第13話
「に、兄さま、どうしてここが――!」
ローラが翼をはためかせながら慌てて降りてくる。カイトはほっと一息つきながら、苦笑いを浮かべて周りを見る。
そこは洞窟を覆う岩山――その頂上。
ローラに以前、連れて来てもらって以来の場所だ。
「ローラなら誰にも目につかないところに行くだろうと思って、大体、あたりはつけていたんだ――このダンジョンで飛べる奴は、ローラしかいないからな」
「で、でも、ここまでどうやって登って――」
「登った。ロッククライミング」
「え……え? あの岩肌を?」
「ああ、少ししんどかったけど」
場所によっては、岩壁が垂直どころか抉れている部分があり、登るのには難儀したが。それでも、身体の調子がすこぶる良くて登ることができた。
(もしかしたら、フィアと夜遊びしているせいで、体力がついてきたのか?)
下手な筋トレよりも、体力を使っているせいかもしれない。
ローラが傍らに着地する。その頭に手を載せ、カイトはその目を覗き込んだ。
「ったく、心配したぞ? ま、安心したけど」
「ん……ごめんなさい、兄さま」
しゅん、としたローラ。その真紅の目を見つめ、優しく笑いかける。
「別に怒っていない。むしろ、悪いことをしたと思っている。もっと、ローラのことを気に掛けるべきだったのかも」
「そ、そんな……別に、私は……」
「ま、それはいいとして――完全に日が暮れる前に降りよう。さすがに、真っ暗闇にここにいるのはよくない――」
そう言いかけたカイトの鼻先に、ぽつり、と冷たい何かが当たった。
(え……まさか)
慌てて空を見上げる。いつの間にか、どんよりとした雲が空を覆っている。その空からぽつ、ぽつと雨が降り始めていた。
「いつもより日が暮れるのが早いと思えば……そういうことか。全く」
見る間に、雨粒が大きくなっていく。早くしないと、土砂降りになる。ローラは慌ててカイトの手を掴んで引っ張る。
「兄さま、こっち――こっちに、洞穴があるの、そっちに!」
ローラが案内した洞穴は、そこまで広くなかった。
二人で雨宿りするのが、丁度いいくらいのくぼ地。そこに避難すると、次第に雨は激しさを増し、ざあざあ、と降り注ぎ始める。
それを見やりながら、カイトはウィンドウを開いてフィアに連絡を繋いだ。
事情を聞いたフィアは、ほっと一息ついて言う。
『よかったです――すみません、カイト様。妹がご面倒を』
「今さら気にするな。相棒……それより、この雨だから、少し雨宿りしていく」
『はい、ダンジョンの方はお任せください。たたら場も、順調に動いています』
フィアは全てを察してくれたようだ。優しく微笑んでくれる。
それに礼を言おうとして――。
『侵入者を検知しました』
「――いつも、間が悪いな」
『本当ですね……ただ、侵入者は三人のようです。そこまで手ごわそうにも見えませんから、エルフ村の試験体にするのはいかがでしょう?』
フィアの提案に、カイトもウィンドウを開きながら頷く。
「うん、エルフたちに持て成してもらって、様子を見よう。不審な動きをすれば、即捕らえてしまって構わない。しばらく、任せてもいいか。フィア」
『はい、コモドとも適宜連絡を取りつつ、様子を見て行きます。カイト様は、ローラのことをよろしくお願いしますね』
フィアの包み込むような優しい声に、カイトは笑みを返して頷く。
「ああ、任された」
『では、また後ほど。失礼します』
通信を切る。カイトは岩壁にもたれかかって一つ息をつき、ローラを見やる。
ローラは乾いた枝を折り、薪を作っていた。彼女がふっと息を吹きかけ、火の粉を飛ばして着火すると、見る間に火は大きくなっていく。
うん、とローラは頷くと、カイトの方を見やって首を傾げる。
「侵入者?」
「ああ、フィアに任せている。村の試運転にもなるし」
「うーん、冒険者をおもてなしする、って何か複雑な気分だけどね」
「まあ、今後のためだ。精々、見極めるとしよう。ここの人間と魔物が共存していけるかどうかを」
カイトは肩を竦めながら言い、焚火に手をかざす。温もりがじわじわと伝わってくる中、ローラは膝を抱えながら焚火を見つめている。
どこか沈んだ面持ちの彼女。カイトはその表情を見やり、黙って手を伸ばす。
そして、肩をそっと抱き寄せるように引き寄せた。
「え――兄さま?」
「身体、冷えているぞ。こっちに」
前みたいに、ローラを膝の上に載せる。そのまま、腕を前にしっかり回して抱きしめると、ローラは少しだけ頬を染めて身を捩る。
「は、恥ずかしいよ、兄さま」
「今さらだろう? ローラ。前まではこうして甘えてきたのに」
「う……そうだけど」
ローラは身動きをやめ、カイトの腕の中でじっとする。カイトはそのまま、ローラの身体をしっかりと抱きしめる。いつもは熱いくらいの温もりが、今はない。
すっかり身体が冷え切っている。カイトはしっかりと密着して耳元で囁く。
「少しじっとしていろ――少なくとも、身体が温まるまで」
「う……ん……」
掠れた声と共に、耳が赤く染まる。すっかり大人しくなったローラを抱きしめ、ぼんやりと焚火を見つめる。
雨音は、激しい。少し段差ができていて、ここは浸水しないものの、目の前では流れ落ちた雨が川のように流れている。
「……ごめんなさい、兄さま」
その雨音に掻き消えそうなくらい、小さな声だった。カイトは眉を寄せ、ローラの頭に手を載せる。
「怒っていないって言ったけど」
「ん……でも、申し訳なくて……私は、何の役にも立てないから」
ローラはわずかに身を震わせる。顔を伏せてしまい、その表情を窺い知ることができない。分かるのは、その声が泣きそうなくらいに震えていることだ。
「食料も集められないし、兄さまには迷惑をかけるし、言うこともできないし――ただ、ポイントが高いだけの、無駄飯食らい……本当に、私ってはずれボスなんだな、って……」
(ローラ……そこまで思い詰めて……)
考えてみれば、フィアに構っていてローラと向き合えていなかった。その間に、いろいろと思い詰めてしまったようだ。
もう少ししっかり接するべきだった。だけど――。
(今からでも、それは間に合う)
そっとローラの頭から手を離す。そのまま、彼女の脇に手を差し込んだ。
「……ふぇ?」
そのまま持ち上げる。くるり、とローラの身体を反転させ、膝の上に載せた。きょとんとした真紅の目を見つめながら、そっと頬を撫でる。
「初めに――ローラは、はずれじゃない。それは断言しておく」
「う……でも……」
「僕の言うことが、信じられない?」
少し卑怯な言い方かもしれない。それでも、カイトはローラの目を真っ直ぐに見ながら微笑みかける。できるだけ丁寧に、優しく伝わるように。
たまらずローラは視線を逸らそうとするが、頬に添えた手がさせない。
目を逸らさせず、視線を合わせながら首を傾げる。それに、ローラはあぅあぅ、と口をぱくぱくさせながら頬を真っ赤にする。
「に、兄さま、そんな見つめないで……っ」
「じゃあ、信じてくれる?」
「わ、分かった! 信じる! 信じるから!」
「ん、じゃあ、ひとまず」
頬に添えた手を離す。ローラは視線を逸らして大きく深呼吸――それでも、頬の赤さは止まらない。ちら、と彼女は上目遣いにカイトの顔を伺う。
「で、でも……なんで、カイト兄さまは、そんなに私を……?」
「ローラに限った話でもなく、フィアにも同じ話だぞ。というか、ローラが役立たずだったら、フィアはそれ以上の役立たず……ああいや、これ以上言うと拗ねられるな」
カイトは苦笑いを浮かべながら、ローラの髪に触れてそっと撫でる。少し目を細め、諭すような口調で言葉を続ける。
「役に立つとか立たないとか関係なく、フィアとローラにはいつまでも傍にいて欲しいと思っているんだ。二人が、嫌でなければ」
「嫌な、はずないよ……でも……」
「それでも、役に立たないのが、いや?」
カイトはそっと人差し指の背で頬を撫でると、彼女はこくんと頷く。ん、とカイトは頷きながら目を細めて訊ねる。
「身の回りの準備、いつもしてくれているじゃないか。食事の支度の手伝いは? エステルの作業を陰ながら支えているのは、誰かな?」
全てを見られているわけではない。それでも、ローラのさりげない気配りは感じ取っていた。みんなの邪魔をしないように、ひっそりと。
その言葉にローラは目を見開き、小さくつぶやく。
「知っていたんだ、兄さま……」
「全部把握しているわけではないけどね。ローラの働きには、いつも助けられている。僕からの、この評価でもまだ自分のことを役立たずなんて言うか?」
カイトはローラの背に手を回し、優しく抱きしめる。壊れ物を扱うかのように、それでもちゃんと力を込めてしっかりと。
「フィアも、ローラも、はずれなんかじゃない。僕にとっての、大事な家族だ」
「カイト、兄さま……」
ローラの身体が震えた。その目を見つめると、真紅の瞳が揺れている。
あふれだしそうな感情を堪えるみたいに、彼女は目元を歪めて小さく言う。
「そん、な……勿体ない……私には……」
「勿体なくない。これ以上、そんなこと言えないようにしようか」
潤んだ瞳を見つめ、そっとその頬に手を添える。両手で顔を支えるようにすると、ローラは頬を可憐に染めながら、視線を逸らす。
「で、でも……」
その先は、言わせなかった。そっと塞ぐように、唇を重ね合わせる。
ローラは目を見開き、カイトの目を見つめる。だけど、すぐにその目尻を緩めて力を抜き、それに応えてくれる。
何度も唇を重ね、小さく息継ぎを挟みながら、ローラの言葉を奪っていく。
しばらくして唇を離すと、ローラは熱っぽい吐息と共に、カイトの胸にしなだれかかった。
「……もう、何も言えないよ……兄さま」
「ん、それならよかった」
彼女の髪の毛をそっと撫でながら、身体を抱きかかえ直す。そのまま、ローラの真紅の瞳を見つめると、わずかに彼女は戸惑うように視線を泳がせる。
「……えっと? カイト、兄さま?」
「折角だから、ローラを可愛がろうかな、と思って」
「え……いや、こんなところで?」
「フィアでは草むらの中で可愛がられたぞ。僕が」
「ああ、うん、姉さまはね……」
「もちろん、ローラが嫌なら別に……」
「い、嫌じゃないよ、うん! 大丈夫……心の準備ができなかっただけだから」
ローラは一つ深呼吸。それから、しっかりとカイトの目を見つめ返してくれる。
少し恥じらいを秘めた、蕩けたような視線。頬を染めながら、おずおずとカイトの首に腕を回しながらはにかんだ。
「うん……兄さまさえよければ、可愛がってください……よろしくお願いします」
その可憐な声に、カイトは我慢できなかった。
唇を重ね合わせる。微かな水音と吐息が、二人の間で響き渡る。
外で雨音は続いている。その音が、二人の物音をかき消してくれそうだった。
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