第8話
シズクに稽古をつけ始めて二週間が経った。
基本的にカイト、あるいは手の空いたエステルが稽古をつけ、フィアやローラが手合わせする日々が続いていく。毎日のような訓練に、シズクは食いついていた。
「――正直、驚きました。シズクが、あそこまで踏ん張る子だとは」
風呂上がりのフィアが髪を拭きながら感想を告げる。今日も、彼女はシズクとの手合わせを終えたばかりだ。
カイトがベッドに腰を下ろすと、いつものように彼女も隣に腰を下ろす。彼は団扇でフィアの艶やかな金髪を乾かしながら訊ねる。
「どうだ? 実力の方は」
「私は、カイト様に手ほどきを受けているので、滅多なことでは土をつけられません。ただ、やはり苦戦します。ローラとは、すでに互角のようです」
「まあ、ローラの動き方はどちらかというと、直線的だからな」
柔術を取り入れたカイトの師事を受けている、フィアとシズクからしてみれば、ローラの動きは御しやすい。とはいえ、ローラもそこそこに身体を使えている。
それですでに互角――シズクの執念が、そこからも伺える。
「これなら、諜報組織を任せられそうだな」
「アマト、でしたか。確かに、彼女なら務まりそうです。何より、敵から気取られない、という点が大きいですね」
フェイは、完全な人間の擬態。冒険者の魔術師であれ、それは見破れない。
そういう意味で、彼女の諜報活動はかなり期待できるものがある。
また、シズクとは別に、トロイ計画は順調な動きを見せていた。
「アリスティアが潜入して一か月弱――噂が広まったのか、ぽつぽつと冒険者が訪れるようになってきたな」
「ソフィーティアさんが、上手く対応していますね。長く逗留する人も増えました。今も、数人の冒険者が宿で休んでいるそうです」
フィアがウィンドウを開いて確認する。そこには、数人の冒険者が映し出されている。今いる客人たちは、柄が悪いわけではなさそうだった。すでに夜で、休んでいる者も多い。
彼女は確認をしながら、横目でカイトを見て続ける。
「付け加えると、置いていくお金とかも増えてきましたね」
「ん、まあ、順調かな。騎士団を撃退してから、二か月弱。この調子なら、半年までにそこそこな話題の村にはなりそうだ」
「トロイ計画は、ひとまず成功、ですか?」
「ああ、そうなる」
カイトはウィンドウを消しながら頷く。それを不思議そうにフィアは見つめる。
「それにしては、浮かなそうな顔ですが」
「……まあな。そろそろ、色気を出したバカ者たちが来そうな気がする。構えておいた方がいいかもしれないな」
「ああ……なるほど、確かに。それは面倒ですねぇ、ただ、久々の実戦になりそうです」
フィアは意気を新たに拳と掌を叩き合わせる。その元気よさに、思わずカイトは苦笑いを浮かべた。
「戦わないに、越したことはないんだけどな……」
「カイト様はそう仰るかもしれませんけど、そのせいで最近、悩んでいるんですよ? ボスらしいこと、まだ一度もしていないじゃないですか」
「そりゃ、一度も最深部に到達されていないからね」
「とにかく、私もボスとしてのお役目を果たしたいんです!」
フィアはカイトの膝を叩いて抗議するが、カイトは半眼になって言葉を返す。
「――お言葉だけど、侵入した敵はまずはエステルが相手するからな?」
「うう……私の存在意義って何でしょう……」
フィアはさめざめと泣く仕草をする。嘘泣きとは分かっているが、カイトは慰めるようにその頭を抱き寄せた。
「それは、僕の大事な相棒だよ。付き合ってくれて感謝している」
「どちらかというと、愛棒を持っているのはカイト様ですね。確かに、突き合う関係ですけど」
「珍しく下ネタだな……おい」
カイトは思わず笑みをこぼすと、フィアも顔を上げて表情をゆるめた。えへへ、と笑いながら、カイトの身体に寄りかかってくる。
「そういう関係だな、って思って嬉しいんです」
「それはよかった。まあ、でも今日はゆっくりしような」
「たまにはそういうのもいいですね」
そっと腕を抱きようにして寄り添ってくるフィア。その温もりが伝わってきて心地いい。そのまま、二人でゆったりとした時間を過ごしていると――。
『侵入者を検知しました』
「……また、冒険者、でしょうか」
「いや、時間がおかしい」
カイトはそう言いながら軽くウィンドウを切り替えて今、侵入した敵を捕捉する。そのウィンドウには、明らかに裏から忍び込もうとする五人ほどの男がいた。
「黒ずくめ。荷物はロープや布、背負子――人さらいっぽいな」
「エルフを狙っているわけですね」
「言った傍から、色気を出さないで欲しいが……」
素早くウィンドウを呼び出し、ヒカリとソフィーティアに繋げる。事情を軽く伝え、全員に屋内待機を指示する。フィアは立ち上がりながら訊ねる。
「行きますか」
「いや、フィアはここで待機。いざとなれば、ボス部屋に移動してもらう」
まぁ、その事態はほぼあり得ないと思うのだが。
続けざまに、ローラとエステルに通信を繋ぐ。二人は今、三階層で作業をしているはずだ。すでに事情が分かっているのか、二人の顔つきは引き締まっていた。
「エステル、出番だ。二階層は任せた」
『御意』
「ローラは三階層で待機。突破するものはいないと思うが、そこで防いでくれ」
『了解!』
役割はすでに分担している。細かい指示を今さら、出す必要はない。それに、二階層の迷宮を試すチャンスでもある。
「おあつらえ向きに、裏から入ってきてくれているからな」
ウィンドウを侵入者に向ける。じりじりと接近してきた人さらいの一味は建物に近づき――不意に、その姿が消えた。
仕掛けておいた、落とし穴だ。侵入者たちは悲鳴すら上げることもできず、ばらばらの落とし穴の中へと落ちていく――やがて、村に静寂が訪れた。
「裏から潜入すれば、落とし穴で二階層に落とされる仕組み。これを作っておいて大正解だったな」
「そして、二階層には土壁で仕切られた迷宮。もう、完成していますね」
「ああ、特製の迷宮さ――精々、逃げ惑うといい」
ウィンドウを切り替える。その画面の中では、ばらばらになった侵入者たちが戸惑いながらその迷宮から抜け出そうと足掻いていた。
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