第15話
からん、と乾いた金属音と共に、短刀が地面に落ちた。
それから遅れて、ぽた、ぽた――と、血が滴り落ちる。
その血の持ち主であるウィリアムは、自分の左胸を押さえてよろよろと後ずさった。信じられないと目を見開き、唇を震わせる。
「何故……何故、なんだ……」
まるで、幽霊でも見るかのように声を戦慄かせ、震える指先で前を指す。
その指先には――座り込んでしまっている、フィア。
その、血まみれのフィアを目の前にして、声を張り上げる。
「何故、銃弾が当たった、お前が無傷なんだ……ッ!」
厳密には、フィアは満身創痍――だが、その身体には一切の銃創がない。
ウィリアムが言った通り、彼女の体には銀弾がめり込んだ。それは間違いない。なのに、彼女は一切の銃創がなく、そこに座り込んでいる。
フィアも納得いっていないのか、困惑した表情でカイトを振り返った。
そのカイトは、心底安堵したようなため息をこぼし、苦笑いを浮かべる。
「――信じてくれて、ありがとう。フィア。賭けには、勝ったみたいだ」
「……賭け、だと?」
勇者は言葉を絞り出す。それにカイトは目を細めて銃をしまいながら言う。
「――実は、ダンジョンにはある法則がある。主従関係を結んだら、主人には逆らえなくなる、とか、そういう奴だ。まあ、勇者様は知らないだろうけど」
「それが、何だというんだ……」
「ん、ダンジョンでその主従関係を結ぶとな、面白いことが起きるんだ」
カイトはフィアに寄り添うように立って言葉を続ける。
「傘下に降った者は、マスターに故意、過失問わずに危害を加えられなくなる」
それは、ヘカテが何度か口にしていたことだ。
最近、そのことを知ったフィアは、ええ、と頷き、視線を泳がせて。
何かに気づいたように、息を呑んでカイトを見つめる。
「まさか、カイト様……うそ、でしょ……っ」
「本当。危ない橋を、渡ってみた」
カイトとフィアはすでに通じ合っているが、勇者は理解できない。
できるはずもないだろう。予備知識もないのだから。
だから、結論だけ素早く教えることにする。
「僕がマスターの権利を放棄し、フィアに全てを譲ったんだよ」
そう言いながら、フィアの傍に跪く。まるで家臣が主人にかしずくように。
その結論に勇者は目を見開き、震える声で言葉を紡ぐ。
「つまり、お前は小娘を傷つけられ、ない……だから、銃弾が、当たらなかった?」
「ん、多分、銃弾が避けて通ってくれたのだと思う」
もしくは、実際に貫通したが、ダメージがフィアに入らなかったか。
どういう過程を辿ったかは、ただ結論は一つ。
カイトはフィアを傷つけずに、ウィリアムを撃ち抜いたのだ。
「……そんな、ご都合主義に、負ける、のか……?」
「いいや、ご都合主義なんかじゃ、決してない」
カイトはフィアの手を取りながら目を細める。フィアもその手を握り返し、決然とした目つきで頷き返す。
「私たちは勇者たちのことを決して過小評価しませんでした。全力で挑み、命を賭して戦った。結果、果てていった仲間もいます」
「あんたたちも全力だった。それは十分に伝わってきたよ。お互い、全力同士でぶつかった――違いがあるとすれば、ある一点」
カイトとフィアは頷き合い、目を見開く勇者を見つめて告げる。
「僕たちはあんたたちを調べ尽くしていたが――」
「貴方たちは、私たちのことを知らな過ぎた。それだけです」
その言葉を呆然と聞き――やがて、事実を受け入れ、脱力したようにウィリアムは膝をつく。そのまま、おかしそうに肩を震わせ、笑みをこぼす。
「くは、はははっ、確かに、確かにその通りだ! 完敗だな、これは」
「潔いなあ、勇者殿は」
「な、に……ここまで清々しく負けた、のだ……かえって心地がいい」
彼はそう言いながら、前のめりに倒れそうになり、地面に手をつく。その身体ががくがくと大きく震える――失血時のショック痙攣。
もう、長くはないだろう。ウィリアムは最後の力を振り絞るように顔を上げる。
「名を、聞いていいか」
「……カイト。カイト・ナルカミだ」
「そうか、カイト……来世では、酒を、共に飲めると、いい、な……」
ウィリアムはその言葉と共に口角を吊り上げると、前のめりに地面へと倒れた。
どう、と音を立てて勇者が倒れる――それが、勇者の最期であった。
(……全く、聞いていた通り、豪快で割り切った男だったというか)
その姿を眺め、ため息をこぼす。
撃たれた後、彼は何も抵抗しなかった。やろうと思えば、フィアを道連れにすることができたはずなのに。それをしなかったのは、彼が潔い性格をしていたからだろう。
カイトはフィアを振り返り、その頬に手を当てる。
「――大丈夫か、フィア」
「……ちょっと、やばいです。ポイント、使ってもいいですか?」
「どうぞ。今のマスターは、フィアなんだから」
「ふふっ、それですね」
フィアは仕方なさそうに笑いながら指を動かす。ポイントを使ったのか、彼女の身体に光の粒子が集まり、彼女の傷が塞がっていく。
安堵したように彼女は長く吐息をつき、カイトを見て苦笑いを浮かべた。
「本当に、無茶しますね。今回は、賭けでしたよ」
「ああ、分かっている……本当に、ヤバい架け橋を渡った」
ヒカリの管理権委譲のときに、ダンジョンコアの権限を移せることが分かっていたし、フィアと権限を共有できることも分かっていた。
そして、コモドからも確かめていた。自分が権限を失った場合、フィアがマスターになるのだと。だから、この作戦は容易に思いついたのだが。
「カイト様の弾がちゃんと勇者に当たったから良かったですけど、外れていたら、あるいは撃てなかったら、大変なことになっていましたからね」
「……まぁ、それだよな」
ウィリアムを仕留め損なったら、その時点でアウト。
返しの刃でフィアを討ち取られていたら、ダンジョンコアの管理権を有するものはいなくなってしまう。その時点で、カイトたちが詰んでいた。
つまり、一か八かの大勝負を、カイトはしれっと行っていたのである。
そのことに呆れながら――だけど、仕方なさそうにフィアは笑みをこぼす。
「そんな小細工せずに、私ごと撃ち抜けば、確実にダンジョンを守れたのに」
「まあな。でも、フィアのいないダンジョンなんて考えられないから、思い切って賭けた」
そうささやきながら、カイトはフィアの頬に手を添える。フィアはわずかに頬を染め、瞳を揺らしながら身体を近づけた。
「――ありがとうございます。カイト様……嬉しいです」
「ああ、僕もありがとう――生き延びてくれて」
その生を確かめ合うように、二人は顔を近づけ、口づけを交わした。
そのまま、照れくさそうに笑みをこぼすと、ふと、忙しない足音がいくつも響き渡ってくる。
「姉さま! 兄さま!」
「カイトさん!」
「カイトっ!」
二人は振り返った先には、心配そうな表情をした仲間たちが駆けてくる。
その彼らを安心づけるために、カイトとフィアは笑みをこぼして手を振る。それに、みんな安堵の息をこぼしながら駆け寄ってきた。
その喧騒に包まれながら、カイトは心からの幸せに笑みをこぼした。
〈第二部〉完
〈ダンジョンデータ〉
ダンジョンコアLv7 → Lv10
ポイント残高:18740 → 115780
・被害
キキーモラ:30 → 27(新規召喚なし。戦死者3名)
トロール :40 → 17(新規召喚35体。戦死者23名)
ゴーレム :30 → 12(新規参入25体。戦死者18名)
他、ほぼ全員が重傷を負うが、命に別状はなし。
・戦果
A級賞金首〈紫電〉のウィリアムの討伐に成功。
B級賞金首四名を討伐。B級賞金首一名を鹵獲。
ダンジョンの防衛に、成功。
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