第4話

「よ――っと」

 洞窟から少し離れた場所――そこで、カイトは掘った穴の中で作業をしていた。

 レンガをせっせと積み上げ終わり、彼は一息こぼす。傍らにいるフィアは、目を細めてねぎらうように告げる。

「お疲れ様です――ひとまず、こんなところでしょうか」

「ああ、これで十分な貯蔵庫ができたな」

 地面に穴を掘り、それが崩れないように内側をレンガで固めた場所だ。

 レンガの間は、簡単なセメントを作って接着――これはギリシアで教わった火山灰土と石灰、砂利を混ぜ合わせたものだ。

 それでできた穴倉は、大分しっかりしている。

「ここに、干物とか燻製を保管できるようになるんですね」

「ああ、一応、通気性も考えてあるから、長期保存もできるはずだ」

 よいしょ、と二人でそのレンガの穴倉から這い出る。そのまま、その穴の縁に腰かけて、空を見上げながら一息ついた。

「――大分、整備が進んできたな……」

「はい、もう、二か月前とは見違えるくらいです」

「ああ、そういえばもう二か月か」

 フィアが腰の水筒を取り出すと、それを差し出してくれる。

 それを口にしながら、感慨深く思う。

(大分、駆け抜けるように、ダンジョンの整備を続けてきたな――)


 ローラの参入で、食糧事情が大分変わってきた。特に、卵を定期的に入手できるようになったのは、果てしなく大きい。

 それに栄養状態も改善されていく中で、カイトとフィアはこつことと粘土で食器を作っていた。作り方としては、昔ながらの弥生土器のようなものだ。

 粘土で大体の形を作ると、それを焚火で燃やす。それだけで簡単な土器ができる。

 それから日干しレンガで窯を作ると、しっかりとした土器も焼成できるようになった。また、ローラが発見した竹林により、さらに食器のバリエーションが増える。

 水筒や竹皿はもちろんのこと、竹の弾力を生かした罠も作れるようになった。


(肥料を散布することで、イモも大分、いい感じで育ってくれているし)

 食糧事情も安定、暮らしぶりも安定してきていた。

 衣食住の、衣以外はどうにか対応できるようになっている。

「あとは衣服と――あと、できれば鉄も採集できれば……」

 そんなことを呟いていると、ふと、フィアが心配そうな顔でカイトを見つめていることに気づいた。振り返ると、彼女はへにゃりと眉尻を下げて言う。

「……少し、休みませんか? カイト様。ここ二か月、働きづめですよ」

「ん……そう、か?」

 ふと思い返すと、まともに休んだ日はないように思える。

 雨の日でも、寝床で編み物や木細工をしていた。考えてみれば、ゆっくりしている日は、ほとんどないように思える。

「ただまぁ、僕の場合は、動いていないと落ち着かないからな……」

「そうですよね、カイト様ってそんな感じですよね」

 少しだけ仕方なさそうな笑みを浮かべたフィアは、優しく見つめてくる。

「何とかなる、なるようになる――そう言っている、カイト様が一番動いて、何とかして下さっていますから」

「買い被りすぎだって――」

「ううん、そんなことないと思うなー」

 ふと、その声は上空から聞こえた。ゆっくりとはばたきながら降り立つ、ローラはツインテールを風でなびかせながら、姉そっくりの笑顔を浮かべる。

「カイト兄さまは、少し休むべきだよ。何なら、ポイントを使ってリラックスしてもいいくらいじゃないかな、って思うよ」

「それはさすがにダメだと思うな……」

「んん、それじゃあね……」

 ローラは少し悩んで腕組みをし、カイトとフィアを見比べていたが――ぽん、と一つ手を叩き、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「――ローラ、また何か変なことを思いつきましたね?」

「あはは、人聞きの悪いことを言わないでよ。姉さま、ちょっとこっちに……」

「ん? なんですか?」

 少し離れた場所で、フィアとローラは顔を寄せ合い、ひそひそと話し合う。

「折角だから、前に兄さまに教えてもらった……」

「……なるほど。確かに名案です……」

「それで、折角だから姉さまも――」

「な……っ! そんな、破廉恥な……っ!」

「でも、絶対に喜んでもらえるよ?」

「う、うう、そうでしょうか……?」

 なんだか、顔を赤らめてちらちらとこちらを伺ってくるフィア。

(何か、変なことを吹き込まれているんじゃないだろうな……?)

 悪戯好きのローラだが――姉想いなところがある。下手なことを吹き込まないだろうが。

「やらないなら、私がやるけど?」

「うう……わ、私がやります……! でも、そんな破廉恥な……」

「大丈夫だって! 兄さまなら喜んでくれるから!」

「わ、分かりました……! カイト様に喜んでもらえるなら!」

 不安に思う中、話はまとまったようだ。金髪姉妹はしっかりと頷き合う。ローラはツインテールを揺らしながら振り返り、カイトに笑顔を向けた。

「うんっ、じゃあ、私は準備をしているから! 後で川辺に来て欲しいな、カイト兄さま!」

「か、川辺? わ、分かったけど……」

「わ、私も支度してきます……その、来てくださいね?」

 フィアがもじもじと上目遣いで言い、小走りにローラの後へ続いていく。

 二人の姉妹が駆け去ったのを見つめ、思わずカイトは首を傾げた。

「川辺で何をやるのかな……? まあ、いいけど」

 とにかく、貯蔵庫に風が入らないように、と用意した板でせっせと蓋をしていく。板同士は蔓のロープで結び合わせて固定。

 板が飛ばないように石で重しをしてから、よし、と頷く。

(少し時間も経ったし、様子を見に行ってみるか……)

 しかし、川辺で何をやっているのだろうか。ローラの悪戯っぽい笑顔といい、何をしているか気になってしまう。

 期待と――わずかな不安を胸に、カイトは川辺へ急いだ。

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