第7話
「隊長、ダンジョンを発見しました。コアの反応もあります」
「そうか……思ったよりも、楽に到達したな」
洞窟の前。後衛の部隊が到着すると、前衛の騎士が敬礼して出迎える。壮年の騎士――隊長はぐるりと辺りを見渡して確認する。
洞窟前は、大きく拓けており、窯らしきものや肥溜めなどがある。
それらを調査していた騎士たちは敬礼と共に報告を返す。
「特に異常はありません。宝物らしきものもありませんでした」
「道中の罠は、どうだった?」
「木に仕掛けられたものや、落とし穴が無数にありましたが、全て解除しています」
「……なるほど、生まれたてのダンジョンか」
隊長が得心したようにつぶやくが、その傍で騎士が疑問を抱いたように告げる。
「しかし、生まれたてのダンジョンで冒険者二組もロストするでしょうか」
「あり得なくはない。もしかしたら、ボスが手ごわく一網打尽にされた可能性がある。むしろ、その可能性が高いな……」
隊長はそう告げると、腕を上げて合図をする。それに応じ、騎士たちは隊長の前で整然と並び、敬礼を返す。
「これより、ダンジョン内に突入する。前衛、四十名で入る。途中で罠がある可能性もある。各個撃破されないよう、小隊ごとに固まって動くように!」
ダンジョン内では身動きがとりにくい。連携して動ける人数を判断し、前衛の騎士たちを選んだ。彼らはきびきびとした返事をすぐに返す。
「了解!」
「指揮は私が執る。副隊長は、後衛の指揮を取ってくれ。退路を確保し、常に警戒を。もし、我々に何かあれば、すぐに撤退して騎士団に報告するのだ」
「了解しました! 武運を!」
副隊長が敬礼を返して、はきはきと答えた。隊長は軽く頷くと、隊列を整えてから先頭を切ってダンジョンの中へと足を踏み入れた。
(――中は、少し熱いな……火系の魔物がいるのか?)
騎士たちは、一糸乱れぬ足取りで進んでいく。その顔つきは油断ない。
辺りをすぐに警戒し、進んでいく。隊長もまた、神経を尖らせながら進んでいた。
洞窟の中は、熱い。まるで、地面から熱が込み上げているようだ。騎士たちは、すぐに松明をつけて、辺りをぐるりと探っていく。
それでも、一本道――ゆるやかに下るような洞窟の中へと歩を進めていった。
やがて、奥に向かっていき、隊長は手を挙げて制止を促す。
周りの騎士たちが警戒するように立ち止まり――目の前のそれに気づく。
「これは……土器、ですね」
粘土を焼いて作ったと思しき、筒状の土器が並んでいる。だが、その数は三つや四つ程度ではなく――十や二十ある。
一抱えほどある土器を見やり、騎士たちは困惑を示した。
「たくさん、転がっておりますな」
「迂闊に触るな。罠かもしれん」
隊長が制止すると、騎士の一人が眉を寄せて頷いて見せた。
「確かに、何か熱を持っているような気がします。これらのせいで、熱かったのでしょうか……?」
「もしかしたら、未知の鉱物という可能性もある――慎重な調査が必要だ」
「――私が、確認してみます」
勇敢な騎士の一人が進み出た。騎士たちは、盾を構えて警戒する。
その中で、その一人は恐る恐る近づき――その土器を、軽く剣で小突く。
ぱきん、と音が鳴り響き、慌てて騎士は跳び退く。だが、すぐに眉を寄せ、あふれ出たその中身を剣で突いて確かめ――振り返って言う。
「――ただの、炭です」
「なんだ、驚かせおって」
隊長も思わず拍子抜けし、騎士たちに脱力した雰囲気が漂う――。
瞬間、背後から凄まじい轟音が響き渡った。
騎士たちが神経を尖らせる。円陣を組み、辺りを見渡す。その中で隊長は声を放った。
「どうした! 何があった!」
「落盤です! 背後が崩落しました!」
その言葉に隊長はよし、と頷いてさらに声を返す。
「けが人はいるか!?」
「おりません! 大丈夫です!」
「よし――後衛も状況を悟って、救援してくれるはずだ。もしかしたら、ここら辺崩落するかもしれない。魔術師たちは、警戒してくれ。手すきのものは、退路を作るのを手伝え!」
「了解!」
騎士たちはきびきびと動き出していく。隊長のはっきりとした指揮によって、浮足立つことは一切ない。隊長は一息つきながら、背後を見やる。
(恐らく、あれが罠。最後のあがきだろう――見抜けなかったのは、悔しいが)
まあ、いい。と隊長は判断し、辺りをしっかりと警戒し――。
その足取りが、ふらついた。
「ん……いかんな。妙に汗が出る」
「隊長、水をしっかり取りましょう。このままだとバテてしまいます」
「うむ、熱いからな。全く、忌々しい炭だ」
隊長は苛立ち交じりに一つの土器を蹴り飛ばす。土器は砕け散り、赤く光を放つ炭が宙を舞う。
その赤い炭の輝きが、不気味に洞窟の中で光を放っていた。
副隊長は、嫌な予感を感じ取っていた。
落盤から一時間足らず。後衛の部隊は、的確に仲間たちと連携し、魔術の支援も得て土砂を取り除いていた。向こう側でもそうしているのか、盛んに掘削の音が聞こえていた。
だが、その音がだんだん小さくなり――いよいよ、音が聞こえなくなったのだ。
(落盤の音からして、そこまで土砂の量は多くない――急げ、急げ……!)
音が聞こえなくなって十分足らず。何もなければいい、と思いながら、副隊長は作業を急がせ――ついに、騎士の一人が声を上げる。
「穴が空きました!」
「よし、中を確認しろ!」
「は、はい……あ、熱い……お、おい、大丈夫か!」
作業をしていた騎士の間で、動揺が広がっていく。副隊長は、いてもたってもいられず、自らその落盤現場に向かっていく。
奥から漂ってくる熱気が、ただならぬ気配を感じさせる。その中で、騎士たちは仲間を救出し、容体を確かめている。
副隊長もその一人を確認し、頬を軽くたたいた。
「おい! 起きろ! 大丈夫か!」
次第に激しくたたくが、反応がない。顔色は悪くなく、まるで寝ているようだが――。
騎士の一人が、何かに気づいてはっと顔を上げる。
「ふ、副隊長! 息がありません!」
「な、なに……! そんな馬鹿な!」
慌てて、その仲間の心音を確かめる――脈が、感じられない。
副隊長は立ち上がって振り返る。土砂を退け、空いた穴からは熱気が漂ってくる。おぞましい気配に、思わず身がすくんでいく。
(何があった……? あの穴の向こうで、何があったのだ……?)
見えない死の恐怖に、身が竦んでいく。ある可能性に行き当たり、思わず副隊長は恐れおののきながらつぶやく。
「毒ガス……」
言葉に出してから――副隊長は、己の失策を悟った。
「え……毒ガス……?」
「まさか……え、毒だと……!」
その言葉を聞き逃さなかった騎士たちが声を上げる。その声と共に、徐々に恐怖が伝播していく。一人の騎士が慌てて仲間の身体を打ち捨て、後ずさっていく。
そして、引きつった表情のまま、叫び声をあげた。
「ど、ど、毒ガスが出てくるぞ! 逃げろおおお!」
その声が、合図だった。全員が、我先にとその洞窟から逃げて行こうと駆けだしていく。
「ば、馬鹿者共! 陣形を乱すんじゃない!」
副隊長が慌てて自制を促すが、広がった恐怖のせいで、統率が取れない。我先にと逃げ出していく騎士たちを追いかけ、副隊長も駆ける。
洞窟の外に出て、ジャングルに出る。それで、騎士たちは息を整え――。
どこからか、風切り音が響き渡った。
頭上から降り注ぐ矢。それに、騎士たちは慌てふためく。
「て、敵襲だ!」
「大丈夫だ! 落ち着いて迎え撃て!」
副隊長が大声で指揮を執る。騎士たちは慌てて剣や弓矢を構え、その矢に対応する。幸い、その矢の数が多くない――。
だが、その落ちてくる矢は、燃えていた。
(火矢――いや、大丈夫だ。この地面は、泥だ)
「落ち着いて対処しろ。弓矢兵、構えて撃ち落とせ」
副隊長は努めて落ち着いた口調で指示を飛ばす。そのおかげで、徐々に騎士たちは平静を取り戻し、弓矢を構え直す。
その中で、放たれた一本の火矢――それがひらひらと落ちていき。
騎士の一人が、余裕を持って後ろに下がって避けた。
その足元に、火矢が突き刺さり――そして。
轟音と共に、足元が吹き飛んだ。
その衝撃に、思わず副隊長は耳を抑えながら身体を低くする。だが、その爆音は矢継ぎ早に何度も続く。その爆音の連鎖と共に、地面が激しく吹き飛んだ。
轟音と共に、泥が降り注いでくる。地面が怒っているような衝撃に――。
ついに、騎士たちの士気が瓦解した。
「う、うわあああああ!」
「逃げろおおおおお!」
もはや、副隊長はそれを止めることはできない。彼もまた、心が折られた感覚と共によろよろと身体を起こし、逃げようとして――。
目の前の、悪夢のような光景に気づいた。
地面が、燃え盛っている。
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