フィアのささやかな悩み(後編)

「……んん、今日はいい天気だったなあ……」

 夜、カイトは背伸びをしながら部屋に戻ってきていた。

 今日はローラとのお散歩。久々にのんびりとした空気を楽しみながら、二人きりの時間を過ごしていた。楽しさの余韻を残しながら、自分の部屋に辿り着き、扉を開く。

 そこにはすでに、先客がいた――湯上りの、フィアだ。

 ベッドに腰かけ、にこりと微笑んでくれる。

「あ、お、おかえりなさい、カイト様」

「ん、ただいま」

 なんとなくだが、彼女の様子がぎこちない……というか、違和感すら覚える。カイトは軽くまばたきをして、その違和感を確かめ。

 その不自然さに、ようやく気づいた。

「……フィアさん」

「……なんですか」

 期待するように目を輝かせるフィアに、カイトはぎこちなく訊ねる。

「その、胸が大きくなっていませんか……?」

「はいっ、そうなんですっ」

 ぴょんと飛び跳ねるフィア。その衝撃でセーラー服を押し上げる胸がたゆんと揺れた。その光景にわずかに生唾を飲んでしまう。

 その気配が分かったのだろう、フィアは挑発するように前かがみになり、セーラー服の胸当てを外す。

「ふふ、偽物じゃないですよ? 見て下さい、ほら、谷間もぎゅっと」

 襟ぐりから見えるのは、たっぷりとした谷間。むにゅり、と贅沢なほどの胸が寄せられ、谷間が刻まれる。ローラ以上のその胸の大きさ――。

 フィアは見せつけるようにふりふりと動かす。そのたびに揺れる胸。

(……いかん、これは天国か……いや、落ち着け……)

 理性が一気に流されそうになるが、頭の一部はわずかに冷静だった。

 感じ取る違和感。それのおかげで、彼女を乱暴に押し倒さずに済んだ。

「――なぁ、フィアさん、聞いてもいいですか」

「はい、何でもどうぞ!」

「……なんだか、それ、作り物めいているんだけど」

 ひく、とフィアの頬が引きつる。だが、すぐに笑顔でその胸を掌で寄せる。それだけで柔軟に形を変えている。確かに、自前、なのだろうが……。

「ほら、そんなことないですよね? ほら……直接、見てみます?」

「それは、誘惑だけど……いや、なんというか、さ」

(……指摘するのは野暮かな)

 一瞬、ちらりとカイトの脳裏にそんな考えがよぎる。確かに恋人として、そういうプレイに付き合うのはありだろう。

 だが、カイトにはその違和感は無視できなかった。

「なんか不釣り合い、というか……他人の胸を、そのまま持ってきたみたいで、なんかフィアのものっぽくないと思う……その、ごめん」

「……う、ぅ……」

 がびん、とショックを受けたように固まり――フィアは深くため息をこぼした。

 瞬間、ふしゅぅ、と空気の抜けるような音が響き渡り、彼女の胸から赤い霧が立ち上っていく。その光景は、どこかで見覚えがあった。

「――ヘカテの、霧?」

「はい、こういうこともできると聞いて、やってもらったんです……」

 彼女はため息をこぼしながらいじけたように膝を抱える。その胸はすっかりぺったんこだ。だが、逆にそれに安心感を覚える。

 カイトは思わず苦笑いをこぼしながら、フィアの隣に腰を下ろす。

「なんでまた、そんなことを?」

「……やっぱり、胸大きい方がいいじゃないですか。ローラよりも小さいですし。女としての自信がやはり欲しかったのです……」

 そう答えるフィアは若干、涙目だ。悔しそうに自分の胸を押さえ、切なげに吐息をついている。ちら、と彼女はカイトを見ていじけたように言う。

「やっぱり、私、魅力ないですかね……」

「……そんなことはないけど」

「でも、しっかり胸がくっついていたのに、カイト様、ぴくりともしない……」

「どこを見て言っているんだ、どこを」

 真下に泳いだ視線を咎めながら、カイトはため息をこぼしつつも笑みを浮かべる。フィアの頭に手を置き、髪をゆっくり梳く。

「フィアの魅力にいつもやられているのは、閨で分かっていると思ったけど?」

「でも……あの胸、一応、質感も本物なんですよ?」

「あれはフィアのものじゃない気がした。事実、ヘカテのデザインしたものだろう?」

 目を細めて髪を梳きながら、華奢な肩を抱き寄せる。そっと耳元に口を寄せて小さな声で囁かける。

「僕はフィアのことが好き。あるがままの、フィアが大好きだ。こうして傍に居続けて愛おしく思うくらいに」

「やっ……カイト様、くすぐったい……っ」

「離さないぞ? 自分に魅力がない、なんて卑下する子は」

 そう言いながら、むずがるフィアを抱きかかえ、膝の上に載せる。その細身な身体がまた愛おしい。フィアは吐息をこぼし、抵抗を止めてカイトに身を預ける。

「……カイト様は、優しいですね、本当に」

「フィアのことが好きだからだよ」

「ふふっ、ありがとうございます。なら、正直に答えていただいても?」

「何かな?」

「胸はあった方がいいですか?」

 切実な問いに、思わずカイトは苦笑いをこぼした。

「……コメントに困るなあ……」

 フィアを気遣って答えることも可能だ。だけど、彼女はそんなことは望んでいないだろう。フィアの髪を梳きながら正直にその問いに答えることにする。

「……正直、あった方がいい、とは思う」

「……やっぱり」

「でも、もちろん、フィアに魅力がないわけではないからな」

「はい、それは先ほどから……分かっています。その、太ももに硬いものが」

 フィアが頬を染めながら膝の上で囁く。さすがに気まずく、カイトは少し目をつぶり、自制する。

「……すまん、真面目な話をしているところで」

「いえ、お気になさらず――苦しくはないですか?」

「……あとで、解放させてもらうから」

「お手伝いさせていただきますね?」

「……お好きにどうぞ」

 なんとなく甘いやり取りをしつつ、二人は視線を合わせる。フィアは安心したように唇から吐息をこぼして目を細める。

「いずれにせよ、なんだかほっとしました。カイト様は、カイト様だなって」

「誉められているかどうか分からないけど。フィアの胸は大きくても、小さくても、僕の大好きな気持ちに変わりはないよ」

「……でも、大きくなったら嬉しい?」

「それも、否定はしない」

「……じゃあ、カイト様……大きく、してくださいますか?」

 そう言いながら、彼女の手がカイトの手首に添えられる。そのまま、彼の手を持ち上げると、そのまま自分の胸にあてがった。

 ふにゅ、と指先が埋もれる感触。その確かな感触に、カイトは少し思考が止まる。

「――えっと、フィアさん?」

「……その、ヒカリさんが言うには、揉まれると大きくなるらしくて、ですね?」

「またヒカリに入れ知恵されたのか……」

 ため息を一つ。だが、カイトは手を除けることなく、代わりに確かめるように耳元に口を近づけて囁く。

「――そうなると、我慢はできないぞ?」

「……っ、望む、ところです……っ!」

 背筋をびくんと震わせ、潤んだ瞳で見つめ返してくるフィア。二人は見つめ合うと、そのまま唇を重ね合わせた。

 徐々に高ぶってくる熱と鼓動。それに任せて二人はお互いを貪る。

 その影が一つになるのは、それからすぐのことであった。

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