第6話
『――あれ、今日は川辺なんだね』
ヘルプでコモドに繋ぐと、ウィンドウ越しにトカゲの目をぱちくりさせる。
だんだんと見慣れて、愛嬌すら感じ始めてきたコモドに、カイトは肩を竦めながら答える。
「少し、水浴びをしていてな」
『その途中での襲撃か。お疲れ様――まあ、そろそろ来るとは思っていたけど』
「にしても、今日じゃなくてもいいじゃないですか……」
急遽乾かした服に身を包んだフィア。生乾きで少しだけ居心地が悪そうだ。その横で、ローラが葉っぱの団扇で姉の髪を乾かしている。
『それで、様子はどうなのかな? 例の通路で手間取っている?』
「ん、丁度、今、中域だね。今、フィアの鬼火で様子を見ているけど」
そう言いながら、カイトはウィンドウを手で引き寄せる。そこには、三人の冒険者が映し出されている。そこには、まとわりつく炎を追い払おうと必死になっている。
明らかに、不慣れな冒険者たちだ。
『ああ、初心者みたいだね。というより、前の冒険者が強かったのだけど』
「そうなのか?」
『うん、賞金首クラスの冒険者は、そうそう現れるものじゃない。彼らは、本当にダンジョンコア狙いの、一流の冒険者だったんだ。だけど、この子たちは恐らく、財宝狙いだね』
「財宝狙い――こんなダンジョンに、財宝はないぞ?」
『そうだね。だけど、普通のダンジョンなら、もっと魔物がいるんだ。その魔物を素材とする。たとえば、そうだね、フィアルマなら竜の血なんかが手に入る。これは、万病の薬とも言われて、滋養強壮剤とされるんだ』
「――あまり、いい気分じゃないな。それは」
フィアが視線を逸らしているのを見つつ、カイトは低い声で言う。
『ん、まあ、人間たちがダンジョンに潜る理由は、そういう財宝だからね。竜は言うまでもなく、麻痺毒ホーネットの毒針ですら、高値で取引される。そういうのを、彼らは求める、いうなれば、出稼ぎ目的の三流冒険者だ』
コモドは淡々と言いながら、視線をウィンドウに向けて言葉を続ける。
『しかも、一人は奴隷だね。本格的に出稼ぎみたいだ。財宝がないと見切りをつけたのか、もう逃げ腰だね。けど――』
「まー、残念だったな。退路はもう絶っている」
カイトは肩を竦めて告げる。
実は、泥の通路にはさらに改良を重ねていた。入り口付近にため池を作っておき、いつでも通路に水を流せるようにしていたのだ。
ローラに指示を出して、すでにそれを決壊させている。引き返せば、足場の悪い泥濘が出迎えるというわけだ。
「鬼火でじわじわ体力を削っていって、最後に麻痺毒ホーネットで動きを留めれば、また楽に仕留められるな――こんな楽でいいのか分からないけど」
『楽なのは、ラッキーなことだよ。今のうちのポイントを溜めて、ダンジョンを強化するのも大事だね――それと、折角だから、カイト』
「うん?」
『二人に戦闘経験を積ませてみたらどうだい?』
コモドの言葉に、フィアとローラは手を留めて真剣な顔つきになった。
「そう、ですね……」
「私たちの実力、兄さまに見せていないし」
(……別に、戦うのなら僕にもできるけど)
多少なり護身術の心得や、ブラジルで教わった柔術の経験もある。だが、彼女たちはそう言えば否定するのは目に見えている。
カイトは少し考えながら、ウィンドウに視線を移す。
三人の冒険者は鬼火を弓や銃で対応しているようだ。前衛で戦う奴隷らしき冒険者もまた、短刀だけで相手をしている――が、身体の動きがなっていない。
正直、手練れとは思えない相手たちだ。
(――確かに、実戦経験も大事だな。なら)
ウィンドウを移し、いくつか奇襲に適したポイントを模索。その上で、一点を指さした。
「彼らはもう逃げ腰――下がった先で、フィア、ローラの二人で挟撃をする。迅速に無力化させろ。別に無傷でなくても構わない。二人が怪我をしないことだけ優先」
過保護かもしれないが、それだけは優先する。
二人が傷つくところを見たくはない。その言葉に、ローラはうん、と頷いた。
「まあ、そこまで欲張らないよ。無理せずに倒すよ。ね? 姉さま」
「ええ、私たちの役に立つところをお見せしたいと思います」
「ん、意気やよし――ただ、怪我はしないようにね」
二人は頷き合い、森の方へと駆けだしていく。それを見届けたカイトは、さて、と一息つきながら腰を上げる。
『ん、見守らなくていいのかい?』
「直接、見に行くんだよ。場所を敢えて指定したのは、僕が遠くから見やすい場所を選ぶため――もちろん、挟撃に向いているけど」
そう言いながら、カイトは手早くズボンを脱ぎ始める。そのまま、下着も脱ぐと、その奇怪な行動にコモドは呆れたような声を上げる。
『こんなときに着替えかい?』
「いいや、ただ、こういうときに下着が役に立つ」
『……はぁ』
何のために、下着が役に立つのだろうか、と言いたげなコモド。
それを無視してカイトはズボンを履き直すと、静かな足取りで駆け出す。川原に落ちているこぶし大の石を拾い上げ、木に引っ掛かっている蔓をそれで叩き切る。
(……これが、無用になるのが一番いいのだが)
それでも、何となく、嫌な予感がするのだ。
今ある現状が、崩れ落ちそうな、危うさが。
カイトはそれに駆り立てられるように、早足で森の中へと駆けて行った。
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