第4話

 村は三日三晩、夜通しで慌ただしく動き回っていた。

 村人たちの懸命な働きのおかげで、ヒカリが設計した兵器は順調に制作されている。その一方で、南西の方向からは異変が伝わってきた。

 逃げ惑うように鳥が南西から飛んで来て、獣たちもまた、逃げ惑っていた。

 その中で、避難してきた数人の魔物から、その敵の接近が伝えられた。


「あと一日。いけるか、シエラ」

「最善は、尽くす」

 村の外れは、シエラの実験場と化していた。常に硝煙の香りが漂い、的になる岩壁は何度も弾丸がぶちあたり、ぼろぼろになっている。

 岩が散乱する、射撃場。そこで、シエラは手元の銃を調整していた。

 量産型のシエラ銃改とは異なり、それは銃身が大きく長い。口径も大きく作られた、特製のシエラ銃だ。歪な形をしているのは、急ごしえだからか。

 シエラは無表情で調整を終えると、素早く構えを取る。膝をつき、二脚で銃口を岩壁に向けて定め、ぐっと唇を引き結ぶ。

 その小さな掌が、銃の横にある穴から紙製薬莢を入れてボルトを操作。わずかに軋むような音を立てて銃弾が中へと呑みこまれる。

 それを確認すると、シエラはちらり、と視線を上げた。

「――下が、って。危ない、から」

「……ああ」

 カイトは後ろに下がり、耳を塞ぐ。シエラはそれを確認してから、深呼吸。目を見開くと、引き金を絞った。撃鉄が落ち、火打石が火花を散らす。

 瞬間、轟音が迸り、黒い煙が銃口から上がった。不自然なほど、大きな音。

 それもそのはず、シエラの手の中で銃が破裂していた。舌打ちしながらシエラは飛びずさり、自分の額を押さえる。

「く、そ……また、失敗……っ!」

「シエラ、大丈夫か?」

「大した、ことはない……」

 シエラはふるふると首を振る。だが、目深の被ったフードの隙間からは、火傷や切り傷が見える――それは、一つや二つではない。

 カイトは視線を横に向け、地面に転がる残骸を見る。

 銃の残骸は、無数にある。シエラの実験の中で、失敗作の銃たちだ。今日だけで十以上の銃が失敗している。

「……遠距離狙撃銃。無理を、言っているかな」

「そんな、ことはない、理論上は、可能、だから」

 シエラは吐息をこぼしながら首を振る。そして、傍に置いた木箱から次の銃を取り出した。造形が微妙に違う銃を取り上げ、懐から紙製薬莢を取り出す。

 その指先がおぼつかないのを見て、カイトはその肩に手を伸ばす。

「シエラ、少し休憩にしよう。さすがに、見ていられない」

「うる、さい……っ!」

 シエラは鬱陶しそうに手を振り払う。だが、予期していたカイトはにやりと笑う。

 振り払う勢いを利用し、シエラの腕を絡めるようにして上に跳ね上げる。宙に放り投げられたライフルをカイトは手を伸ばして掴みながら告げる。

「体術で勝とうなんて、三年早いぞ。シエラ」

「む……なんで、カイト、邪魔するの……」

 睨んでくるシエラを見つめ返し、カイトは苦笑いを浮かべる。

「理由は二つ。一つ目は、ヒカリに頼まれているから」

 ヒカリは今、兵器の製作の総監督をしている。全体の進捗を見て、エルフたちに指示を出すので忙しい。シエラに目が行き届かないのを、歯がゆそうにしていた。

「もう一つは、僕個人的に、シエラが心配だから」

 そう言いながら手を伸ばし、彼女の腕を掴む。それを引っ張ると、彼女は抵抗するが、それは弱々しかった。腕を引かれるまま、彼女は切り株にぺたんと座り込む。

 はらり、とフードがめくれ、彼女の疲れ切った顔つきが露わになる。

 少しだけシエラは睨んできたが、疲れているのを自覚しているのだろう、吐息をこぼす。

「徹夜しているんだろう、こんなにたくさんの銃を作って」

「……ほとんど、試作品を、改良したもの。手間は、かかっていない」

「まぁ、一丁作るだけでも丸一日かかるからな」

 シエラのたたら場を手伝っていたから、分かっている。一丁にどれくらいの手間がかかっているかも。カイトは腰にぶら下げた竹の水筒を差し出し、シエラに握らせる。

「まず、休憩。寝不足で手元が狂えば、大変だぞ」

「け、ど……」

「これは、命令だ。シエラ」

 強めの口調で言うと、シエラは黙り込んで俯く。そのまま、竹筒の栓を抜き、水を一口飲む。その反応に、少しだけ安心する。

 シエラとは、コアを経由した契約を結んでいない。だから、従う道理もないのだ。

 カイトはその前に膝をつくと、傍らの木箱から布と包帯を取り出す。

「手当てするぞ。動くなよ」

「いら、ない……」

「なら、押しつけるだけだ」

 軽く癖のある髪の毛をまとめ上げ、前髪を上げる。その額には、鉄の破片がぶつかったのか、真一文字に裂傷が及んでいる。

 血が垂れ、涙のように頬を伝っている。それを清潔な布で拭き、傷口を押さえる。そこを丁寧に包帯で巻いていく。ふと、角にヒビが入っているのが見えた。

「――シエラ、角にヒビが」

「放って、おいて」

「……大丈夫なのか? 折角、綺麗な角なのに」

 指先でそっとその角を撫でると、わずかにシエラは肩をびくりと震わせた。

「あ、悪い、痛かったか」

「……早く、包帯を巻いて」

「ああ、分かった――悪い」

「……別に」

 心なしか、シエラの頬が赤らんでいる気がした。少し恥ずかしいのだろう。手早く包帯を巻き、端を結んでカイトは頷く。

「よし、大丈夫だ。角は、本当に手当てしなくてもいいのか」

「大、丈夫……すぐに、脱皮する」

「そうなのか。なら、いいけど。隣、いいか」

「……ん」

 こく、とシエラは短く頷きながら、フードをかぶり直す。その隣にカイトは腰を下ろし、もう一本、竹筒を腰から引き抜く。中に入っている水に口をつけながら、手にあるシエラ銃改を見やる。

 ボルトアクション式の狙撃銃だ。それははっきり言って、ずっしりと重い。

(……オーストラリアで、ライフルに触らせてもらったけど、それより重いな)

 ということは、恐らく無駄があるのだろう。見様見真似で、ボルトを引いていると、ぽつりとシエラがつぶやく。

「……角」

「え?」

「角……怖く、ないの」

「ん? いや、特には」

 ニュージーランドで牧場にいたときは、角なんてたくさん見てきた。鹿の角、ヤギの角、牛の角。それの掃除の仕方も教わっていた。

 そういうのと思い返しながら、カイトは銃を弄り、ボルトを動かす。

「シエラの角は、綺麗だよな。見ていて、ほれぼれする」

「……う、ん?」

「なんというか、艶やかなんだよな。肌荒れもなくて、すべすべで。触ってみたい気もするが、さすがにそれはよくないかな……」

「……う、う……」

 不意に、ぼす、と肩に衝撃が走ってくる。二度、三度と体当たりされ、ふとカイトは目を丸くする。

「っと、悪い、デリカシーがなかったか?」

「そう、じゃない、けど……っ、カイトは、変態だ」

「えぇ? そうか? むしろ、この角の価値が分からないのは、勿体ない気もするけど」

 ぽす、とさらにもう一回。そのまま、シエラは寄りかかってため息をこぼす。

「……カイト、は、よく分からない。本当に」

「美しいものを、美しいというだけだけど」

「それで、口説いてくる、の?」

「口説くつもりはないさ。僕には、フィアやローラがいる」

「……ま、そう。当たり前、私は、美しくも、ない……から。口説く、価値はない」

 シエラは吐息をこぼしながら、ごんごんと頭を肩にぶつけてくる。遠慮のない石頭に、少しだけカイトは苦笑いをこぼした。地味に、肩が痛い。

「口説くかどうかはさておき……シエラは、十分魅力的だと思うぞ。客観的に見て」

 その言葉に、ぴたり、と頭突きが止まる。カイトは笑みをこぼしながら肩を竦める。

「けど、ヒカリに悪いから、口説くのは止めておこう」

 そう告げながら、水を一口飲む。肩甲骨に頭をくっつけたシエラは、やがて言葉をこぼす。

「カイトは……変態、だ」

「ん、そっか」

 否定をせずに、カイトはただ肩を貸し、自分はシエラの銃を眺める。

 そうしてのんびりしていると――ふと、息が穏やかに響いてくるのが、伝わってきた。小さな寝息に、カイトは苦笑いをこぼしながら銃を下ろす。

(ったく……居眠りするくらい、疲れているとはな)

 安心しきったのだろう。少し寝かせてやろう、とカイトは思いながら体勢をゆっくりと変え、シエラの頭をそっと膝の上に載せる。

 身体を動かしても、シエラの寝息は穏やかだった。余程、疲れているのか。

 カイトは笑みをこぼしながら、空を見上げる――その上空を、鳥が飛んでいた。

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