第3話
「はい、じゃあ、第一回ダンジョン会議を始めたいと思います!」
ローラの元気のいい宣言の元、いつもの洞窟の中には四人が集まっていた。
エステルはきっちり正座をして頷き、フィアは頷きつつも少し低い声を上げる。
「それはいいのですが……ローラ」
「なに? 姉さま」
「何故、貴方がカイト様のお膝の上に座っているのでしょうか」
その言葉の通り、何故かローラはカイトの膝の上を陣取り、上機嫌にしていた。腿に伝わってくる、高い体温がじんわりと伝わってきて心地いい。
「えへへ、兄さまがいいよ、って言ってくれたから」
「し、しかし、カイト様……重くはないのですか?」
「いや、そこまでは。別に、膝の一つや二つでごねたりしないよ」
翼竜だけあって、体重も軽くてそこまで苦でもない。
シートベルトをするように、ローラの身体に腕を回すと、フィアはむむむ、と唇を引き結び、羨ましそうに妹竜を見る。
「そんな、うらやま……いいえ、別に……」
「……あとで、フィアもする?」
「い、いえっ、そんなこと、恐れ多くて……!」
カイトの言葉に、フィアは慌てて手を振って視線を逸らしてしまう。そのまま俯き、金髪で顔が覆われて、顔色が分からない。
(――迂闊だったかな)
嫌われていないといいのだが。下腹を切られたような痛みに顔をしかめていると、ローラはやれやれと首を振りながら手を叩く。
「はい、じゃあ、話を戻すよ――兄さま、今後の方針だけど」
「ああ、ローラの助言を受けて、魔物を増やしていこうと思う。ポイントは2360――少ないが、それを惜しみなく投資していきたい」
「よい、お考えだと思います。ご主人様」
エステルは小さな声で答えた。真っ直ぐに見つめながら、囁くように続ける。
「このダンジョンは土もよく、魔物が住み心地のいい環境になっています。土属性、あるいは、森に適応できる魔物がいいと思います」
「ありがとう。エステル。じゃあ、少し助言をくれるか。コストは惜しまないつもりだ」
「かしこまり、ました」
すっと膝をすり寄せるように、エステルは傍に寄ってくる。カイトはウィンドウを展開すると、召喚のコマンドを開き、確認をしていく。
「ポイントが少ないので、種族は絞りたいと思います。雑多にいるよりも、絞った方がいいと思われます」
「それだと、弱点もまとまらないか?」
「それを補うのが、フィア様、ローラ様です。森や泥に、生きる生物は、総じて火に、弱い傾向にあるので、格好の餌食にでき、ます」
「なるほど、確かに――エステルは、頭が回るな」
「ご主人様、ほどでは……」
ささやくように、ぽつぽつと喋るエステル――なんとなく、その距離感が掴めつつある。若干、目を細めたのも分かったくらいだ。
「コボルト、ゴブリンは200ポイントで仕入れられます。ただ、時々、言うことを聞かずに悪戯ばかりする傾向も……」
「あまり、畑を荒らされたくないんだよな。どちらかというと、従順な子がいい」
「でしたら、コストは張りますが、キキーモラは如何でしょうか? 350ポイントで、小型の妖精です。戦闘能力はゴブリンに劣りますが、お手伝いをしてくれます」
「お……それは、助かるな。どれくらい召喚するかな……」
「それは、ですね……」
ふわ、と吐息が鼻先を掠め、少しだけ我に返ると――エステルの顔がいつの間にか間近にあった。頬を寄せるようなほどの距離で、彼女は瞼を揺らした。
エステルも気づいたのか、すっとわずかに距離を取る。
「すみ、ません、近すぎました……」
「い、いや……こちらこそ悪い」
「いえ、謝る必要は……」
ほのかにエステルが頬を染めているような気もしたが――それも一瞬、エステルは淡々とした声で指先を伸ばし、ウィンドウに触れる。
「では、キキーモラですが……」
フィアは少しだけむかむかしていた。
目の前で、主人であるカイトは膝にローラを乗せ、エステルを傍に侍らせて話し込んでいる。その顔つきは、真剣そのものだ。
だけど――。
(でも……なんで、こんなに腹立たしいのかな……)
カイトは、フィアだけの主人ではない。ローラやエステルにとっても大事な主人だ。ローラはもちろん、エステルもカイトに好意的な印象を抱いているのは、見ていればすぐに分かることだ。
だから、二人がああやって、カイトに接するのも理解できる。むしろ、そうなって当たり前であり、フィアから何か口出しできる問題でもない。
それでも、フィアの腹の底は落ち着かず、そわそわとしてしまう。
(これってもしかして……嫉妬、なのかな)
ちら、とカイトの方を伺う。彼はウィンドウに指を走らせながら、エステルに言葉をかけている。そのエステルはすまし顔だが――フィアの方からだと、彼女の尻尾が上機嫌そうにゆらゆらと揺れているのが丸見えだ。
邪魔をしたい気持ちをぐっとこらえていると、ふと、ローラが呆れたような視線を送っていることに気づいた。彼女は、カイトの膝を陣取ったまま、わざとらしいため息をついている。
(――なんですか。わざとらしいため息をついて)
念を込めた視線を返してみると、ローラは半眼になりながら視線を返す。
(姉さまの意地っ張り。拗ねるくらいなら、兄さまに甘えればいいのに)
(そ、んな……ご迷惑を、おかけするわけには……!)
(でも、兄さま、姉さまに避けられていると思って、少し凹んでいたよ)
(え――)
その言葉に、軽く衝撃を受ける。
次第に込み上げてくるのは罪悪感。だけど、それに交じって、ほのかな嬉しさも込み上げてくる。カイトが、気にかけてくれたのだ。
だけど、そう思ってしまう自分が厚かましく感じ、唇を噛みしめる。
その様子に、ローラは目で苦笑いを浮かべた。
(相変わらず、謙虚と言うか……ネガティブなのかな)
(……悪かったですね……はぁ)
フィアは視線を逸らし、音が出ないようにため息を一つこぼす。そのせいで、ローラがわずかに悪戯っぽく笑みを浮かべたことに気づかなかった。
「――よし、じゃあこれで召喚を済ませよう。魔物たちの指揮は、エステルに一任しようと思う。フィア、ローラ、構わないか?」
不意にカイトから言葉を掛けられ、慌ててフィアは視線を戻して背筋を伸ばす。
「え、あ、はいっ、大丈夫ですっ」
「うん、私もエステルが適任だと思うよ」
「――恐れ、多いです。大役、承ります」
エステルはしずしずと頭を下げ、少しだけカイトから離れる。それが少し名残惜しそうで、へにゃりと彼女の耳が垂れていた。
カイトは満足げに一つ頷いたところで――こほん、とローラが咳払いをする。
「でね、兄さま、もう一つ提案があるのだけど」
「ん、なんだ? ローラ」
全員の注目がそちらに向く。わずかに嫌な予感を感じつつ、フィアはローラを見やる。だが、彼女は至って真面目な顔だ。
「兄さま、私たちも強化するべきだと思うの」
「強化?」
「うん、エステルはともかく、私たちはレベルがまだ一桁台――私は、言うなら三くらいかな」
「……僭越ながら、私も五くらいです。エステル、貴方は……?」
フィアはエステルに視線を向けると、彼女は狼の耳を少しだけ立てて心なしか誇らしげに告げる。
「二十五、ほどにございます――経験値が、ありますので」
エステルは、前のダンジョンで捕獲され、奴隷として戦い続けた。その分の経験値が蓄積されているのだろう。火傷を負った顔つきも、どこか自信ありげだ。
(確かに、徒手格闘も上手かったですね……)
エステルをローラが倒すことができたのは、泥で体力を奪われ、彼女自身投げやりになっていたからだろう。もし、一対一の戦いならローラに負けないはずだ。
だが、フィアとローラはレベルも低ければ、経験値も低い。
「――いざ、そのときに兄さまを守るのが、私たちの仕事。あ、もちろん、無茶はしないつもりだよ? 兄さま」
「ああ、分かっているさ。ローラ」
慌てて付け足したローラに、カイトは分かっているよとばかりに笑って頭を撫でる。ローラはえへへと緩んだ笑みを浮かべ――フィアの胸がまたずきりと痛む。
それを堪えながら、フィアはゆっくりと口を開いた。
「つまり――ローラは、私たちもトレーニングするべきだ、と」
「うん。そういうことだよ。姉さま。丁度、ここに二人、武術の心得のある人たちがいるから――」
きらり、とその真紅の目が悪戯っぽく輝いた。そのまま、ローラはカイトを見上げて、にっこりと微笑んで言う。
「兄さま、姉さまに稽古をつけてあげてくれない? 一対一で」
「え――?」
まさかの展開に目を見開く。カイトは片眉を吊り上げて訊ねる。
「それはいいが……ローラは?」
「ん、エステルから教わろうと思う。多分、私は翼竜だから、フットワークの軽いエステルが使う体術の方が、合っていると思うの――もちろん、エステルが差し支えなければ、だけどね」
「かしこまり、ました……では、ローラ様、謹んでお相手を」
「あはは、別に様付けじゃなくてもいいのに。よろしくね、エステル」
ローラはにこにこと笑みを浮かべ、弾みをつけてカイトの膝から立ち上がる。
「じゃあ、他に決めることがなければ、解散にして――早速、稽古したいかな」
「ローラ、やる気があるな……うん、それで構わない。エステル、ローラのことをびしびし鍛えてやってくれ」
「御意、です」
エステルが頭を垂れ、ローラははずんだ足取りで洞窟から出て行く。振り返って、フィアにウィンクすることを忘れずに。
(あの子は、全く……)
相変わらず、妙な気の回し方をする。おかげで、ぎこちなくても、カイトとお話ししなければならなくなった。嬉しいけど、複雑な気分だ。
「えっと、カイト様……」
おずおずと視線をカイトに向けると、彼は表情を緩めて笑ってくれる。
「僕たちも稽古するか。キキーモラを召喚してから行くから、少し外で待っていてくれるか?」
「は――はい」
久しぶりに目を見て話をした気がする。その彼の目つきはいつものように、優しい目つきだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます