第9話

「……マナウは、寝たかな」

「ん、そうだね」

 すっかり陽が暮れた夜――。

 水辺と床の境目。そこに腰かけ、マナウの膝枕をしていたローラは目を細めながら、そっと足を水から引き上げる。

 マナウはぷかぷかと水に浮かびながら、穏やかな寝息を立てている。

 それに目を細めながら、ローラは小さく苦笑いを浮かべた。

「まさか、この歳で子育てすると思わなかったよ。兄さま」

「ん、フィアもローラもまだ幼竜だからな……でも、いい予行練習になるんじゃないか?」

 傍に寄ってきたローラの頭を撫でると、彼女はわずかに頬を染める。耳まで赤くしながら、ちら、とカイトの顔を見つめる。

「……兄さまとの、子供ができたときに?」

「そゆこと」

 その言葉にローラは嬉しそうに表情を緩ませる。さすがに照れくさくなり、咳払いをしながら視線を逸らす。

「……多分、フィアが先になるけど。それは、申し訳ない」

「あはは……うん、それは仕方ないよ。付き合ったのも、姉さまが先だからね」

 ローラは自然にカイトの傍に寄りそう。カイトはその手を取り、部屋を移動する。大きな居間の隣には、小さな寝室が用意されている。

 カイトとローラ、夫婦のための寝室だ。

「全く、ソフィーティアはこういうところも抜かりない、というか」

 ローラの手を引いてベッドに上がり、カイトはベッドに寝転ぶ。その横にローラは彼の腕を枕にして、澄んだ紅い瞳で優しく見つめてくる。

「でも、いつかマナウと親子三人で寝たいね」

「どうかな、いろいろ方法を考えないと」

 さすがに、カイトとローラは水の中で寝るわけにはいかない。体熱が奪われ、さすがに風邪をひきかねない。とはいえ、何とかできそうな気もするが。

 ローラの頭を撫でながら少し考えていると、ふと、ローラの視線がカイトの目をじっと見つめていることに気づいた。視線を返すと、彼女は遠慮がちに微笑む。

「兄さま、大丈夫?」

「ん、何が?」

「……その……昔のこと、思い出さないかな、って」

「――ああ」

 その言葉が意味するところを捉えるのに、三秒ほど有した。カイトは苦笑いを浮かべながら、そっと頭を撫でる。ローラのしなやかな髪を指に絡めながらつぶやく。

「思い出すも何も――いつだって覚えているさ。昔の家族のことは」

 その言葉に、ローラは少しだけ肩を強張らせる。それを安心づけるように、カイトは真っ直ぐに瞳を見つめながら微笑みかける。

「けど――もう、大丈夫だ。だんだん、割り切れてきた」

「そう、なの……?」

「ああ、フィアやローラと暮らすうちに、なんだか整理がついてきた」

 不思議な心地だった。地球にいた頃は、あんなに誰かと絆を結ぶことを恐れていたのに。今はフィアやローラを信じて、受け入れることができる。

「昔のことがあったのは事実。だけど……それを乗り越えて糧にして、前に進んでいる気がする。だから、最近は夢を見ても、うなされないな」

「……そういえば、最近、悪夢で起きることないね」

「まぁ、それは二人に搾り取られて疲弊している、というのはあるのだけど」

 そう言うと、さっとローラは視線を逸らして頬を赤らめる。唇を少しだけ尖らせ、抗議するように上目遣いで告げる。

「だって、兄さまが激しいから……応えたくなっちゃう」

「ふふっ、ありがとう。ローラ。おかげで、快眠だよ」

 そのおかげで夢も見ずに快眠できている。ただ、それでも時折、夢を見ることはある。だけど、幾分か昔よりも、落ち着いた心地だった。

 今は、フィアとローラがいてくれるから。

「ずっと、傍にいてくれるんだよな。ローラ」

 頬に手を添えて、ローラの瞳を見つめる。紅い瞳が微かに揺れ、そっと細められる。口元を緩め、こくんと頷いて胸板に頬を擦りつけた。

「うん、ずっと一緒。もちろん、姉さまや、マナウも一緒だよ」

「ああ、そうやって家族が増えていく――いいことだ」

 ローラの背に手を回し、抱きしめる。柔らかい感触と共に、ふにゅりと胸が二人の身体の間でマシュマロのように潰れる。その感触もまた、心地いい。

 その柔らかさを堪能しながら、カイトは目を細めて小さく言う。

「家族って、いいな。愛する人がいるって、嬉しいことだ」

「……ん……」

「子供の頃に感じていた、家族とはまた違って、嬉しい」

「……うん、そうだね」

 そう答えながら見つめてくれる、ローラの目つきは限りなく優しかった。思わずどきっとしてしまうくらい、大人びた表情でカイトの頬に手を添える。

 そのまま、見つめ合うと、胸の中で徐々に熱いものが込み上げてくる。

 二人はその気持ちに任せ、そっと唇を重ね合わせる。

 何度かのキスを重ね、ほぅ、とローラは甘い吐息をつくと、視線を蕩けさせながら、緩んだ微笑みをローラは浮かべて囁く。

「ね、兄さま」

「ん、何かな」

「好き。大好き。仲間として、家族として……こ、恋人として」

 最後だけ照れくさそうに言うと、頬を染めながら顔を近づける。そのまま、控えめに、だけど、優しくキスをしてくれる。

 そのまま、間近な距離で表情を緩ませ、柔らかく微笑んでくれる。

「ずっと、一緒にいるからね。生まれるときは違っても、絶対に死ぬときは一緒」

「……ん、ありがと。ローラ」

 胸が、じんわりと温かくなってくるようだった。

 感謝の気持ちを込め、そっとローラの身体を抱きしめる。そのまま、額に口づけをする。くすぐったそうに首を竦めたローラに、そっと口づけを繰り返す。

 目尻に、頬に、唇に、首筋に――。

 優しく舐めるように首筋にキスをすると、彼女はぞくぞくしたように身震いし、白い喉を反らして小さく息をこぼした。

 カイトを見つめる目が徐々に熱を帯び、潤んでくる。

「にい、さま……」

 ねだるような声に、カイトは目を細めながら小さく囁く。

「いつも、ありがとう。ローラ。僕の過去の話は、またいずれ話す。必ず」

「ん……楽しみに、待っている」

 そう言いながら、ローラは熱い吐息をこぼした。もう瞳は期待に潤んでいる。その目で見つめられると――カイトも、ローラが欲しくなってしまう。

 その熱い身体が、欲しい。喉が渇く感覚と共に、彼は訊ねる。

「どうする? 今日は優しくしとくか?」

「どちらでも嬉しい……あ、でも、マナウを起こさないようにしないと」

「……じゃあ、激しくするか」

「もうっ、兄さまの意地悪っ……あっ」

 カイトの手が敏感なところに触れると、彼女はたまらず甘い声をこぼし、慌てて口を塞ぐ。その仕草を見ていると思わず虐めたくなるような、黒い心が持ち上がってくる。

 ローラは微かに頬を膨らませ――だけど、心からの悦楽を瞳に滲ませる。

「……だめ、だよ、兄さま」

(いいよ、もっと虐めて)

 声では拒み、瞳で受け入れる。カイトは口角を吊り上げ、ただ瞳を見つめ返すと、ローラのしなやかな身体に覆いかぶさった。


 余談だが、結局、音が漏れていたらしく、マナウから「昨日の夜、二人で何やっていたの?」ときらきらした瞳で見つめられ、ローラは顔を真っ赤にし、カイトは言葉を窮してしまい、ソフィーティアに寝室の防音強化をお願いすることになったのだった。

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