第4話

「――ッ! カイト様! 侵入者です!」

 フィアも感づいたのか声を上げる。短くカイトは頷き返し、振り返った。

「いよいよ来たか……さて、さて」

 カイトはゆっくりと口角を吊り上げながら、言葉を続ける。

「なるようになればいいんだけどな」


『初めての侵入者だね。カイト』

 ヘルプでコモドを呼び出すと、すぐにコモドは応じてくれた。

 画面越しに、そのトカゲの顔をぱちくりさせながら、蛇のような舌を動かした。

 カイトが黙って頷いて、フィアに視線を向ける。彼女の顔は、明らかに強張っている。

「コモド、迎撃すればいいんだな」

『うん、追い返す。倒す。捕らえる。どれかでいいよ。一応、ダンジョン内はマスターが自由に閲覧できる――ウィンドウ、と唱えてみて』

「ああ――ウィンドウ」

 言われた通りに口にすると、青いパネルが目の前に浮かんだ。

 そこには、映し出されたのは、丁度、ダンジョンの入り口になる場所――そこに踏み入ってくる、四人の男女の姿が見える。

 ファンタジーめいた、鎧とマントに身を包み、剣や杖を手にしている。

『――残念。冒険者だね。素人なら、容易く制圧できたけど』

「要するに、コアを狙っている武装集団だな?」

『理解が早くて助かるよ。追い返すのは、期待できないね』

 コモドはそう言うと、淡々と言葉を続けていく。

『ウィンドウは、マスターの意志を反映してダンジョン内を確認できる。キミの世界で言うと、監視カメラみたいなものだ。それを通じて、フィアに指示を出すこともできるよ』

「――迎撃しに行きますか」

 きゅっ、と唇を引き結んだフィアが、決然と視線を向けてくる。

 だが、カイトは首を振ると、片目でフィアを見つめて言う。

「いや――だけど、鬼火を使って欲しい」

「鬼火……いい、ですけど……」

 フィアはきょとんとしながら、首を傾げる。長い金髪が揺れるのを見ながら、カイトは頷いて言葉を重ねた。

「河原で見せてくれたあれでいい。あれを冒険者に差し向けてくれ」

「は、はい、できます」

「まずはそれで、様子見だ――やってくれ」

「わ、分かりました――」

 フィアは深呼吸してから、ゆっくりと息を吐き出す。その呼気の一部がぼっと燃え上がり、三つの鬼火になった。

 そのまま、ふよふよと漂うようにして、洞窟の外に出て行く。

 カイトはそれをウィンドウで補足して追いかけていく――やがて、鬼火は冒険者たちに到達しようとしていた。


「――しかし、踏み入った甲斐があるものだぜ」

「確かに、まさかこんなところに未踏の領域があるなんてね」

 ダンジョンの入り口――草木が生い茂った道を、ずんずんと進んでいく一団。

 鎧甲冑に身を包んだ戦士の一団だ。一人だけ、マント姿の男も交じっている。陣形を組み、警戒を怠ることなく進んでいく。

 探索慣れしているのが伺える、冒険者たち。

「――うん、奥の方に不自然な魔力の源を感じる。もしかしたら、大当たりかもしれないよ」

「しかも、魔物の気配も薄い。これは、できて間もないダンジョンだな。運がいいぜ、俺たちは」

「気をつけてよ。もしかしたら、そう見せかけた罠かもしれないんだから」

「分かっていらぁ。これでも、ダンジョンには潜り慣れている――お前たち、気ぃ張っていくぞ」

「へい」

 隊長格のガタイのいい男がいい、後ろに控えた二人の戦士は頷く。

 その最後衛を陣取った魔術師の男は、しっかりと警戒をしながら進んでいく。

 そのまま、四人は草木を分けていくと――不意に、拓けた道に出た。

「おっと――こいつは……」

「草木が拓かれて、道が作られているね。これはご親切に……」

「罠、とも思えるが……それっぽくはないな」

 戦士は木の枝をもぎ取ると、投槍のように遠くへ放り投げる。だが、それに何も反応せず、地面にぶすりと突き刺さるだけだ。

 魔術師の男も、集中するように目を閉じ、杖を先に向けていたが、首を振って言う。

「罠らしいものも、伏兵も気配もない――どういうことだ?」

「分からん。本当に、できたばかりのダンジョン、なのか」

「――アニキ、多分、大丈夫ですぜ。俺たちが先に行きます」

 弟分の戦士が手を挙げてそう言うが、大柄の戦士は首を振って言う。

「いや、大丈夫だ。もしかしたら、ばらけたところをやられる可能性がある。こういうときは、定石通り、警戒しながら進んでいこう」

「それがいいと思う――と、来たぞ」

 魔術師が鋭く告げる。それに戦士たちは反応して構えを取る。

 前方から向かってきたのは、ふよふよと浮遊する炎。それを見て、戦士は目を見開く。

「ゴースト? アンデッド系のダンジョンなのか?」

「そうとは思えないが――ここは、任せてくれ」

 魔術師は鋭く杖を差し向ける。その先端の宝玉が光を放ち、魔法陣を描く。

「ウォーターバレット! アインツ、ツヴァイ、ドライッ!」

 瞬く間に中空に出現する、桶一杯ほどある水弾。それが、三つ中空を駆けて、火の玉に命中する。鬼火はその直撃に、瞬く間に消えてしまう。

 ふぅ、と魔術師は息をつき、一つ頷いて杖で地面を突く。

「初級の水弾で倒せるのはありがたいね。魔力を温存しながら行こう」

「よし、なら、俺たちは防衛中心で立ち回る必要があるな。気を抜くなよ」

「へいっ!」

 何度もダンジョンに潜り続けた冒険者たちに、油断も慢心もない。

 警戒心を解くことなく、いつものように四人は進んでいく。いつでも、撤退できるように退路を気に掛けながら――。


 すでに、その術中に嵌まっているとは露とも知らずに――。

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