第二章 姉妹と一緒に開拓
第1話
ダンジョンのメンバーに、ローラが加わって一週間が経った。
その早朝――目を覚ますのが早いのは、ローラである。
姉そっくりに、四つ足を踏ん張るようにして、ぐっと背伸び。眠気を振り払うと、身体を起こして部屋の中を見渡す。
まだ薄暗い洞窟。そこには、三つのベッドが並んでいた。
カイトが作った、しっかりとしたベッド。木枠の中に、藁が敷き詰められてふかふかした居心地のいいベッドだ。
真ん中にはフィア、一番隅にはカイトが寝ている。二人とも穏やかな寝息を立てているのを聞き、よし、とローラは一つ頷いた。
(今日は、一番朝早くに起きられた……)
時折、カイトの方が早いときがあるのだが……今日は、勝てたらしい。
そのまま、ローラは手早く髪を二つに結いながら、ゆっくりとベッドから降りて、忍び足でカイトのベッドへ歩み寄る。
そして、そっと彼を起こさないように横に滑り込んだ。
んっ、と彼はわずかに身動きするが、それだけだ。ローラは笑みをこぼしながら、その彼にすり寄るようにする。
(カイト兄さまの身体――なんだか、落ち着くなあ)
なんでだか分からないけど、すごく落ち着く。多分、しっかりしている身体だからだと思う。細身だけど、筋肉がついていて、びくともしない身体。
その傍にいると、安心できて――少しだけ、微睡んでしまう。
そして――こうしていると。
「ん……あ、またローラ……カイト様の傍で……全くもう」
来た、とローラは目をつむりながら、その声を聞く。
朝早くにカイトのベッドに潜り込んでいると、こうやってフィアが傍に来てくれる。そうやってしばらくしていると――。
「ん……ローラが、寝ているなら……いい、よね? えいっ……」
そっと、ベッドが軋む音が響き渡る――ローラとは反対側の場所に、フィアが入り込んだのだ。言い訳がましいことを口にして。
(――お姉さま、お兄さまのことが大好きだものね)
一週間、ずっといて分かったことだ。
ひっきりなしにフィアはカイトにくっついて回り、無邪気に笑いかけている。その笑顔は、妹のローラでも見たことのないくらい、嬉しそうで。
それを見ると、少しだけ寂しい気がするけど、分かる気もした。
(だって、カイト兄さま、頼り甲斐がある人だから)
いろんなお話をしてくれて、気が利いて、おまけに美味しい料理を作ってくれて。
それに――なんとなくだけど、かっこいいように思える。
一々、彼の笑顔にローラも少し見とれてしまうのだ。
だから、大好きなお姉さまとお兄さまの仲立ちをしたい――。
そんな一心と、ちょっぴり二人に甘えたい気持ちで、毎朝、ローラはカイトのベッドに潜り込んでいるのだ。
そうすると、さすがに気づいたのか――カイトが、身動きをする。
「う、ん……っと……またか……」
「ん……あ、カイト様、おはようございます」
カイトとフィアの二人の声。狸寝入りをしながら、ローラは耳をそばだてる。
「ごめんなさい、ローラを起こそうと思ったら――気持ちよさそうで、つい」
(お姉さま、言い訳になっていないよ……もっとマシな理由考えようよ)
ローラは内心で突っ込む。カイトもそれに気づいているはずだが、少しおかしそうに笑うだけで、別に突っ込んだりしない。
「いいよ、別に。僕が少し我慢すればいいだけだから」
「……窮屈でしたか?」
「いや、男の子的な事情。それよりも――ローラ、ローラ」
そっと優しく肩が揺さぶられる。それで初めて目を覚ましたような素振りで、ローラは目を開き――ふにゃりと笑う。
「あ――カイト兄さま」
「うん、おはよう。よく眠れた?」
「はい……ごめんなさい、また間違えちゃった」
「いいや、気にしていないさ」
カイトの大きな手が、優しく包み込むように撫でてくれる。丁寧にゆっくり撫でてくれるのが、とても大好きだ。ローラは笑み崩れながら、ベッドの上で身体を起こした。
それにカイトは目を細めながら、微笑んで訊ねる。
「目が覚めたか?」
「ん、ばっちり!」
「よし、じゃあ、今日も仕事を始めようか」
カイトがそう声を掛けると、先にベッドから抜け出していたフィアは微笑んで頷く。
「では、いつも通りに――ローラ、やりますよ」
「うえぇ……今日もやらないといけないの?」
「はい、当たり前です」
にっこりと、フィアは飛び切りの笑顔で告げる。
「トイレの管理を、しないといけませんからね」
ローラがびっくりしたのは、毎朝、姉がトイレの管理をしていることだ。
何のことか最初は分からなかった。教えてもらった後も、正直、よく分かっていない。だけど、姉の手伝いをして、ローラはその『トイレの管理』をしていた。
「うう、臭いよ、姉さま……」
「それは最初だけです。慣れてきます」
そういうフィアはどこか達観したような顔で、腐葉土をばさばさと入れていた。その傍らで、ローラは木の棒を突っ込み、トイレの中身をかき混ぜる。
――中身は極力見ない。だが、凄まじい香りが、込み上げてくる。
「フィアルマ姉さま、私が来る前も、これをやっていたの?」
「もちろん、そうですが?」
「何のために?」
「さぁ……カイト様曰く、肥料らしいですけど」
フィアは首を傾げながら言う。姉も、理解していないらしい。
だが、彼女は気にしていない様子で言葉を続けた。
「カイト様が必要とされるのでしたら、それを大人しくやるのみです」
「はえぇ、お姉さま、お兄さまを信頼しているんだね」
「それはそうです。あの人の言うことは、絶対です」
どこか熱のこもった口調で言うフィア――その目が少しだけ怖い。
(――少し見ないうちに、お姉さま、性格が変わったな……)
前までは少し引っ込み思案だったのに、今はカイトのことになると、積極的になる。それにちょっと驚く一面もあった。
「さて、こんなところでいいでしょう――次は、罠の確認ですね」
「お魚、掛かっているといいね」
道具を片付けながら、ローラは頷く。
トイレの管理の次は、川で魚が掛かっているか確認をする。大抵、二匹くらい大きなお魚が掛かっているのだ。
それを、カイトが料理する――信じられないくらい、美味しく。
「今日はたくさん掛かっているといいのですが……最近、減ってきているんですよね」
フィアとローラは並んで森の中を歩いていく。そのフィアの横顔は不満げだ。
(そういえば、お姉さま、よくごはん食べるから……)
ローラもよく食べる方だと思うが、姉の方がしっかりと食べるのだ。
それを思い起こし、ローラは少しだけ苦笑いを浮かべた。
(お兄さまも、苦労しているんだろうな……)
願わくば、今日は大漁にかかっていますように――。
だが、今日のお魚は、一匹しか獲れていなかった。
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