第2話
「うう……ごめんなさい、カイト様。私とローラがお魚をいただいて」
「いや、気にしなくていいよ」
洞窟内の囲炉裏を囲んで取る食事。カイトの前で、フィアとローラは塩焼きにした川魚を食べている。二人は申し訳なさそうだったが、しっかりと魚を食べている。
カイトは苦笑い交じりに、芋煮を口にして考える。
(――さすがに、川魚もかからなくなってきたか)
季節か、もしくは、乱獲し過ぎたのか。
いずれにせよ、少し漁は控えた方がよさそうだ。
「今後、魚は控えて、野菜メインだな……幸い、畑の準備が整ってきたし」
「畑って、洞窟の傍に作った広いところ?」
「ああ、そこに少しずつ、芋を移していたんだ」
採集していた芋は、地下茎で繁殖するタイプだった。だからこそ、初期の頃に耕した一角で、芋を少しずつ移していた。
それらは今、しっかりと根を張って繁殖している。
適宜、肥料をやれば、もっと増えてきてくれるはずだ。
「他にも、洞窟の壁にはツルナ。他にも、食べられる実のなる木を見つけて整備してある。しばらくは食料には困らないはずだな」
専ら、ローラが来てからの一週間は、それに費やしていたのだ。
ぽん、とカイトは腰に手を当てる。そこには、ポイントで作った鉄の鉈がある。切れ味の補正を掛けて、少し高めの出費だった。
だが、非常に取り回しやすく、使いやすい道具だ。
「そうなると――今日から、本格的にダンジョンの整備、ですかね?」
フィアが首を傾げながら訊ねる。すでに、ぺろりと魚を平らげている。
「そうなるかな。あと、人が増えたから、探索に行きたい場所があるし」
「どこですか?」
「ん、この上」
カイトが頭上を指差すと、フィアとローラは釣られて上を見る。
「あ、そういえば、ここが洞窟ということは――」
「この上は、岩山になっているはず……だね」
「そっち側は確かめていなかったし、見た感じ、岩壁だからそっちからダンジョンに侵入されることはないと思うけど」
ただ、とカイトは少しだけ推測を深める。
(小川の水は、岩山の方から来ていた――しかも、かなりの水量だ)
ということは、この上に水源があるのでは、と考えていたのだ。
視線を上げると、ローラはにこにこと笑みを浮かべ、身を乗り出した。その目は、わくわくと輝いている。
「そういうことなら――! 私の出番だよ!」
「ん――っ!」
ローラは外に出ると、気持ちよさそうに伸びをしてから、その背を丸めた。
ぐっと肩甲骨を突き出すような姿勢――次の瞬間、びり、と何かが裂けるような音が響き渡り、ばさり、と背から何かが突き出した。
それは、真紅の羽。大きなそれを一打ちするだけで、周りに風が巻き起こる。
その翼をはためかせながら、ローラは照れくさそうに振り返る。
「どうかな。カイト兄さま」
「――すごいな。ローラ。そんな力が……」
「姉さまは、どちらかというとお父さま――陸竜の流れを汲んでいるの。だけど、私はお母さまの翼竜寄りだから、こういうことができるの」
なるほど、と一つ頷き、二人の姉妹を見比べる。
(雰囲気が似通っているが――なるほど、そういう違いが……)
考えてみると、フィアは腕を竜にしたり、火を噴けたり、と一面があったか、多分、それは陸竜としての力なのだろう。
そう思いながら、フィアに視線をやると――。
「ええ……ええ、知っています。だから、私は……こんなにぺたんこ……」
妹の言葉に、何故かフィアは凹んでいた。
自分の胸をぺたぺた触り、はぁ、とため息をついている。
「だ、大丈夫か? フィア」
「はい、大丈夫です……どうせ、私はできない子……ふふ、ふふふ……」
なんだか、変なスイッチが入ってしまった。
(元々、ネガティブが入るときがあったけど、振り切るとこんな感じになるんだな)
あちゃあ、とローラが呆れたような顔をする。カイトは苦笑い交じりにフィアの頭を撫でた。そっとしなやかな金髪を撫でながら言う。
「フィアはできる子だよ。安心して」
「いいんですよ、カイト様……どうせ、私ははずれボス……」
「はずれなものか。僕にとっては、大当たりだったんだから」
「本当、ですか……?」
「本当、本当」
「嘘ついたら嫌ですよ……?」
「嘘つかないから、大丈夫だよ」
根気よくしっかりと接する。面倒くさいとか、絶対に思わない。
元々、こういう性格なのは接しているうちに、分かっていたことだ。
よしよし、とカイトが慰めていると、だんだんフィアの顔色がよくなってきた。次第に、えへへ、と笑いながらカイトの胸に甘えてくるようになる。
それをしばらく撫でてから、フィアの目を覗き込む。
「フィアができない子じゃないって分かってくれたか?」
「はい、少しだけ自信がつきました」
「なら、お留守番できるな?」
「もちろんですっ、何かあれば任せて下さい!」
「よし、さすがフィアだ。任せた」
「了解ですっ!」
少し離れて一礼するフィアの笑顔は明るい。よし、と頷いてカイトはローラの方に歩み寄る。彼女は羽の毛づくろいをしていたが、すぐに気づいて顔を上げる。
「じゃあ、ローラ、お願いしていいか?」
「うん、いいよ……だけど、すごいね。お兄さま」
目を輝かせ、悪戯っぽくカイトの顔を覗き込んでくる。カイトは笑いながら首を傾げる。
「ん? 何が?」
「え、だって、ああやって丸め込んで留守番を任せるつもりだったんでしょ?」
「しっ。置いていかれたと気づく前に、行くぞ」
「はーい、じゃあ、おいで、カイト兄さま」
手招きされ、カイトは歩み寄る――と、ローラはとん、と軽く地を蹴り、カイトの身体に飛びついてきた。咄嗟に受け止め――。
気が付くと、顔が柔らかい何かに包み込まれていた。
(息が、苦しい……)
「あ、あんまり動かないでね。よいしょ、と」
ローラがカイトの顔にしがみついた姿勢のまま、両足を彼の胴体に巻き付ける。
丁度、彼の腋に、足を潜らせるようにしてしっかりとホールドすると――少しだけ、身を離してカイトの顔を見下ろしてくる。
カイトは、ローラの顔を見上げながら――ふと、気づく。
(つまり、今包まれていたのは、ローラの胸で……)
「ごめんね、お兄さま、少し苦しいかもしれないけど、我慢してね」
「――まさか、この体勢で飛ぶのか?」
「ん、そうだよ。カイト兄さまを、抱っこするのは無理だから。お兄さまに抱きついてもらって飛ぶ感じ――用意は、おっけぃ?」
「……心の準備は、まだ」
カイトのその言葉に、ローラはにっこりと笑い――悪戯っぽく目を輝かせた。
「待っていられないから飛ぶね! しっかり捕まっていて!」
「ま、マジか、ちょ、ま――」
慌ててカイトはローラの腰に手を回す。それを合図に、ローラの背で翼が大きくはためいた。気が付くと、足に地面の感触がなくなり――。
カイトとローラは、宙へと羽ばたいて浮かんでいた。
ばさばさ、と大きく何度も羽ばたいて上昇する、ローラとカイト。
それを見つめて、フィアはぼんやりと思う。
(羨ましいなあ、ローラ。あんなに密着できて)
あの体勢で、カイトを抱っこできれば、多分、カイトの髪の匂いを嗅ぎ放題だろう。ローラの顔を見る限り、少し大変なのか、必死な顔をしているけど。
だが、レベルが低いとはいえ、ローラも火竜の一柱。しっかりと彼を抱えたまま、空中散歩することは余裕で可能なはずだ。
それを見送り、よし、とフィアは気合を入れる。
「さて、カイト様にお留守番を頼まれたし、頑張らないと――」
最近、粘土を使ったレンガの作り方を教わった。暇があれば、木枠を使って日干しレンガを作っているのだ。これがあれば、いろいろ役に立つらしい。
カイトが何か作業をしている間、手が空いていれば、フィアはそれをやっていた。
「たくさん作って、カイト様が戻ってきたときに、びっくりしてもらおうっ、ふふっ」
上機嫌にそう口ずさみながら、自分の頭に手をやる。
そこには、まだカイトに撫でてもらった感触が残っている。
その優しい感触に胸を高鳴らせながら、鼻歌交じりに洞窟に戻っていく――。
その彼女が、置いてきぼりにされた、と気づくのはしばらく経ってからだった。
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