第4話

 食事も終えて腹ごなしに外に出る。エルフ村は、静けさに包まれていた。

 月光が降り注ぐ薄明かりの中、ぐるりと辺りを見渡す。木々が切り開かれ、木造りの家が並んだ村。数か月前までは、ここは鬱蒼と茂った森だったのだ。

「懐かしいね。兄さま」

 ふと、ついてきたローラが隣に並んで小さく囁いた。

 フィアは部屋で休んでいる。今はローラと二人きりだ。カイトは軽く頷くと、その小さな手を取って歩き出す。

「前まではここは木々が生い茂っていたな。この辺が、泥まみれだったな」

「うん、泥炭ばっかりで。洞窟の前には、貯蔵庫とトイレがあったね」

 今、泥の通路はほとんどが土壌改良され、踏み固められている。

 貯蔵庫は残っているが、そこに登り窯がある都合上、道具入れになっている。トイレは尿を蓄積する硝石穴を残し、別の場所に移動している。

 洞窟の中は、すっかり様変わりし、鍛冶場になってしまった。

 数か月で変わってしまった、地上を二人でぐるりと見て歩いていく。

「――ウィンドウ越しじゃなくて、こうやって見るのは久々だな」

「大分、広くなったね。兄さま」

 もう、住民は百人規模。ほとんどが難民だが、エルフたちが頑張って仕切ってくれているようだ。人の営みを感じる気配に、目を細める。

 不意に、どこからか甲高い破裂音が響いてきた。思わず眉を寄せる。

「銃声? でも、どこから?」

「……村はずれの、広場かな」

 ローラがシエラ銃の試射をした場所だ。二人は顔を見合わせ、そちらの方へと足を向ける。建物の間を抜け、登り窯の前を通り過ぎ、拓けた場所へ。

 その真ん中に立っていたのは、一人の少女だった。闇に溶け込むように、立っている。その彼女が何か棒状のものを構え――銃火。

 甲高い銃声が、また夜空に鳴り響く。カイトは目を細めて訊ねる。

「シエラ、こんな夜に試射か?」

「……カイト」

 ふと、こちらに気づいて彼女は銃を下ろした。気まずげに、視線を逸らす。

「落ち、つかなくて」

「……大丈夫だと思うが。シエラ銃改は、性能を確かめた。無事、動いたじゃないか」

「そう、だけど……」

 シエラはそう言いながら、自分の銃に握りしめる。やはり、不安なのだろうか。

「――大丈夫だよ」

 ふと、そのシエラに声を掛けたのは、ローラだった。ブレザーのスカートを揺らしながら、目を細めてシエラに語り掛ける。

「兄さまも確かめた。それに、撃った私が一番分かっている。その銃は、すごい」

 まさか、ローラから褒められるとは思っていなかったのだろう。シエラは目を見開いて見つめ返し――ふっと笑みをこぼした。

「当、然……私が、手ずから作った、から」

「なら、後は私たちがそれを生かすだけ。貴方が不安に思うことはないよ」

「ふ、ん……しくじるかも、しれないから」

「大丈夫っ、私がしくじっても兄さまがいるから」

「そう……カイトがいれば、安心かも。ヒカリが、信じる、カイトなら」

 二人は笑みをこぼして、カイトを振り返る。その視線に笑って頷いた。

「ああ、大丈夫。何とかなるさ。シエラの銃も絶好調だし」

「ん……上手く、活かして欲しい。そして、ヒカリを、護って」

「ああ、もちろん。ヒカリは大事な仲間だから。もちろん、シエラも」

「……ん」

 彼女は目を細めて頷き、銃を大事そうにしまい始める。その動きからは不安がすっかり取り除かれていた。シエラは銃を担ぎ、洞窟に向けて歩き出す。

 が、ふと、何か思い出したように振り返り、目を細める。

「……ローラ」

「ん? 何かな」

「……ありがと」

「どういたしまして」

「……死なない、でよ」

「ん、任せて」

 二人は端的に言葉を交わし合い、ひっそりと笑みを交わす。シエラは目を細めると、今度こそ踵を返して立ち去って行った。

 その後ろ姿を見届け、カイトはローラに声を掛ける。

「随分と、仲良くなったな」

「雨降って地固まった感じかな……なんだか、くすぐったい気分だけど」

 ローラは苦笑いを浮かべて、カイトの傍に歩み寄ってくる。その彼女の頭に手を載せると、髪を梳くようにして撫でた。

「……成長したな。ローラは」

「……そうかな」

「ん、そうだ。最初は、かなり危なっかしくて勢い任せだったけど」

 命を捨てるような動きすらして危うく思うこともあった。

 だけど、経験や実戦を積んだ。喧嘩した相手とも仲直りをして。

 徐々に、彼女は強くなっているのを感じる。純粋な強さだけではない、心が強くなっている。カイトはローラの髪を指先で梳きながら目を細める。

「今は、頼れるぐらいの粘り強さがある」

「そう、かな? 実感はないけど」

「そのときが来たら分かるよ。来ないことを、祈るけど」

「あはっ、そうだね……私たちが平和に暮らせれば、それでいい」

 ローラは甘えるようにカイトの胸に手を当てて身を寄せる。そのまま、真紅の瞳を細めてはっきりとした声で告げた。

「――兄さま、私、絶対にあきらめないよ。生きて、生きて、生き抜くから」

「ああ……頼んだよ。ローラ」

 そのまま、カイトはローラの身体を優しく抱きしめる。

 その二人を、燦然と輝く月光が照らしていた。


 夜の散歩を終えて部屋に戻ると、フィアが肌着姿で洋服を繕っていた。視線を上げ、にこりと微笑んで目を細める。

「おかえりなさい、カイト様。ローラは?」

「ヘカテとちょっと話している。先に戻ってきた」

 そのまま、フィアが座っているベッドに腰を下ろす。彼女は手先を器用に動かしながら、少しだけ申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「すみません、この服だけ繕ってしまうので……」

「大丈夫だよ……そのセーラー服も、ぼろぼろになってきたな」

 どこか引っ掛けて裂けたのか、お腹の部分に裂け目が走っている。それを木の繊維を叩いて柔らかくした糸で縫い合わせているようだ。

 それをフィアは丁寧に繕いながら目を細めてささやく。

「初めてカイト様からいただいた、お洋服ですね」

「むしろ、これとブルマの二着しかなくて申し訳ないが……」

「ふふ、お気になさらず……いえ、それなら」

 わずかに少し考え込んでからフィアは視線を上げ、悪戯っぽく微笑む。

「この戦いが終わったら新しい服を用意しませんか? カイト様がかわいい服を選んでください」

「……ああ、喜んで」

 それは、必ず生きて帰ってくる、という意味で。

 カイトは嬉しくなって思わず笑みをこぼし、からかうように言葉を返す。

「なら、ちゃんとかわいい下着をつけてくれよ? いつまでも葉っぱだとな……」

「か、カイト様が選んでくれるのなら、考えますよ?」

「じゃあ、フィアに似合うやつを考えようかな。白と青の縞パンとか似合いそう」

「あ、なんだかバカにしている気がします」

「そんなわけないだろう?」

 二人きりで他愛もない会話を続ける。居心地のいい雰囲気の中、フィアは服を繕い終えて、それを畳むと、自分の膝に手を添える。

 それだけで、フィアが何してくれるか分かる。その気持ちに甘えるように、横になり、膝の上に頭を載せた。しっとりと柔らかい膝枕の温もりが、カイトを包んでくれる。

 彼女は慈しむように優しい目つきでカイトの髪を梳く。その穏やかさに誘われるように、カイトは何となく内心の想いをこぼした。

「――みんな、覚悟しているんだな」

「……〈紫電〉との激戦を、ですか?」

「ん、そう……エステルも、シエラも、ローラも」

 昼間に話したヒカリやソフィーティアもそうだった。それなりにみんな緊張感を持ち、覚悟を露わにしている。戦いに対する、覚悟を。

「みんな、そんな感じだから……少し、怖くなる。みんなが、いなくなることが」

「……そうですよね。怖いですよね」

 フィアは髪を梳きながら小さく笑みを浮かべる。優しく穏やかな声で、寝物語を聞かせるように彼女は言葉を続ける。

「私も怖かったですよ。ヘカテの光線を浴びたとき」

「そうなのか?」

「はい、カイト様を失うんじゃないか、って」

 私の勘違いでしたけどね、と恥ずかしそうに苦笑いを浮かべるフィア。だけどすぐに、目を細めて言葉を続ける。

「みんなも同じ気持ちだと思います。カイト様を、失うのが怖い、って」

「……そう、なのかな」

「はい、それがカイト様の作り続けてきたダンジョンなんです。こんな気持ちにさせてくれるダンジョンを、カイト様が作ってくれた」

 そして、とフィアは瞳を微かに潤ませ、微笑みを浮かべる。

「私が、はずれじゃないと身を以て教えてくれた……いいえ、はずれと落ちこぼれていた私を、カイト様が掬い上げてくれたんです」

「そんなことは、ないつもりだけど……でも、フィアが最初のボスでよかったと思っているよ。最初から、今に至るまで後悔したことは一度もない」

「ふふ、私もです。カイト様がマスターでよかった。だからこそ、はずれと呼ばれていたことも、今では嬉しく思えます」

 そういうフィアの笑顔は、とても明るかった。

 最初の頃、よくはずれだから、と自嘲していたのが嘘に思えるくらい、溌溂とした明るい笑顔に、カイトの胸の中まで照らされていくようだ。

 気づけば――胸の内の不安も、どこかいなくなっている。

「大丈夫です。カイト様――何とかなります。今回は、私が何とかしますから」

「はは……お決まりの台詞を取られたな」

 二人で思わずおかしくなって笑い合う。ひとしきり笑い合ってから、カイトはフィアの顔を見上げる。彼女の真紅の瞳を見つめ、小さく囁く。

「頼んだよ。フィアルマ。最高のボスであることを〈紫電〉に見せつけてやれ」

「はい、かしこまりました。カイト様。この身に誓って」

 彼女はその言葉を発しながら、軽く身体を曲げ、カイトの頬に手を添える。

 柔らかい唇が、そっと降りてくる。湿った感触と熱いくらいの温もりに包まれ、頭がとろとろに溶けそうだ。二度、口づけを繰り返すと、フィアは長い睫毛を揺らして微笑む。

「大好きです。カイト様」

「ああ、僕も大好きだよ。フィア」

 手を伸ばして彼女の頭を抱き寄せる。そして、また再び口づけを交わす。

 熱い吐息が絡み合い、やがて二人の影がベッドの上で重なり合い――。


 夜は、静かに更けていく。

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