第4話

「んじゃ、始めるか。フィア」

「は、はい……ですけど、一ついいですか?」

 洞窟の外――ダンジョンの通路にほど近い、拓けた場所。

 そこは泥濘と普通の土の中間くらいで、ほどよく弾力に富んでいる。踏み込みやすく、怪我しにくい場所だ。そこで、カイトは軽く構えを取ると、フィアは半眼で訊ねてくる。

「なんで、またカイト様、私たちに服を与えたのですか」

「え、そりゃ動きやすい服の方がいいだろう?」

 そういうフィアの服装は――はっきり言うなら、ブルマだ。

 白い綿のシャツに、ぴっちりとした紺色のブルマ。そこから程よく肉付きのいい太ももがすらりと伸びている。

 キキーモラを召喚したポイントの残りを全部つぎ込み、作った体操服だ。

 ローラとエステルに渡したところ、彼女たちも少なからず喜んでくれた。

 だけど、フィアは少しその浪費を気にしているようだ。恥ずかしそうに、内ももをすり合わせながらも、抗議するように言う。

「また、ポイントの無駄遣いを……!」

「なんとでも。だけど、フィアたちへ買い与えるものに無駄なものは何一つないと思っているから――その、似合っている。フィア」

「う……ずるいです。カイト様」

 わずかに頬を染め、視線を逸らして呟くフィア。だが、すぐにきっと唇を引き結ぶと、すっとその双眸を細める。

「とにかく――何はともあれ、稽古をお願いします」

「ああ、その服で良かった、と思えるくらいにしごいてあげるよ。多分、泥だらけになるから」

「――言いますね。これでも、火竜ですよ。私は」

 フィアはそう言いながら低く腰を落とす。そのまま、覇気を漲らせて告げる。

「行きます――!」

 瞬間、彼女が地を蹴り飛ばす。それだけで、土が激しく蹴り散らされる。

 その勢いのまま、凄まじい勢いでカイトに肉迫。そのまま、肩めがけて拳を振り抜かれる。

 その動きをカイトは、しっかりと見切って笑いかける。

「甘いぞ。フィア」

 言葉と共に、カイトは半身を引きながら、振り抜かれた拳を避ける。同時に、その腕を絡め取っていた。わずかに浮いたフィアの身体の下に、腰を滑り込ませる。

 そのまま、彼女の拳の勢いを利用し――放り投げた。

 変則的な、一本背負い。

 振り返ると、地面に落下――なんとか、受け身を取りながら立つフィアの姿があった。その目は見開かれ、信じられないとばかりに揺れている。

「い、まのは……」

「どんなに早くても、どこに来るか読めていれば――受けることも可能だ」

 そう言いながら、カイトはふっと短く息をついて微笑んだ。

 もちろん、音速などで掛かってこられれば見切れないかもしれない。だが、彼女は今、人間の姿をしている。道理も、人間に順守だ。

 ならば、多少の身体能力の違いなど――誤差でしかない。

「技術で、補うことができる――そういうものなのだよ」

「くっ、そんなまさか……」

「信じられないのなら、いくらでもどうぞ。ただし、手は抜くなよ?」

 カイトはそう言いながら両拳を持ち上げて構えを取る。

 身体を軽く半身にし、やや猫背。その両手は、フィアに手の甲を向けるようにわずかに回転する――イタリアの地下格闘場で教わった拳闘の構えだ。

 爪先で軽くフットワークを刻みながら、不敵な笑みを浮かべる。

「こちとら、徒手格闘に柔術、カポエイラはヘジォナウ流を少し教えてもらった身――容易く一本取れるとは思うなよ」

 その宣言に気迫を感じたのだろう。フィアはごくりと喉を動かす。

 そのまま、静かに身を低くし――ぐっと足先に力を込める。

 それを見つめながら、カイトは口角を吊り上げた。

「さぁ――その実力、見せてみろ」

 その言葉と共に、地面を蹴り飛ばしてフィアはカイトに飛び掛かっていった。


 まるで、その踏み込みは火薬の炸裂のようだった。

 爆裂の勢いと共に、火竜の力を惜しみなく全身に込める。踏み込みと同時に地が割れ、空さえも揺るがす。直撃すれば、岩をも粉砕されるはずの拳――。

 だが、それをカイトはひらりと躱してみせる。

(いうなれば、ただのテレフォンパンチ――)

 振りかぶって撃つ一撃――来ると分かっている拳なのだ。

 ならば、その軌道から身を外せばいい。そうやってカイトは避けながら、その腕に手を触れ、足を鋭く一閃させた。

 足払いからの投げ飛ばし――フィアは無様に地面を転がり、だがすぐに跳ね起きる。その体操着はすでに泥にまみれて真っ黒だ。

 悔しそうにフィアは吐息をつき、カイトに向き直って構えを取る。

「――不思議ですね。どれだけ早くても、踏ん張っても投げ飛ばされる」

「単純だよ。力の支点をずらし、重心を崩す。そうすれば、投げ飛ばすのは容易い。相手の動きと重心を見極めれば、受け流すのも容易い」

 ただ、それでも彼女の拳は重たい。触れた部分がしびれているようだ。

(力の動かし方を覚えれば、かなり強くなれるはずだ……)

 それを確信しながら、カイトは吐息をついて拳を下ろした。

「ひとまず休憩だ。フィアの動き方も分かってきた。それに基づいて、いろいろと教えていく――大丈夫だ。すぐに強くなれるよ」

「そう、でしょうか……少し、自信を無くしてきたのですが」

 ため息をこぼしながら、フィアはちょこちょこと歩み寄ってくる。カイトは切り株に腰を下ろすと、ふと足元に気配を感じた。

 視線を下げると、足元で愛らしい小人が近寄っていた。

「おっと――キキーモラ」

 五十センチほどの身長。新しく加わった、ダンジョンの仲間だ。

 その小人は、両手で抱きかかえるようにして、竹筒の水筒を持ってきてくれた。

「ああ、ありがとう。えっと……名前は、キキでいいかな」

 安直かな、と思ったが、小人はにっこりと笑って頷いてくれる。キキが渡してくれた水筒を受け取り、水分を補給しながら、指を伸ばしてその頭を撫でた。

「フィアも、水を補給しておいてくれ――フィア?」

 声を掛けかけ、彼女が何故か膨れっ面をしていることに気づく。彼女は慌てて笑顔を浮かべ、視線を逸らしながら近寄ってくる。

「――何か、気に障ったか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

「そうか……ほれ、水」

「はい、ありがとうございます」

 フィアは水を受け取ると、カイトの傍で水を飲む。キキはぺこりと頭を下げ、いそいそと足早に駆け去っていく。とても、仕事熱心のようだ。

(――もう、馴染んでくれたかな)

 ウィンドウを開いて確認してみる。召喚したキキーモラたち六体は、すでに馴染んでいるようだ。畑を耕し直し、通路の泥濘を整えたりと、役割分担して作業を進めている。

 物覚えもいいのか、炉の前で燻製を作っているキキーモラもいる。

「――随分と、優秀ですね」

「ああ、働き者で助かっている。戦闘能力が低いのが残念だが」

「さすがに、そこまでは上手く行きませんよ……前線で、彼らは役に立ちませんね」

「だけど、使いようはあるさ。石山本願寺然り」

「……それは、一体?」

「女子供も兵士として一丸となって戦った部隊がいるんだよ」

 石山本願寺の一向一揆。織田信長が手を焼いた一揆だ。

 陣を築き、弓矢や鉄砲を駆使することで、女子供の頭数を生かした戦術で、散々、信長たちを苦しめた。運動戦にならなければ、女子供も十分な兵力になると証明したのだ。

「だから、場さえ整えれば、彼らも実力を発揮できるはず――と、信じている」

「まあ、何とかなりますよね。きっと」

「ああ、何とかしてみせるさ」

 カイトとフィアは頷き合い、笑みを交わした。フィアは視線を少し逸らしていたけど、それでも笑顔を見せてくれる――それに、ほっとした。

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