第13話

 ドライゼ銃。それが、ヒカリが銃を改良するにあたって参考にした銃だ。

 まだ、火打石式銃フリントロック火縄銃マッチロックが主流だった戦場で、プロイセン軍が採用した、画期的な銃。その特徴は、後装式――ボルトアクションを使用していることにある。

 以前の銃は前装式マズルロード――撃ち終わった後、構えを解いて銃口を覗き込んで装填した後に、また構えを取る必要がある。これによって大幅に時間を取られていた。

 だが、ボルトアクションを使用することにより、銃の後ろから弾を込められる。

 つまり、構えを崩さずに次弾を装填できるようになったのだ。

 これより、連射性能は飛躍的に伸び、マスケット銃で一発撃つ間に、ドライゼ銃では五発撃つことができたと言われている。

 そのドライゼ銃の理念を盛り込み、さまざまな改良を施したシエラ銃改。

 貫通性と連射性。そして、物量――それらを前にして、冒険者は耐えきれなかった。結界を押し切られ、血飛沫を撒き散らしながら地に伏す彼ら。

 それを目にしたシエラは一つ吐息をこぼして座り込む――その周りに、銃を持ったキキーモラたちが集まり、心配そうに顔を覗き込んできた。

「だい、じょうぶ……ほっとした、だけ……」

 シエラはそう答えながら、深呼吸をして後ろを振り返る。

「――助、かった。ヘカテ」

「ええ、間に合ってよかったわ」

 そう言いながら暗闇から姿を現したのは、銀髪の美女――すらりとしたスタイルの彼女は腰に手を当て、前方に視線を向ける。

 そこには、へたれ込んで座っている、一人の少女がいる。

 クレアと呼ばれていた、魔術師の一人。彼女はぼろぼろと涙を流し、忘我の境地にあった。その首筋からは、真新しい刺し傷から血が流れている。

 ヴァンパイアによる、吸血痕だ。

「……傀儡に、したんだ」

「逃げていたけど、本気の私から逃げられるはずもないわ。捕まえて手駒にしたの」

 ヴァンパイアは、相手の身体に血を送り込むことで、自分の眷属にできる。

 エルフやキキーモラといった昼の住民に嫌われている所以だ。

 ここにいるキキーモラたちも、警戒こそしないものの、少し落ち着かなそうだ。

 いずれにせよ、と気を取り直して、シエラは頭を下げる。

「おかげで、敵を罠に誘い込めた。感謝、する」

「いいえ、お気になさらず。これで――五人は無力化。あとは、勇者ね……けど」

 ヘカテは長い吐息をつくと、全身から赤い霧が噴き出ていく。まるで、風船から空気が抜けるように、彼女の身体から赤い霧が立ち上り。

 気が付くと、ヘカテはいつもの小柄な少女の姿に戻っていた。

「……私は、限界ね……」

 彼女はそう言うと、指を弾いて合図する。それに応じるように、糸で操られるようによろよろと冒険者の少女が立ち上がった。

 光を失った瞳で歩きながら、ヘカテの傍に向かっていく。

「折角の魔術師。治療に使うわ。エステルも、早く手当てしないといけないし」

「あ……だけど、勇者、は……」

「もう、ケリはついたわ……もう、行く必要は、ない」

 ヘカテはもう連絡を受けたのだろう、背中を向けて告げる。それにシエラはごくりと唾を呑み込んだ。

 落ち着き払ったヘカテが、やけに不気味だ。不安が、胸中に過ぎる。

 その背を黙って見つめていると、彼女は振り返って寂しそうに目を細めた。


「ローラを行かせたけど……援護は間に合わなかったみたいね」


 多大な犠牲者と負傷者を出しながら、辛くも冒険者五名を打倒した二つの戦場。

 その頃には、ボスの戦場では決着がついていた。

 それは、今から少し前に時間が遡る――。


 そこでは、真紅と紫電が縦横に迸っていた。

 常人では、光の軌跡しか目に入らないほどの速度。人間離れした速度で、両者はジグザグに空間を飛び回る。

 その真紅の軌跡――フィアは、四足獣の動きで機敏に立ち回っていた。巧みに〈紫電〉からの距離を取り、鬼火を放ち続ける。機雷のように浮かぶ鬼火は青白く高温――。

 だが〈紫電〉の勇者、ウィリアムはそれを物ともせず、弾き飛ばすように駆けていた。雷光を帯びた足で地を踏み切るだけで加速し、フィアの後を追走する。

 高温の鬼火が身体に当たろうとも、身に纏う雷光が全て弾き返す。それどころか、全身から返しの雷矢を撃ち返している。

 それをフィアは辛くも回避する。四足獣の動きでアクロバットに立ち回り、ジグザグに駆ける。その両脇と後ろに紫紺の落雷が次々と降り注いでいく。稲妻が走った地面が、轟音と共に木っ端微塵に弾けている。

 一歩間違えれば直撃。死にはしないものの、致命傷となるに間違いない。

 それでも、彼女は涼しい顔でそれらを避け、鬼火をさらに差し向ける。しつこいほどの攻撃に、ウィリアムは苛立ったように大剣を横脇に構える。

 背筋を走る嫌な予感。本能に身を任せ、彼女は大きく跳躍した。

 瞬間、雷光の斬撃が真横一文字に迸った。それがフィアの真下を駆け抜け、壁に激突。悲鳴のように軋む音と共に、一直線の断裂が生まれる。

 彼女は金髪をなびかせながら着地、さらに四足で地を蹴り、脱兎のごとく距離を取る。

(あれを、喰らったらさすがにひとたまりもない――)

 恐らく竜の血液ですらも蒸発し、一瞬で消し炭となる一撃だ。

 ウィリアムに追いつかれたその瞬間、すなわち、フィアの最期。

 断末魔の悲鳴を上げる間もなく、彼女は死ぬ――そのことを理解していても、フィアは余裕を崩さない。冷静に、状況を見ていく。

(カイト様だって、いつも焦らなかった。常に、状況を見ていた)

 そして、どんな窮地であっても的確な助けの手を差し伸べてくれたのだ。

 そんな彼みたいに考えれば――紫電を避けることなど容易い。

(常に動き回り、相手に主導権を与えない……ッ!)

 四足の動きにフェイントを加える。それに引っ掛かり〈紫電〉の攻撃が的外れに飛ぶ。その間に距離を稼ぎながら、鬼火を撒いていく。

 それにウィリアムが微かに苛立ちを見せる。それを見て、フィアはほくそ笑む。

(頭に血が上った相手ほど、御しやすい……でしたね。カイト様ッ!)

 フィアも最初の頃は猪突ばかりしていた。今ならそれの暗愚さが分かる。

 愚かにも一直線に大量に放たれた雷撃。それを、フィアは易々と横に跳んで避けていた。ウィリアムの真横に回り、火炎を吐き出す。

 その一撃を雷光が止めても、衝撃は打ち消せない。〈紫電〉は横っ面を弾かれたように横へとよろめく。体勢を崩した、隙だらけの姿。

 だが、決して無理攻めせず、フィアは踵を返してまた距離を取る。

 そのまま逃走を繰り返しながら、ウィリアムを見やる。その顔はわずかに疲弊しているように見える。よし、とフィアは内心で一つ頷く。

 あれだけの出力で動き回れば、どれだけ魔力を持っていても消耗する。

 そうやって相手を疲れさせるのが、フィアの目的だった。

 正々堂々を謳う者からは、卑怯と呼ばれるような、泥臭い戦術。

 だが、それでいい、とフィアは割り切る。

(相手を油断させろ。奇策、奇襲、だまし討ち――何でもいい)

 何とかなるのなら、何でもする。それが、カイトから教わった生き様だ。

 それを胸に、フィアはウィリアムから距離を離すと、不意に〈紫電〉の動きがゆるやかになる。大きく息を吸い込み、彼はフィアを睨みつけ。

 不意に、その纏う気配が変わる。その気迫と共に、彼は口を開き――。

「おおおおおおおおおおお!」

 空を揺るがす雄叫びを放った。大きく目を見開いた彼は、全身から紫電を迸らせる――その凄まじい殺気に、フィアは身構える。

 瞬間、紫の閃光となって、ウィリアムが駆けた。

 これまでよりも強い加速。出力を全開にした動きに、フィアは唇を噛みしめて駆ける。

(消耗を考えずに、追いかけに来た……ッ!)

 苦し紛れにフェイントを掛けるが、ウィリアムは引っ掛からない。

 徐々に近づいてくる〈紫電〉の魔の手――それを見て、フィアは冷静に判断する。状況に応じ、素早く判断を下す。

(やられる前に、やるしかない――ッ!)

 その場で足を止めながら急停止。振り返りざまに半身で構える。

 その動きに〈紫電〉は止まらない。フェイントだろうと、構わずに吹き飛ばすように一直線に飛び込んでいる。それを見て、フィアは両拳を顔の横に構える。

 カイトから叩き込まれた、徒手格闘の構え。狙うは、カウンター。

 猛突進は方向転換が利かない――それはヘカテとの決闘で証明した。

(流れは同じ――力を受け止めて、それを受け流し飛ばすッ!)

 その気合と共に膝に力を込めるフィア。彼女に向け、流星のようにウィリアムは駆ける。その大剣の片手刺突がフィアに迫り、それを受け止めようと手を伸ばし。


 そのフィアの腹に、拳が薙ぎ払われた。


 ぼきぼきぼきぼき、と不気味な音が腹の中に響き――気づいたときには、フィアは跳ね飛ばされて地面に叩きつけられていた。背中に走る衝撃が折れた肋骨に突き抜け、灼熱の激痛が身体を焦がす。血を口からこぼしながら、フィアは咳き込む。

(やられた……ッ! 片手刺突はフェイント……ッ!)

 もう片方の手が、視界の外から降り抜かれたのだ。それに気づけなかった。

 その鉄拳の衝撃で、内臓のいくつが潰れた。腹に穴が空いたような感覚に息が引きつる。その致命傷に身動きがもはや取れない。

 そこにすでに〈紫電〉が肉迫していた。宙を舞いながら、大剣を振りかぶっている。迸る紫紺の電撃に身を包み、流星の勢いで突っ込む勇者。

(――あ……)

 絶体絶命の窮地。もはや、これまで。

 三秒後に訪れる死に対して、何もできない。

 フィアはそれを悟った瞬間、ふと今までの光景が目の前に蘇る。

 それは走馬灯。これまでの楽しかった暮らしが視界に満ち溢れた。カイトのいろんな表情が目の前に過ぎっては消えていく。フィアはそれを見つめて目を細め――。


(んなもん、見ている場合ですか――ッ!)


 全力で、それを振り払った。そのまま、目の前の〈紫電〉を目に焼き付ける。

 ウィリアムは、地面に手をついて倒れ伏したフィアを見て口角を吊り上げている。勝利を確信している――つまり、

 なら、つまりそれが好機。最初で最後の、最高の好機だ。

(三秒あれば、十分――ッ!)

 フィアは一瞬で満身に力を込める。破壊された肚が激しい痛みを発するが、それを無視する。その一瞬を掴み取るため、ぼろぼろな全身に鞭を打つ。

 倒れ込んだ姿勢。本来なら、何もできない。

 だけど、フィアは彼から教わった。あの特訓のときに、しっかりと。


『いわゆる、必殺技だよ』

『この技は、いわば初見殺しだ。一回きりの技だと思って』


 彼の声が耳元で木霊する。それにフィアは口角を吊り上げながら、地面についた手に力を込める。そのまま、腹と背の筋肉に力を込め、爪先に魔力を込める。

 ウィリアムが何かに気づいたように目を見開く。だが、もう遅い。

(く、ら、え――ッ!)

 跳ね上がるように、フィアの足は地面を蹴り、瞬時に逆立ち――。

 しなやかに振り上げられた足が、刃を掠めて旋回しながら天に振り抜かれる。


 そして、必殺のカポエラーキックが、ウィリアムの側頭に叩き込まれた。

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