第4話

 フィアの稽古が一層、激しさを増し始めた頃――。

 ダンジョンから北に抜け、少し進んだところにある、冒険者の街、グランノール。

 そこには、グレイとアリスティアが、変わらない日常を繰り広げていた。


「依頼成功、お疲れ様です。グレイ」

「こちらこそ、サポートしてくれてありがとう。アリス」

 冒険者たちがよく利用する酒場〈木漏れ日亭〉――そこで、グレイとアリスティアは食事をしに来ていた。カウンター席で木のジョッキをぶつけ合って笑う。

 アリスティアがグレイと知り合い、行動を共にしてもう一か月が経つ。

 二人は仲間として息も合ってきて、さまざまな依頼もこなしていた。

 その依頼を通じ、二人はお互いのことをさらに知り、絆を深めつつある。

「本当、今回のサポートには助けられたよ……まさか、魔狼に包囲されるとは」

「気づいてよかったです……本当に、危なかった」

 死地を潜り抜けた安堵を口にしながら、二人は雑談していると――ふと、その前にそっと肉が盛られた皿が差し出される。

 視線を上げると、カウンター内のシェフが目を細めて笑っていた。

「よぅ、二人とも、お疲れさん。アリスちゃんも街に慣れたか?」

「はい、おかげさまで。あの、これは……」

「サービスだ、サービス。二人ともお得意さんだからな」

「マスター、ありがとう。悪いな」

 グレイは片手で拝むと、マスターは何でもない、とばかりに手を振る。

「気にするな。それより、グレイの武勇伝を聞かせてくれよ」

「いや、今回はアリスの武勇伝になるかな」

「もうっ、グレイ! 私は大した働きはしていませんよっ、それより、マスター、聞いて下さいよ。また、グレイがかっこよかったんですけどね――」

 グレイとアリスティアは、マスターを交えて雑談に興じる。彼女はグレイに対する好意を隠そうとせず、彼はそんなアリスティアに振り回される。

 マスターはそれを微笑ましく見守りつつ、冗談めかした口調で訊ねる。

「なるほどな。かっこいいグレイの姿の、今日のアリスちゃんは惚れ直したと」

「はい、もうそれは……あっ」

 アリスティアは失言に気づき、頬を染める。気まずげにグレイも視線を逸らすが、まんざらでもない表情だ。マスターは苦笑い交じりに肩を竦める。

「悪い、からかい過ぎたな」

「マスターの悪い癖だぞ――それより、マスター、無駄口叩いていていいのか?」

「お? ああ、今日は割と暇だからな」

 グレイの質問に、マスターは肩を竦めながら手で店を示す。

 確かに、その店の中は閑散としていた。いつもは、笑い声に満ちているのが、今はひっそりと飯を食う冒険者ばかり。従業員も、心なしか暇そうだ。

 それにグレイは眉を寄せる。アリスティアは首を傾げた。

「何か起きたのでしょうか?」

「ああ、そういえば、二人は依頼から戻ってきたから、噂話は聞いていないか」

「噂話?」

「ああ、どこから話したものかな」

 マスターは首をひねりながら、手元にグラスを磨く。ちら、とグレイに視線を向けて訊ねる。

「騎士団蒸発騒動は、聞いているか?」

「ん、ああ、まあ、噂程度には」

 その噂の内容は、騎士団のダンジョン捜索部隊が丸々姿を消したというものだ。百人規模の騎士部隊ということで、一時期、冒険者たちのホットニュースだった。

 もちろん、それは言うまでもなく、カイトたちの仕業であるが、グレイはそれを知るはずもない。アリスティアが気まずげに視線を逸らす中、マスターは言葉を続ける。

「それには続きがあってな、そっちのニュースが出て消えちまった内容なんだが……実は、同時期、別の部隊が姿を消していたんだ。それも、三百人」

「さ、三百人!?」

 それは、グレイはもちろんのこと、アリスティアも知らないことだった。

 ちなみに、これはヘカテの仕業であるのだが、二人が知るはずもない。

 思わず二人は目を見開き、身を乗り出す。マスターはその反応に満足げに頷き、声を潜めるようにして、さらに説明してくれた。

「それに騎士団上層部が危機感を覚えたそうでな、虎の子をこの街に派遣するらしい」

「……虎の子、っていうと、もしかして……」

「ああ、いわゆる〈勇者〉だ」

 その声に、グレイとアリスティアは驚きに目を見開く。彼女はすぐに食いつくように訊ねる。

「〈勇者〉とは……一体、何者ですか?」

「興味津々だな。アリスちゃん。〈勇者〉っていうのは俗称なんだが、冒険者からその腕前で、王国に騎士団将軍として、正式に雇用された者を示すんだ。だよな? グレイ」

「ああ、冒険者たちの憧れの的だよ。僕たちの間では、冒険者はE級からA級で格付けされているが、その中のA級の位置する存在。つまり、最強の存在だ」

 その言葉にアリスティアは動揺を押し殺すのが、精一杯だった。

 そのわずかな表情の変化を見て取ったのか、グレイはそっと背に手を添える。

「大丈夫か? アリス」

「は、はい……ちょっとスケールの違いに、びっくりして」

「まあ、そうだろうな……俺としても困惑は隠せない。そんな〈勇者〉とその配下一行が来るにあたって、冒険者たちは街を離れているんだ」

「え、どうしてですか?」

「そりゃ獲物が減るからだ。〈勇者〉がくれば、ほぼ確実にダンジョンが滅されるからな」

 その言葉に、唇を噛みしめるアリスティア。グレイはそっとその耳元に耳打ちする。

「もしかして、アリス、あの村のことを心配して……?」

「……はい、大丈夫、だとは思いますが」

「そう、だな。とにかく、その〈勇者〉には動向に気をつけよう」

 グレイは頼もしくそう言ってくれると、マスターに向き直って軽い口調で言う。

「マスター、また〈勇者〉の情報が入ったら教えてくれよ」

「あん? まあ、別に構わないけど……なんでだ?」

「アリスが、興味が出たって」

「おやおや、グレイは振られないと気をつけねえとな」

「うるせぇぞ、マスター」

 にやにやと笑うマスターに、ふてくされるグレイ。そのグレイの拗ねた顔が少しかわいくて、アリスティアは表情をゆるめながら笑いかける。

「大丈夫ですよ。グレイ。貴方の魅力は、そんな〈勇者〉にきっと負けません」

「おお、のろけるねえ、アリスちゃん」

「あ、今のは別にそういう意味じゃ……!」

 アリスティアは真っ赤になりながら思わずあたふたしてしまう。それにグレイとマスターは笑い声をあげる。その穏やかな空気の中、ひっそりとアリスティアは思う。

(このことを――早く、カイト様たちに、伝えないと……!)


 翌日、アリスティアは隠し持っていた伝書鳩に文を持たせて飛ばす。

 〈勇者〉のことを伝えるべく、その伝書鳩はダンジョンへ一直線に帰り。

 その夜には、カイトの耳にその情報が届くこととなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る