、ゲルダを失った……ここは、想像以上に手強い。立て直そう」

「はい……っ、はい……っ」

 泣き崩れるクレアを支えながら、レックスは心に刻む。

(大事な仲間たちを二人も殺したこのダンジョン――決してタダでは済まさん)

 燃え滾る怒りを胸に溜めたまま、彼はクレアに肩を貸す。リーンもその反対側から彼女を支え――ふと、何かに気づいたように訊ねる。

「クレア、その傷はどうした」

「ドラゴンブレスの、余波で……」

「いや……そうじゃなくて」

 リーンは迷うように一瞬だけ口ごもってから訊ねる。


「首筋に、二つの刺し傷が、あるんだが……」


 思えば、そのとき不運が重なっていた。

 傷ついたクレアに気を取られ、周りの状況に目がいかなくなっていた。

 ゲルダとリーグが殺されたことに、頭に血が上っていた。

 最大の大技で、魔力をほとんど失っていた。

 そして――その、クレアのに気づけなかったこと。

 その不運に気づいた瞬間には、もう、手遅れだった。


「ごめん、なさい……二人とも」

 クレアの両腕に不意に力がこもる。信じられないような力で前に向かって突き飛ばされるレックスとリーン。思わずよろめきながら振り返った瞬間。

 涙を流すクレアの両脇に、無数の銃口がずらりと並んでいた。

「構え。撃て」

 凍てついた、淡々とした声。レックスは瞬時に我に返り、魔力を練り上げる。

 数多の銃声が響き渡る前に、間一髪、魔術結界が発生。二人を守るように覆い被さり、銃火から防ぐ――はずだった。

 その頬を掠めるように、銃弾が貫通――それに、レックスは目を見開く。

(そん、な……ッ、旧式の、銃のはずでは……ッ!)

 レックスは目を見開き、力を振り絞る。それで辛うじて弾丸は防げるが――。

 その弾幕は止まない。連続した射撃がつるべ打ちにレックスの結界を打ちのめしていく。

 いくら、宮廷魔術師と呼ばれた最強の魔術師でも、連続した銃撃を疲弊した身体で受け止め続けることはできない――。

 拮抗が崩れ、結界にヒビが入る。それにレックスが目を見開いた直後。


 結界が音を立てて砕け散り、冒険者たちの身体を銃弾の雨が貫いた。

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