第2話

「なるほどねぇ、お姉さまの様子があまりよくない、と」

「ああ、最近、目を見て話してくれないから、心配でな」

 食事を終わり、朝の作業も終えて昼下がり。

 卵の収穫から戻ったローラに、カイトは洞窟の中で草木でのバスケットの編み方を教えていた。ちなみに、エステルは畑を耕し、フィアは森の整地をしている。

 日本では稲の藁を使うことが多いが、この土地では何故か、ヤシの木らしい木が生えていたのでそれで代用している。小さな実もできており、大きくなるのが楽しみだ。

 そのヤシの木から採取した繊維で、ローラは手際よくバスケットを編みながらため息をこぼす。

「重症だね」

「重症なのか」

「病気じゃないけど、重症だよ……フィアルマ姉さまってそういうところがあるから。なんというか、自分で空回りするところが」

「そんなところがあるんだな」

「あるんですよねぇ、それが姉さまの可愛らしいところなんだけど」

 しみじみ言いながら、ローラの手の中ではバスケットが少しずつ出来上がっていく。

「ローラは呑み込みが早いな」

「えへへ、ありがと。兄さま」

 頭を撫でると、居心地が良さそうに目を細め――ふと、その視線がカイトの手元に向く。

「兄さま、それは? 新しい罠?」

「それも作っているし、あとは自分用の武器だな」

 罠を作るのは、竹がもってこいだ。独特のしなりが、いいバネになってさまざまな罠の助けになってくれる。それを、こつこつとダンジョンに配置している。

 だが、今回、作っているのは、カイトの使いやすい武器だ。

 紐を括りつけた竹筒の中に、石や粘土の重石を詰める。それで、簡単なブラックジャックの出来上がりだ。振り回して紐の強度を確かめる。

「うん、これなら問題ない」

「はえぇ、兄さまって戦えるの?」

「それなりにな」

 柔術、徒手格闘はブラジルで、狩猟の技術はオーストラリアで教わった。

 そこで教わった知識を生かして、次々に武器をこしらえていく。

 植物の繊維で三本の縄を編み上げる。その一端に石を結び付けていき、もう一端で三本のロープを結び合わせる――これで、原始の投石器、ボーラの完成だ。

(パンツの投石器に頼ってもいられないからな――)

 竹を手に取り、それを炭の熱で曲げていると、ローラは目をぱちくりさせる。

「本当にいろいろ思いつくね……兄さま」

「まあ、むしろ思いつかないとやっていけないけどね。今まではラッキーが続いているだけだし、いつ、総力戦が必要になる事態になるかは分からない」

「んん、確かにそれは賛成――このダンジョンは、脆すぎる」

 ローラは珍しくはっきりとした口調で断言しながら、バスケットに集中する。

「まだ一階層のみで、泥の通路は効果的と言っても、冒険者たちはやっぱり強いから。慢心している敵にしか通用しない。もちろん、ブービートラップもね」

「――やっぱり、フィアやローラたちにも頼らないといけなくなってくるな」

「ん、できればメンバーも増強していきたいね。ジャングルか、湿地帯に適した魔物を召喚して――という感じが、正攻法かな」

「ふむ」

 一つ頷きながら、竹を曲げ終える。水で冷やして形状を記憶させると、その両端を引っかけるように縄を結び付ける――これで、竹弓の完成だ。

 それの強度を確かめつつ、カイトは小さく吐息をついて呟く。

「正直なこと、言ってもいいかな。ローラ」

「なにかな。兄さま」

「正直、フィアやローラ、エステルとのんびり暮らせれば、僕は十分満足なんだけど」

「あははっ、嬉しい。姉さまにも言ってあげれば喜んでくれるよ」

「言ってあげたいけど、微妙に避けられているからな……」

「ん……仕方ないなあ」

 ローラは少しだけ笑みを浮かべると、よいしょ、と腰を上げた。

「じゃあ、私が何とかしてあげましょう! 妹として、姉のことは捨て置けないけどね」

「――いいけど。また変なことやるんじゃないぞ」

 さっきの笑顔は、間違いなくいつもの悪戯っぽい笑みだった。

 何かやらかしてくれそうな予感がして思わず言うと、彼女はむすっと頬を膨らませる。

「ひどいなあ、兄さまは。二人が本当に嫌がることは絶対にしないよ」

「ああ、それは信頼しているよ。ローラ。ただ、いつもびっくりさせられる」

「だってびっくりしてくれないと面白くないじゃない? お互い」

 愛らしく首を傾げるローラの目はきらきらと輝いている。その目を見つめ返して、内心で嘆息をつき――ひっそりと決意する。

(なら、いつか僕もローラをびっくりさせてやろう)

 いつの日になるかは、分からないけど。

「……で、何をするつもりなんだ?」

 カイトは仕切り直して訊ねると、ローラはにっこりと笑って告げた。

「作戦会議だよ、兄さま」

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