第5話
「くっ――また……!」
フィアはカイトが見せてくれるモニターを見ながら、苦しそうに息をつく。
彼女の口からはさらに火の息が噴き出し、次々と鬼火が生み出される。どんどん作り出された鬼火は、洞窟の外に出て行き、冒険者の行く手を阻もうとする。
だが、そのモニターの先では、冒険者たちは次々に鬼火を打ち払っていた。
魔術師が発する水弾は、正確無比である上に、威力がある。一発一発、的確に鬼火を消されていき、じりじりとダンジョンは踏破されていく。
それを、カイトは腕を組みながら、淡々と見ている。
ちら、と彼はフィアの顔を見やってわずかに首を傾げた。
「まだ、行けるか?」
「はい……っ、もちろん……っ!」
「なら、無理をしない程度に継続」
「了、解……っ!」
フィアは息を吸い込む。腹の奥が痛むのを無視し、フィアは火の息を吐き出した。鬼火となったそれらは、また一団となって敵に向かっていく。
息が苦しい。きりきりと胸が痛む。
火の息を吐き出し続けている弊害だ。それでも、やらなければならない。
(カイト様を――護る、ためにも……!)
奮起して吐息を吐き出すフィア。それを見やりながら、カイトは表情を動かさない。
『――このまま、遠距離での攻撃に徹するつもりかい? カイト』
コモドの呆れたような声に頷きながら、カイトはウィンドウから目を逸らさずに言う。
「ひとまずはな」
『それなら、フィアルマをぶつけた方がいいと思うけど』
「いや、その必要はない」
『でも、罠も何も仕掛けていないだろう?』
「――コモドは世界史を知っている? ああ、僕の世界の」
突然の話題の変わり方に、きょとんとコモドは瞬きを一つ。
『触りくらいなら知っているけど』
「じゃあ、大軍における侵略戦争の一つぐらいは知っていると思うけど」
たとえば、ベトナム戦争、元寇、赤壁の戦い。
特に、侵略者側が負ける、あるいは不利な状況で幕を引いた戦いにおいて見られる。
「それらの敗因は、実はたった一つなんだ」
侵略者側は、罠や伏兵にも気を配り、戦術面において慢心はほとんどなかった。
それでも、大敗を喫した理由。それは、たった一つの理由。
「その土地の自然を、味方につけられなかったのさ」
ベトナム戦争は密林。元寇は台風。赤壁の戦いは風土病。
もちろん、それらが直接の敗因ではない。だが、いずれもその環境に悩まされ、自軍を消耗させた。逆に土着の民族は、それらを味方につけた場合もある。ベトナム戦争の、ゲリラ戦術がまさにそうだ。
そして――カイトもまた一か月で、この森を知った。
植生や地形はもちろん、足元がぬかるんだ泥濘の地面も。
そして、この熱帯や温帯が交じった、高温多湿な環境すらも。
不敵な笑みを浮かべたとき、けほっと乾いた咳が横から響き渡った。
振り返ると、フィアは喉を押さえながら浅く呼吸をしていた。だが、それでも深呼吸を繰り返し、息を吐き出そうとしているのを見て、慌ててカイトは止める。
「無理するな、フィア――そんなになるまで、やる必要はない」
「だ、けど――」
「大丈夫、もう、なんとかなるから」
その言葉に、フィアは顔を上げる――呼吸を乱しながら、へにゃりと眉を下げる彼女は、顔いっぱいに悔しさが満ちていて。
それを受け止めるように、肩に手を回す。そして、片手でウィンドウを引き寄せた。
「さぁ、一緒に見届けよう。僕たちの、ダンジョンの底力を」
『――そんなに、上手く行くのかな……?』
「カイト、様……」
半信半疑な二人が、ウィンドウを覗き込む。
その中で起きつつある変化に――二人は、思わず目を見開いた。
「え――これ、は……?」
冒険者たちの足が、完全に止まっていた。
冒険者たちが異変に気付いたのは、鬼火が途切れ、一息ついた瞬間だった。
「よし――途切れたな」
「ああ、さすがに魔力を使うな……一息、休憩を挟みたいが……」
戦士と魔術師が武器を下ろして、吐息をとく。大柄の戦士は、肩で吐息をつきながら一歩、足を踏み出そうとして。
ぐらり、とぬかるみに足が取られた。
「おっとと……いけねえ」
踏ん張り直す――が、その足元がずぶずぶと沈んでしまう。
丸々、くるぶしまで埋まってしまう感触に、その戦士は眉を寄せた。その後ろで、他の戦士は泥濘に足を取られ、手を突いてしまう。
「う……ひどいぬかるみっす……アニキ」
「ああ、すまない。水の魔術を乱射しながら進んでいたからな」
魔術師が申し訳なさそうに言う。彼は身軽だから、少し足が沈むくらいだ。
だが、戦士たちは鎧甲冑で身が沈んでいく――それに舌打ちし、戦士は背後を振り返った。
「くそ、また鬼火連中が出たら、ますます足元が苦しくなる。一旦、引き返そう」
「そうだな、軽装の仲間を連れてこないと……」
「よし、お前ら引き返すぞ」
「お、おす……でも、アニキ、この道を引き返すんですか……?」
振り返ったその先は、水の魔術でぐしゃぐしゃになった土壌。
それを見て、弟分の戦士たちは顔を引きつらせる。
「仕方ねえだろ。お前ら、鍛えていないわけじゃねえだろ? ほら、行くぞ」
「う、うす……」
戦士たちは足を無理やり持ち上げるようにして、泥濘と化した道を進んでいく。
だが、水を含んだ、粘土質の土は粘り気が強い。
カイトが丹念に掘り返し、粘り気のある腐葉土を混ぜているので、その質は折り紙付きだ。ますます、泥沼にはまっていくかのように、彼らは脛まで泥に埋まることになる。
それを、彼らは知るはずもない――。
一歩一歩、金属に包まれた足を持ち上げるだけで、だんだんと息が上がる。
熟練の戦士と言えども、この行軍は身体に応えてくる。
「しかし――くそ熱いな……おい……」
「密林のダンジョン――湿気が、強いですからね……待ってください。今、体力補給の魔術を掛けます。それなら、少しは楽になるでしょう」
「おお、助かるぜ……」
魔術師が懸命に補佐に回る。そうやって意識を集中させている間――不意に、ぶん、と羽音が響き渡った。
咄嗟に振り返った大柄の戦士が剣を振り抜く。それが捕らえたのは、大型の蜂――。
弾き飛ばされた蜂は潰されて、地に落ちる。だが、対応できたのは彼だけだった。
疲れ切った弟分の戦士たち、集中していた魔術師は、直にその攻撃を食らってしまう。
「うっ! くそっ!」
「いてぇっ!」
悲鳴を上げる三人。それを守るように、戦士は辺りを見渡しながら舌打ちする。
「嫌なタイミングでの毒蜂だぜ……だが、安心しな、こいつは弱毒だ。死にはしねえ」
「解毒をするよ……くっ……」
魔術師は息も絶え絶えに魔術を張り巡らせる。その顔色は、徐々に悪くなっていた。
当然だ。魔術を連発した後の、沼地の行軍。その上、毒を食らっている状態。
それに拍車をかけるように、湿地帯からの湿気と熱気が、彼らの体力を常に奪っている。
身体が鍛えられている戦士たちは気づかなかったが――すでに、魔術師の方が参っていた。
いわゆる、熱中症である。
「う……くっ……」
解毒の途中で、膝をついてしまう魔術師に、戦士はそれを支えながら目を見開く。
「お、おい、大丈夫か!」
「だい、じょうぶ……う、くっ……」
「大丈夫じゃねえだろ。俺が担ぐ、お前たちは辺りを警戒しろ」
「へ、へい……」
「了解、っす……」
弟分の戦士たちはそう応えるが――すでに、彼らの身体も熱中症が蝕んでいる。
よろよろと二人は再び歩き出す。その後ろ姿を見て、わずかにぞわりと背筋に悪寒が走った。
(まさか――これは全て、このダンジョンの罠……?)
足場の悪い場所で、水の魔法を連発して土壌をぬかるませ。
体力や魔力をじわじわと奪い取り、毒で確実に相手を仕留めていく――。
そう考えると、底のない罠の中に、もう陥っている気がして――。
それに動揺し、背から迫る脅威に、咄嗟に反応できなかった。
がつん、と激しい衝撃が頭に迸る――それを最後に、戦士の視界が暗転した。
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