第11話
翌日、カイトはダンジョンの主だった面々に声を掛け、会議を開いた。
議題はもちろん――『組織』強襲について。カイトは席につくと、早速その議題を口にする。
「昨日、捕らえた男たちを尋問。そのバックに人身売買組織がいることが判明した。ついては、それを先んじて襲撃。壊滅させておきたい」
カイトがそう口火を切ると、ヒカリたちはわずかに驚いたように目を見開いた。
「――危険、じゃないですか、カイトさん」
ヒカリは慎重にその意見を述べる。シエラは同意するように頷くが、ソフィーティアとエステルは視線を伏せさせて無言。
カイトはその面々の表情を見つめながら、ヒカリの言葉に頷く。
「もちろん、危険だ。ダンジョンの外で打って出ることになるからな」
「ダンジョンコアの庇護下から離れれば、魔物たちのパフォーマンスは四分の一低下します。それを承知で?」
「もちろん、フィアからすでに聞いている」
フィアとローラにはすでに話して相談していた。カイトはその上で告げる。
「ある意味では、冒険になる。欲を出し過ぎているかもしれない。だが、ここで打って出ておきたい。目的としては、敵対する組織を潰す他にも、人員を手にできる。今は、人員も資源も十分にある。受け入れは、できるはずだ――そうだな? ヒカリさん」
「はい、十分に受け入れは可能、ですが……」
ヒカリはやや唇を噛みしめ、逡巡をその表情に色濃く浮かべる。
やはり、彼女としては慎重に動きたいのだろう。その一方で、ソフィーティアは顔を上げてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ヒカリ様とは意見を分かつことになるが――私は、賛成だ。その組織には、恐らく我々エルフ族も被害に遭っている。仲間たちの奪還も期待して、乗りたい」
(――だろうな。そうだと思った)
エルフが被害に遭っているのは、ヒカリから聞いていた。
ならば、ソフィーティアはむしろ、乗り気だろうと思っていた。
だが、それを戒めるようにシエラは首を振り、激しい口調で言う。
「報復の、可能性もある……! 敢えて、リスクを冒す必要は、ない……!」
「――そうだな。敢えて危険を冒す必要は、ない。大人しく、ひっそり暮らす分なら、きっとそれで問題ないだろうさ」
カイトはシエラに視線を移し、同意する。それでも力を込めて言葉を続けた。
「だけど、今、この瞬間に連中は魔物たちを迫害している。そして、いずれはまた攻めてくるかもしれないんだ――今が好機なんだ。攻めるのなら、今しかないと思う」
「それに同意、します。ご主人様。グランノールには、楔が打ち込まれていますから」
エステルの静かな声に、ヒカリは何かに気づいたように目を見開く。
「そっか、アリスティアたちに、情報を集めさせれば」
「そういうことだ。彼を知り己を知れば百戦殆うからず――だろう? ヒカリさん」
彼女に以前言われた、孫子の兵法を引用すると、彼女はきゅっと唇を引き結びながらも、こくんと頷いてみせた。
「――分かりました。情報を十分に集めれば、きっと行けると思います」
「……ヒカリが、そう言う、なら」
シエラは不承不承に引き下がる。ヒカリは軽く頷きながらも、カイトを見つめて言葉を続ける。
「ただし、失敗してもみんなが生き延びられる策を考えましょう。組織の壊滅や、誰かを助けるよりも、まずはみんなの命を優先しましょう」
「ああ、それに関しては同意だ。ヒカリさん。作戦を、考えてくれるか」
「もちろんです。私の、知恵をあるだけ絞ります」
ヒカリはそっと頭を下げ、ふと、思い立ったように目を細めて続ける。
「カイトさん、私のことはもう呼び捨てで構いませんよ」
「……そうか?」
「はい、私は貴方の配下ですから」
「……分かった。ヒカリ。これからも、よろしく頼む」
「ええ、もちろんです」
彼女はゆるやかに笑う。その笑みは、どこかほっとしているようにも見えた。
もしかしたら、カイトと対等であることに気兼ねしていたのかもしれない。
「会議は、以上だ。各々、作業に戻ってくれ」
散会の合図を告げると、皆が席を立つ。いつものように、フィアとローラは居残り、カイトの傍に控えている。カイトはその二人を振り返って訊ねる。
「――出過ぎた真似かな。組織を、討つのは」
「いえ、火の粉を避ける意味では、有意義だと思います」
「どこまでも兄さまらしいな、とは思うよ。私も」
フィアは仕方なさそうに、ローラはにっこりと笑ってカイトの考えを認めてくれる。だが、フィアは少しだけ難しそうに眉を寄せていた。
「ですが、ダンジョンの外での戦闘――私たちは、実力を十分に発揮できません。何か、対策を考えないと……」
「対策なら、もうすでに考えているさ」
カイトはそう言いながら懐から抜いたそれを投げる。フィアは受け取り、それを見て軽く目を見開く。
「拳銃……?」
「ああ、それと、いつものやつだ」
「なるほどね、兄さま。いつもの手口」
ローラはくすりと悪戯っぽく笑い、フィアは仕方なさそうに肩を竦め。
カイトは不敵な笑みで告げた。
「罠と、奇襲で――相手をハメ倒してやるのさ」
グランノールを出荷拠点とする『組織』の情報は、思いのほか、スムーズに集められた。アリスティアと行動を共にする冒険者、グレイが積極的に協力してくれたのだ。
何故なら、人身売買は法の下でもグレーゾーンであり、街の人々から疎まれていたのだ。それでも取り締まりを受けないのは、純人類主義の騎士団がバックについているから。
つまり、公的機関の目こぼしの上で、連中は暴利を貪っているらしい。
だからこそ、積極的に魔物を捕らえるべく、いろいろと動き回っている。
「そして――捕らえた魔物たちは月に一度、出荷されるそうです」
五階層の会議室。そこで、ヒカリはアリスティアからの報告をまとめ上げていた。
その場にいるのは、カイト、シズク、ソフィーティア。その三人の前で、ヒカリは仕入れた簡単な地図を前に、指先を置き、さっと一直線に指を引く。
その指先は道をなぞっていき、西の王都までつながっていく。
「出荷日は五日後。一週間かけて、王都近くの街に運ばれます」
「そこが狙い目か。奇襲を掛けて、取り戻せると思うか。ヒカリ」
カイトの真っ直ぐな問いに、ヒカリは小さく頷いて答える。
「ひとまず、人員がいれば可能だと思います。規模は恐らく三十人。それを一気に奇襲して封殺するのが一番だと思います。狙い目は――ここ」
指先で、西にある一点を指さす。そこは木々に覆われた峡谷だ。
「――ランクルス峡谷。彼らは、人目を避けるためにこのルートを通るようです。そこなら、御誂え向けの地形。ここで、五分と五分の勝負に持っていけると思います――ただし」
そこでヒカリは一息つき、はっきりとした声で続ける。
「その部隊、三十人のうち、十人は曲者で――どれも、賞金首クラスの冒険者たちです。目立って接近すれば厳しいですよ」
「そうだな。トロールやゴーレム、エルフであっても察知される。そこで迎撃態勢を整えられれば、奇襲の意味がなくなる。罠も、効かない」
(……そうだろうな)
賞金首と言えば、最初にこのダンジョンに挑んできた冒険者だ。
彼は熱中症に陥りながらも泥濘の中で必死に仲間を助けて移動し続けていた。そのタフさは記憶によく残っている。
「それに、装備も騎士団払い下げのものを使用しているとか」
「なるほど、つまり固いな」
騎士団の装備は、耐炎、耐水、耐毒――いろいろな耐性がある。それを受け継いでいると考えていいだろう。固い上に、奇襲が効かないとなれば、今まで通りに行かない。
(なかなかに難しいな……)
眉を寄せて思考を巡らせていると、シズクが挙手をして告げる。
「殿、火計はいかがでしょう。フィア殿から聞きました。それで敵を一網打尽にしたと」
「まあ、確かに進路上に可燃物を仕掛け、察知されにくいキキーモラとかで着火すれば、全て一網打尽にできるな。敵を含めて全て」
その含みのある言い回しに、シズクはすぐに気づいて唇を噛む。
「申し訳ございません。考えが足りませんでした――火を掛けたら、運ばれている魔物たちも、火に巻かれてしまう」
「そういうことだ。まあ、着眼点は悪くない」
カイトはそう慰めていると、黙っていたソフィーティアはヒカリに視線を向ける。
「ヒカリ様、部隊は三十人ほど。ということは、魔物たちの搬送には、十人ほどが掛かりきりになる計算ですね」
「うん、いわゆる檻車で運ぶから。鉄製の」
「鉄製。なるほど……上空から攫うのは無理か」
「そうだな、それもいい線だが、さすがにローラ一人だと重たい」
仮に変化して火竜の姿でも、彼女は運びきれないだろう。ヒカリは小さく頷き、それに、と付け足すように考えを続ける。
「ドラゴンを見たら、真っ先に彼らは逃げると思うよ。絶対に、ここで逃がしてはいけないんだから、もっと一網打尽にする策を考えないと」
そういうヒカリは少し難しそうだ。カイトの方を見ながら真剣に言葉を続ける。
「今回、救出と殲滅を同時に行わないといけません。そうなると――釣り野伏せ」
「ああ、なるほど……となると、餌になるのは」
カイトとヒカリの視線が同時に、ソフィーティアに向けられる。その視線に、彼女はきょとんとして首を傾げた。
「どういう、ことだ?」
「ソフィーティアが作戦の要になる、ということだよ」
カイトは不敵に笑って告げ、ヒカリは目を細めてしっかりと頷いた。
そこからすぐに作戦は立案され、メンバーが絞り込まれる。
そして――すぐに、その日は訪れた。
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