第7話
轟音と共に、地面が砕けて抜け落ちる。その崩落の中、勇者は瓦礫を足場にして、三角跳びを繰り返しながら舞い降り、ゲルダとリーンもそれに続いた。
体術が得意ではない魔術師の二人は、魔術を利用。風が空らを包み込む。タンク役のリーグは三角跳びなどせず、真っ直ぐに流星のように落ち、ずっしりと地面に足をめり込ませて着地――。
かなりの高さだったが、全員が無事に着地した。
「――ったく、ウィル、相変わらず無茶するぜ」
リーグが顔を顰めながら立ち上がる。ウィリアムは大剣を担いで豪快に笑った。
「がははっ、すまん、すまん。出入り口から馬鹿正直に入るのは下策と思ってな」
「ま、どうせ罠があるわよね。解除する手間を惜しむなら、ショートカットして正解」
シーフのゲルダは軽く肩を竦めて同意する。クレアは苦笑いを浮かべながら、ぐるりと周りを見渡す。
「……けど、ここは迷宮みたいですね」
そびえ立つ壁は、ひどく高い。それを見上げていくと、頭上の穴から光が差しているのが見えた。ゲルダは腕を組んで頷く。
「ここの広さはなかなか広いわよ。入り組んだ迷路になっているみたい」
「……面倒くさいな。下に罠がなければ、また床をぶち抜くか?」
げんなりした表情でウィリアムが言い、それに応えるようにゲルダは口を開き――不意に、頭上を振り返る。クレアも気づき、鋭く叫んだ。
「頭上、魔力反応――通信、投影魔術です!」
『……察しがいい魔術師殿だな。優秀な顔ぶれが、揃っているようだ』
不意に頭上に浮かんだのは、青い半透明のパネル。そこに浮かんだのは、一人の青年。真剣な顔つきをした若者を見返し、わずかにウィリアムは眉を寄せる。
(グレイと同じくらい……二十歳前後の、青年か)
『ごきげんよう、〈紫電〉殿。私は当ダンジョンのマスターだ』
「――の、ようだな。挨拶痛み入る。で、何のようだ?」
『ウチのエルフから聞いたと思うが、我々はひっそりと暮らすのみだ。撤退していただけば、非常にありがたい……のだが?』
「それは聞いたが、俺も仕事でね。お互い、ままならない事情があるぞ」
『……騎士団と、同じ運命をたどるとしても、か?』
騎士団。そういえば、四百名近くが蒸発したという連絡を受けている。
やはり、この男が関与しているのか。ウィリアムはその内心をおくびにも出さず、軽い口調で訊ねる。
「騎士団? 何のことだ?」
『とぼけなくてもいい。騎士団の子飼いだろう。貴様は』
ウィリアムは舌打ちを隠せなかった。その渋面に、仲間たちが振り返る。
「ウィル、どうしたんだ?」
「……情報が、筒抜けだ。俺が〈紫電〉だということも。騎士団がバックにいるということも。こいつ、人間陣営の情報を抑えていやがる」
『こっちも、人権派のあんたを買っているんだ。だから、こうして情報を開示した』
「そいつは、どうも……だが、騎士団がいる以上、分かっているんだろう?」
二人の視線が激しく交差する。ままならない事情に、二人は同時に苦笑いを浮かべた。
「――ったく、こんな形で会わなければ、お前とはいい酒を飲めたかもな」
『同感だ。〈紫電〉のウィリアム。なら、宣戦布告を受け取った、ということで――その上で、こちらももう一つ、情報を開示しよう』
彼は苦笑いを引っ込め、真面目な顔になる。その目つきにあくどい輝きが宿る。
ウィリアムが身構えた瞬間、マスターは指を弾いた。直後、画面が切り替わり。
そこに映し出された地下牢――そこには数人の少女たちが身を寄せ合っている。そこの中にいる少女の姿に、思わず目を見開いた。
「これ……! あの子……シズクじゃないっ!」
ゲルダが叫び声を上げる。マスターの声が、不敵に頭上から響き渡る。
『如何にも……言っただろう? キミたちの情報は、全て筒抜けだと。シズクたちは、このエルフ村に避難していたからね』
「……くっ、人質かっ!」
『別に危害を加えるつもりはないさ。彼女たちに協力してもらっているだけだ』
マスターの声が空々しく響き渡る。だが、どうであれ、ウィリアムたちの選択肢ははっきりと潰された。今みたいに、未作為に床をぶち抜けば――彼女たちを害する危険がある。
『さぁ、戦いを始めよう――生きるか死ぬか、決めようじゃないか』
マスターの声と共に、さらに指が弾かれる音。
それに思わず身構えると、どこからか地鳴りのような音が聞こえる。ウィリアムは大剣を構えながらクレアに視線を投げる。
「敵か?」
「いえ、敵性反応なし……」
「違う、何かが来る!」
ゲルダの叫び声と共に、視線を迷宮の向こう側に向ける。そこから向かってくるのは――大量の、水だ。波のように押し寄せてくるそれに目を見開き――。
全員が、その大波の中へと呑まれていった。
『仕掛けの決壊に成功。第一フェーズの終了を確認した』
「了解。お疲れ。ソフィーティア。第二フェーズに以降。エステル、出番だ」
『了解。すでに、待機しています』
通信を行いながら、複数のウィンドウを確認する。そのうちの一つでは、迷宮の中に濁流が流れ込み、全てを押し流していた。
その光景をヒカリも見つめ、ほっと一息つく。
「立案のときは、上手く行くか不安でしたが……なんとか、なりましたね」
「まず、一つ目が完了。地面をぶち破って侵入されたときはひやひやしたが」
カイトとヒカリは頷き合って一段階の成功を確認する。その一方で、コモドが呆れたようにその光景を眺めていた。
「これは――水攻め、かい? 自分の陣地でやった人は見たことないな……」
「まあ、そうかもしれないな。奇想天外な一手だよ」
そのアイデアが、ヒカリと世界中の戦術について雑談していたときに思いついたものだ。
このダンジョンは地下にあり、地表には川が流れている。その状況を見れば、できなくはない。それを踏まえて治水工事を行った。
さらに、水が流れ込む迷宮に仕掛けを施し、水が流れやすいようにした。
「第一フェーズは、エルフたちの攻撃で相手の実力を測った上で、全員離脱。そして、相手を懐に入れた上で、堤防を決壊。水で押し流し、敵を混乱させる。様子見の一手だ」
「結果的には、上々ですね。この濁流で、敵を分断しました」
そして、とヒカリは口角を吊り上げてさらに続ける。
「これで〈紫電〉を一時的に封じることができる」
「……そうか。キミたちの本命は、それか」
コモドは感心したようにしきりに頷く。コモドにもカラクリが分かったようだ。
(水は立派な伝導体。その水の中にいる以上、電撃は使えない……)
特に、仲間が一緒に水に呑まれている状況では、ウィリアムはただの大剣遣いになり果てる。一時的な、無力化が可能だ。
これでおぼれてくれるのが、一番、楽な結末だが――。
「ま、そうは上手く行かないよな」
ウィンドウを切り替える。そこでは、水流の逆らう、二つの姿があった。
二人の魔術師が、それぞれに懸命に魔術を張り巡らせ、空気の泡玉を作り出して仲間を保護している。一つの泡には三人、もう一つには二人――。
「――〈紫電〉が見えないな。流されたか?」
「その、ようですね。ああ、いました。今、第三層まで押し流されています」
ヒカリがウィンドウの一つを指さす。そこには、半ば流されるウィリアムの姿がある。だが、流されているよりは泳いでいるようだ。抜き手を切り、時折、水面に顔を出して息継ぎをしている。
さすがに溺れることは、期待できなさそうだ。そこを信頼し、魔術師の二人も仲間の保護に動いたのだろう。
(だが、好都合――〈紫電〉が、孤立した)
「〈紫電〉を第四層まで押し流した後、第三層と第四層の通路を封鎖。水を堰き止める。他の連中が第三層に至った時点で、第二層の通路を封鎖しろ。ソフィーティア、堤防はもう堰き止めて構わない」
一息に指示を割り振る。その意図を察したヒカリは小さく笑みを浮かべる。
「第一フェーズ……敵の分断は、成功ですね」
この構図により、第四層に〈紫電〉を、その他は第三層にとどめることができる。カイトは軽く頷きながら、ウィンドウに指を走らせる。
「ヘカテとローラは前進。第三層と第四層の境目で待機。フィアと〈紫電〉の戦いに横槍を入れさせるな。エステルは第三層で動き始めてくれ。できるだけ罠に引き込み、分断して各個撃破を狙ってくれ」
第二フェーズに突入。カイトは固い唾を呑み下しながら指示を飛ばした。
「ここから、直接的な激突になる――全員、気を引き締めろ」
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