第5話
アリスティアの連絡を受けた翌日の朝。
五階層の会議室には、カイト、フィア、ヒカリ――そして、コモドが集まっていた。緊急の招集であり、面々には緊張感がある。
言うまでもなく、議題はアリスティアの報告について、だ。
「悪いな、コモド。急に呼び出してしまって」
「いや、状況が状況だけに、仕方ないかな。それを聞けば、私も黙っていられない」
オオトカゲのコモドは席につくと顔が見えないので、テーブルに乗っている。コモドは真っ直ぐにカイトを見つめ返して訊ねる。
「〈勇者〉――つまり、そいつはA級賞金首だ。我々の宿敵だよ」
「やっぱりか」
「ああ、あいつらに滅ぼされたダンジョンは数多い。王国騎士団の、虎の子だよ」
コモドは憎々しそうに言葉を吐き出し、深く息を吐き出す。
「――潰されたダンジョンの半分以上は、連中の仕業だ」
その言葉から、果てしない怒りと憎しみがありありと伝わってきた。カイトはコモドの目を見つめて訊ねる。
「できるだけ、情報が欲しい。一体、何者だ」
「A級賞金首である〈勇者〉は、現在、六名まで確認できている。誰が差し向けられたかは分からないが、共通して言えるのは〈勇者〉は六名前後の配下を連れて動く。その配下は、どれもB級賞金首の実力はある」
ちなみに、騎士一人あたりでも、D級賞金首の価値がある。
騎士の隊長で、C級の賞金首になる。それを上回る存在が、七名。
その事実に、フィアはごくりと唾を呑み込んだ。ヒカリは真っ直ぐにコモドを見る。
「コモド、奇策は通じると思う?」
「トラップは通じない。精々、迷宮で翻弄できるか程度。囲い込んで、一酸化炭素中毒、なんて期待しない方がいい――その前に、壁をぶち抜かれる方が先だ」
これまで採った戦術を全て否定するコモド。重ねてコモドは言葉を続ける。
「一人一人がずば抜けた戦闘能力を持つ。一人で迫撃砲並みの魔術を使い、強固な防壁を使う。それらが七人揃ったら、もはや、戦争能力だ。大日本帝国軍くらいなら、一人で壊滅させることができるはずだよ」
確かに、戦争能力とは言い得て妙だ。その例えに、フィア以外の全員が頷く。
「……ただ、米軍や自衛隊を防げる、まではいかないんだな」
「さすがに、ミサイルを彼らが防げるとは思えないからね」
つまり、それくらいの規模の火力でようやく滅ぼせるほどなのだろう。
ヒカリが困ったように首を傾げ、カイトを見つめる。
「そうなると、多分、シエラ銃は役に立たないね」
「ああ、この前の『組織』強襲でも実感したけどな」
あのとき、銃が通用したのは兜をつけていなかったからだ。鎧の部分を調べてみたが、そこはわずかなへこみがあるくらいで、着弾しても貫けなかった。
それを受けて、シエラはますます、銃の改造に意欲を出していたが――。
「シエラ銃改、でも難しいだろうね……カイトさん」
「一応、改良は続けさせよう。いつも通り、使い方次第では何とかなるかもしれない」
カイトはヒカリに頷き返しながら、コモドに視線を向けた。
「他に情報は、分かるか?」
「一応、分かっている〈勇者〉が三名いる。その情報だけ、全部渡しておこう。本当ならあきらめるところだけど――カイトなら、もしかしたら、と思えるからね」
コモドはそう言いながら口を開く。その語られる内容に耳を傾けながら思う。
(ああ――簡単には、やらせはしない。相手が、どんな相手であろうと)
何とかして見せる。その心意気で、そのコモドの言葉を一字一句逃すまいと聞き続けた。
会議が終わった後も、カイトは会議室の椅子に腰かけ続けていた。
思案にふける彼の横顔を見つめながら、フィアは何も言わずにその隣に腰を下ろす。彼はそれに気づき、優しい目つきで見つめてくる。
「どうした? フィア」
「いえ、随分、長く何かお考えのようでしたから」
もう長い付き合いの彼女には、分かった。防衛の策略を、巡らせているのだ。
その後の彼の発言には、一切の迷いがない。何をしているのか、さっぱり分からないことが多いが、それでも説得力があって頼もしい。
だが――今の彼の瞳には、迷いしかない。それを自覚しているのか、彼はため息をつきながら軽く頭を掻いて苦笑する。
「ダメだな……知れば知るほど、強敵だ。小細工が通用するイメージが見えない」
「それは、聞いていて思いました……私たちの、同胞も敗れているのですね」
コモドから告げた話の中では、火竜を相手取って〈勇者〉が勝利した話があった。
相性や数の利があったにしても、それを聞いて少なからず衝撃を受けた。
「まさか――完全体の、火竜で負けるとは……」
「そうだな。けど、それは数の利があったからだ」
そう告げる彼の瞳は優しく細められていた。安心づけるようにゆったりとした口調で、彼は微笑みと共に言う。
「必要以上に、恐れる必要はないよ。堂々としていればいい」
「そう、ですね……的確に、敵を見極めることが大事ですね」
「ああ、いつも通り……いつも通り、いければ苦労しないけど……」
カイトは口の中でそう呟きながら、目つきをぼんやりとする。思考の中に埋もれていく彼を見つめ――思わず、口からこぼれ出た。
「――カイト様、私はこのまま、稽古を続けていてもいいのでしょうか」
それは、フィアがソフィーティアと重ねている稽古。半人半魔の修行だ。
まだ、全然とコツを掴めず、悪戦苦闘している。そうしている暇があるのならば、何か、罠でも作っていた方がいいのではないだろうか。
そんな不安に駆られていると――彼は視線を上げて首を振る。
「いや、むしろ、修行を続けてもらいたい」
「そう、ですか……でも」
「うん……僕としては、避けたかったけど、四の五の言っていられないかな」
彼はそう言いながら深呼吸する。まるで、感情の整理をつけているように。
そして、彼は真っ直ぐにフィアを見つめる。迷いのない、瞳で。
「今回は、フィアの実力に全面的に頼ることになる。その、火竜の力に」
その言葉に、フィアは大きく目を見開いた。
初めてだった。彼が、奥の手という意味ではなく、全面的に彼女を戦力として頼ったのは。それに嬉しさが込み上げると同時に、気づく。
彼の手が、震えていることに。
「――カイト、様」
その手に、自分の手を重ね合わせると、彼は苦笑いを浮かべてつぶやく。
「この判断が普通なんだけど……ごめん、やっぱり、フィアを前線に出すのは怖いんだ。もちろん、信頼していないわけじゃない。フィアは強いのはよく知っているから」
けど、と彼は辛そうに瞳を揺らす。感情を堪えるように、目に力が入っていた。
「もし、失ったら、と思うと怖いんだ……ごめん、フィア」
「謝らないでください。カイト様」
その手を握りしめ、励ますようにフィアは微笑みかける。
不思議な、気持ちだった。
以前なら、戦えと命じられたら、心が躍ったはず。喜んで戦ったはずだ。その結果、命を危険にさらそうと、満足できたに違いない。
それに、ここまで心配されたら、却って腹が立ったはずだ。自分の実力を信頼されていないようで、拗ねていたに違いない。
今のフィアは、それの何も感じない。ただ、あるのは温かい気持ち。
カイトが心配してくれることが、ただ嬉しい。穏やかまでの温もりだった。
(本当に、不思議ですね……少し前までは、前線で役に立てないことに対する不服ばかりだったのに)
こうして彼から言われると、嬉しさよりも覚悟が込み上げてくるのだ。
彼を悲しませてはいけない。生きて、返って来なければならない、と。
だから、フィアは彼の手を握ったまま、はっきりと言葉を返す。
「必ずや、生きます。勝ちます。負けません」
その決意が伝わったように、彼の手の震えが小さくなる――カイトはフィアの手を握り返すと、深呼吸を一つ、そして瞳を閉じて頷いた。
「――ありがとう。フィア……信じている」
「はい、決してその信頼を、裏切りません」
フィアの力強い言葉に安心したように、カイトは笑みをこぼして瞳を開く。その目には、決然とした色が満ちていた。
いつもの彼の目だ。その彼に、いつもフィアはついてきた。
カイトはそのまま立ち上がり、歩き出す。フィアはその後ろに続いて訊ねる。
「何か、思いつかれましたか」
「思いつくというよりは、もう、これしかないだろうな」
彼は会議室から出て、廊下を歩いていく。そのまま、彼は真っ直ぐに自分の部屋に行く。フィアは後に続き――思わず呆れた。
「ヘカテさん、またカイト様の部屋でごろごろしていたんですか」
「……ん、だって暇だし、このベッドふかふかだから」
夜行性のヘカテが、ふにゃふにゃした声で答える。彼女はベッドで丸くなり、うとうととしていたようだ。だが、カイトの視線に気づくなり、もぞりと身体を上げる。
「ん、カイト、どうかしたの?」
「ヘカテに、頼みがある」
「……言ってみて」
ヘカテはその目を細めて背筋を正す。ただならぬ気迫を、感じ取ったようだ。カイトははっきりとした声で告げる。
「半人半魔の状態の、身体の使い方――ヘカテも、誰かに教えられるよな」
「……できるけど、敵に塩を送るつもりはないわよ?」
ちら、とヘカテはフィアを見やる。フィアも困惑しながらカイトの顔を見やる。
「カイト様、どういう……」
「ああ、そっちの勝負に水を差すつもりはないよ。フィアに稽古をつけるわけじゃないから。つけて欲しいのは、ローラ」
「フィアルマの妹? ああ、なるほどね」
すぐにヘカテは承知したように頷く。フィアも、彼の思惑にすぐ気づいた。
(つまり、カイト様は、ローラも戦力として勘定して……)
カイトは、フィアとヘカテを見つめて微笑みと共に告げる。
「火竜が二人に、吸血鬼が一人――三人の力に、期待する、ということだ」
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