第5話
翌朝――ダンジョンの近い場所に、うっすらと一本の煙が立ち上る。
それを目撃した、火竜の少女はすぐさま主に報告の連絡を飛ばした。
『兄さま、シズクからの合図を確認したよっ』
「了解。すぐにダンジョンに戻って」
『了解っ!』
それは、日の出から間もない早朝――第四層のボス部屋には、ダンジョンの主要たる面々が集っていた。エステル、ヒカリ、シエラ、ソフィーティア、ヘカテ、そして、フィア。
意気にあふれる面々を見渡し、カイトは口を開く。
「今あった通り〈紫電〉の接近を確認した。これより迎撃作戦を開始する」
その言葉に全員が頷く。カイトはまず、聡明な女エルフに視線を向けた。
「第一フェーズは地上での作戦。エルフたちに初撃を任せる。指揮はソフィーティアに一任。決して無理攻めはしないように」
「了解している。初撃を加えたら、作戦通りに」
ソフィーティアは不敵な笑みを浮かべて頷いた。
第一フェーズは彼女が要だ。場合によっては臨機応変な動きが要求される。だが、彼女の賢さならば、的確に判断してくれるはずだ。
信頼を込めてカイトは頷き返すと、次にエステルとシエラに視線を向けた。
「二階層は知っての通り、大仕掛けの舞台だ。そこを通過し、三階層に一行が入ったところで第二フェーズに移る。そこの迎撃は、魔物たちだ。エステルが主軸、シエラはその補佐」
「了解、しました」
「微力を、尽くす」
寡黙な二人は深い頷きを返し、意気を伝えてくる。
第二フェーズ。ここで、絶対に三人を足止めする必要がある。それをしっかりと理解したエステルが真摯な眼差しで見つめ返してくる。
カイトはその視線を見つめ返して頷いた。最後にフィアとヘカテに視線を向ける。
「第三フェーズ――ボスたちの出番だ」
言われるまでもなく、最後の砦だ。二階層で足止めした冒険者以外を仕留めなければならない。彼女たちの敗北こそすなわち、ダンジョンの敗北だ。
それを理解していつつも、フィアとヘカテは気負うことなく軽く頷いた。
「もちろんです」
「任せなさい」
頼もしい様子に口角を吊り上げ、最後にヒカリを見やる。彼女は竹簡を手に抱えて頷く。
「私は、カイト様と共に最奥――指揮の補佐に努めます」
「頼んだ。戦術家さん」
「頼まれました。戦略家さま」
二人で笑みをこぼし合い、拳をぶつけ合う。いざというときは、彼女の機転に頼ることになるだろう。地球の知恵が、今は頼もしい。
そして、残るローラはフィアとヘカテと共にボス部屋で待機。シズクはカイトの元に急いで戻る手はずだ。そして、彼女にもある仕事を任せる。
全員の配置を確かめ終えたカイトは、ぐるりと全員を見渡した。
「質問は、あるか?」
その言葉に、誰一人動かない。当たり前だ。作戦は何度も打ち合わせた。
今さら、質問もあるはずがない。カイトは軽く頷くと、面々を見渡して告げる。
「ここが正念場だ。何かあれば随時、指示は飛ばすが、基本的には現場の判断に全て一任する。各々、力を尽くしてくれ――作戦、開始!」
その号令を合図に全員が頷き合い、散会した。フィアは立ち去る寸前、カイトを振り返ってじっと見つめてくる。束の間、二人は見つめ合う。
フィアは微かに瞳を揺らしたが、後ろ髪を振り切るように歩き去っていく。
そこには、カイトとヒカリだけが残された。
「――では、カイトさん、行きましょうか」
「ああ、そうだな……っと」
ふと、フィアたちと入れ替わりに入ってくる影が見え、思わず立ち止まる。
入ってきたのは、その姿に面食らう――見慣れた、オオトカゲの姿だ。
「やぁ、久しぶりだね。カイト、ヒカリ」
「コモド……確かに、久々な気がするな。でも、なんで今来たんだ?」
「ん、キミたちの戦いを見届けにね」
尻尾をゆらゆらと揺らしながら歩み寄ってくるコモドドラゴンは目をぱちくりさせて、カイトとヒカリを見比べる。
「キミたちが勇者を退けられるか……実地で見たくなったんだ」
「なるほど、まあ、お好きにどうぞ。その代わり、無事は保証しないけど」
「ん、そうさせてもらうよ。キミたちの健闘を、傍で見守らせてもらう」
コモドはそう言いながら、カイトの隣に並ぶ。カイトは踵を返すと、そのまま五階層の最奥へ足を向け――ふと、思い立ってコモドに訊ねる。
「そう言えば、少し聞きたいことがあるんだ。コモド」
「ん、何かな」
「もし、僕が死んだ場合、ダンジョンコアの管理権はどうなる?」
その言葉に、ヒカリが心配そうに眉を寄せ、コモドは戸惑うようにまばたきした。
「まさか、キミ、前線で戦うつもりかい?」
「そういうわけではないけど。少し、気になって」
「……まあ、マスターが死んだ場合、その時点で管理権はなくなるね。ただ、誰かに譲っていれば話は別。カイトの場合だと、フィアに共有設定は入れているから、カイトが死んだらフィアに管理権が移る」
「要するに、フィアがマスターになると」
「まあ……システム上は。そうなったことは、一度もないけどね」
「それはそうですよ。だって、マスターが死ぬ自体になるのは、ボスが倒された状況ですから」
ヒカリは苦笑いを浮かべ、カイトの顔色を窺ってくる。その真意を探るような目つきを、彼は手を振って笑い飛ばした。
「大丈夫。妙なことは考えていない。作戦通りにやるだけだから」
「それならいいですけど……このダンジョンは、カイトさんだけにしか、務まりませんから……絶対に、無理はしないで下さいね?」
「ああ、もちろん」
ダンジョンを担う者としての責任がある。そこは、踏ん張らなければならない。それについて聞いたのは、万が一のときの保険だ。
カイトは二人を連れて歩き出しながら、目を細めて告げる。
「さぁ……勝負と行こうか。〈紫電〉」
『侵入者を、検知しました』
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