第5話
結局、シエラが目を覚ましたのは、どっぷりと日が暮れてからだった。
「起こ、してよ、ばか」
「悪い、気持ちよさそうに寝ていたから」
「そうだね。こんなに居心地良さそうなシエラは久々に見たかな」
射撃場の片隅。そこで草を編んだ敷物の上で、カイトとシエラ、ヒカリは軽食を取っていた。軽食は、ヒカリが気を利かせて持ってきてくれたものだ。
拗ねたように、カイトとヒカリから距離を置き、敷物の片隅で膝を抱えるシエラ。それを見て、思わずヒカリは苦笑いを浮かべる。
「私が来てからもしばらく寝ていましたからね。かなり疲れていたのかな」
「徹夜明けみたいだからな」
「無理しないで、と言ったんですけどね」
「シエラは、なんというか、一途というか、真っ直ぐなところがあるからな」
「分かります、分かります」
カイトとヒカリが握り飯を食べながら笑みをこぼすと、シエラはじとっとした目で二人を見て、拗ねたように鼻を鳴らす。
「バカに、して」
「バカにしているつもりはないよ、シエラ。拗ねないで、こっちにおいで。ソフィが作ってくれたおにぎり食べようよ」
「い、い。また、射撃実験……」
「シエラ、そんなこと言うと、カイトさんに投げ飛ばしてもらうよ?」
ヒカリに、さっきの出来事は話している。悪戯っぽく告げたヒカリに応じるように、カイトは軽く肩を竦めて手首を鳴らした。
「いいのか? ヒカリ」
「ん、シエラを傷つけなければ、どうともで」
「と言われているが? シエラ。大人しく飯を食うか、僕に投げられるか、どっちがいい?」
「う、ぐ……ヒカリ、ずるい」
シエラは渋々、膝を進めてカイトとヒカリの傍に寄る。そのまま、ヒカリの手から握り飯を受け取ると、それを口にする。
仏頂面でもぐもぐと咀嚼しながら、ちら、とカイトを睨みつける。
「……最近、調子に、乗っている。カイト」
「あら、そうなの? シエラ」
「ん……さっきも、口説いてきた」
「あらあら、モテていいじゃない。シエラ」
ヒカリはにこにこと嬉しそうに笑う。ふん、とシエラは鼻を鳴らして視線を逸らす。
「いいわけ、ない。カイトには、ローラがいるのに」
「でも、友達付き合いくらいはいいと思うよ? 私は」
「ヒカリが、いれば、それでいい……!」
「あはっ、ありがと、シエラ」
ヒカリは嬉しそうに笑い、シエラの頭をフード越しに撫でる。シエラは黙ってそれを受け入れている。何となくだが、嬉しそうな感じだ。
仲のいい姉妹のような姿に目を細めながら、カイトは握り飯を食べきり、手を拭いてから銃を取り上げる。それをヒカリに見せて声を掛ける。
「これのアイデアは、ヒカリが出したんだよな」
「ん、そうですよ。といっても構造はほとんどドライゼ銃……中世プロイセン軍の銃の丸パクリですけど」
「大分、重たい気はするけど、なんで?」
「そうですねぇ……」
ヒカリはそう言いながら銃を手に取り、ボルトを弄りながら頷く。
「長距離狙撃のためには、威力が必要なんです。だけど、火薬を多くすれば、その圧力に銃身が耐えられなくなる。だから、これだけ鉄を多く巻いているんです」
「……でも、破裂している」
ちら、と射撃場のはずれに捨てられている銃の残骸を見る。
それはほとんどが暴発して銃身がぼろぼろになったものだ。鉄がひしゃげていて、中の火薬の破裂に耐えられなかったらしい。
ふん、とシエラは鼻を鳴らし、難しそうな声で告げる。
「そもそも、欠陥が、ある。どれだけ、鉄を分厚く、しても、ガス圧が一点に集中すれば、鉄が、保たない」
「……えっと、すまん、分かりやすく」
「つまりですね、カイトさん。構造上、ガス圧が装填口に集中するんです」
ヒカリは差し出して見せてくれる。銃身の後方に空いた穴。そこから覗く薬室に銃弾を装填するのだ。それを見せてから、ボルトを操作して閉鎖する。
「この機構を保つためには、どうしてもボルト付近が脆くなる。頑丈に作ると、逆にボルトが動かせなくなるんです」
「なるほど、それを補う機構を作ろうと、試行錯誤しているのか」
「ん」
シエラは頷き、傍らの木箱から銃を取り出す。正確には、破損した銃の一部だ。
「破損個所、に、ガス圧が集中する、から、そこを重点的に補強、している。大体、構想は固まってきた……けど」
悔しそうにシエラはそこで唇を噛む。カイトは目を細めて頷く。
「時間が、足りないか」
「……本当は、寝ている暇も、なかった」
「それでも寝ないとダメだよ。シエラ」
諭すようにヒカリは言い、立ち上がろうとするシエラの腕を掴む。カイトは頷きながら、苦笑いを浮かべて告げる。
「大丈夫、シエラだけに負担させるつもりはない。むしろ、シエラに頼んでいることは、あれば撃退が楽になるから頼んでいるだけであって」
「なら、それを、作るのが、私の役目、だから」
「そうだね。でも、今は休憩しようか。シエラ」
「そうだぞ。少し気分転換をした方が、考えが変わるかもしれないし」
「……そんなの、楽観論」
「楽観上等だ。ほら、夜空が綺麗だぞ」
シエラに声をかけながら、自分も空を見上げる。ヒカリも目を細めて空を見上げた。
「――この世界にも、星空はあるんだね」
「星の配置も、色も全く違うけどな」
そう見上げる夜空に、瞬く星。シエラも黙ってそれを見上げていた。
その三人を見つめ返すように、星は夜空で瞬いて見せる。天頂を覆う、満面の星空を目にしながら、三人は束の間、静寂を分かち合う。
ふと、ヒカリが指先を上に向けた。何か、微かに動かす。
「あの赤い星と、白い星――」
「ん?」
「繋ぎ合わせます。その次は黄色い星、また白い星――」
彼女は夜空に浮かぶ星に、星座を見出しているのだろう。描いた形は、円の左右に、三角形が二つ。まるでキャンディーのような形だ。
「……飴玉座?」
「ううん、違います。ヒント、金ヶ崎」
「うん?」
金ヶ崎――といえば、織田信長が経験した合戦だろうか。
だが、名前だけ知っていて、詳細は知らない。確か、朝倉攻めの際、同盟した浅井に裏切られ、窮地に陥った戦……だったような、気がするのだが。
(メイ姉は誰かが裏切るような戦は、嫌いだったからな……)
昔の家族のことを考えつつ肩を竦めると、ふふっとヒカリは笑みをこぼした。
「小豆の袋座です。お市の方が兄である信長に、小豆の袋を送って窮地を知らせたお話、知りませんか?」
「ああ、そういえばそんな逸話があったな……すっかり忘れていた」
信長に浅井の裏切りを伝えたのは、お市の方だ。
その方法は、陣中見舞いとして、袋の両端を縛った小豆の袋を送るというもの。それによって、両家から退路をふさがれ、袋の鼠となっていることを示唆したのだ。
もっとも、それは後世の創作らしいが……。
「なるほど、ヒカリらしい星座だ」
「ふふ、ありがとうございます」
星座を見上げながら、そんな話をしていると、シエラは不機嫌そうな声を発する。
「浅井も朝倉も、戦が下手」
「お、シエラも知っているか」
「ヒカリから、聞いた」
シエラはそう言いながら、脇の木箱から袋を取り出す。話に出た小豆の袋のように、両方が縛られているものだ。
「一見、追い詰めているかも、しれない。だけど、一方がほどければ、そちらから逃れてしまう。だから、逃げられないように、一つの穴しかない袋に、追い込むべきだった」
「ま、それが理想だろうけどな」
肩を竦める。実際の戦いは、朝倉の金ヶ崎の城を攻めているときに、離反した浅井に背後を衝かれる、という展開だった。どちらかというと、袋の鼠だったのは朝倉なのだ。
「だけど、確かに信長を一つの口にしかない罠に嵌めることができたら、朝倉も浅井も、剛力して信長を討ち取れたのかもしれないね」
「いや、案外、逃げ口が一つしかないから、全力、で……」
ふと、そう言いかけてその言葉が頭に引っ掛かる。
考えを巡らせる。手元の銃を見つめる。薬室の火薬が爆ぜた、圧力。それが、逃げる場所は今、二つある。銃口と、装填する開口部分。
それを――仮に、一つにしてみれば?
視線を上げてシエラを振り返る。彼女もそれに気づいたようだ。木箱から一本の銃を引き抜く。その銃を見て、わずかにヒカリは眉を寄せた。
「え、シエラ、それは、旧式の銃……」
「これで、いい……これじゃないと、だめだ」
シエラはぐっと握りしめ、視線を上げる。その瞳は爛、と輝き、カイトの目を真っ直ぐに見ていた。
「――認める。確かに、息抜きは、必要だった」
「ああ、いいアイデアが浮かんだな――やってくれるな?」
「すぐに。もう、迷わない」
シエラはそう告げると同時に、踵を返して駆けだす。ぽかん、とヒカリはそれを見送っていたが、やがて苦笑いを浮かべて振り返る。
「何か、思いついたんですか?」
「ああ、大丈夫。シエラなら、きっとやってくれる」
「……そっか、それならよかったです」
ヒカリは少しだけ目を細めて笑う。それは妹の成長を喜ぶようで――同時に、少し寂しそうだった。だが、すぐに表情を引き締めると、勢いよく立ち上がる。
「シエラが頑張るなら、私も頑張らないと……! 行ってきますね、カイトさん」
「ああ、頼んだ。ヒカリ。こっちも、作戦を詰め直している」
「お互いに、頑張りましょう」
二人で笑みを交わすと、拳をぶつけ合った。そして、星空の下、二人は別々に歩き出す。その二人を応援するように星空は瞬いていた。
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