第6話

「シ――ッ!」

 フィアは鉤爪を一気に振り抜く。風切りの唸りと共に放たれた一閃。

 その高速の一撃を、ソフィーティアは背後に滑るように跳んでかわした。樹皮の覆われた腕を構えながら鋭く声を掛ける。

「甘いッ! 力の制御に気を取られ過ぎているぞ!」

「くっ……このっ!」

 だん、とフィアは床を踏みしめる。鱗に覆われた足が地面を掴んだ瞬間、みしりと地面がひび割れる。それを一気に解き放って地を蹴ると、地面が大きく砕けた。

 衝撃波を撒き散らしながら、フィアは肉迫、鉤爪を振り抜く。

 それをソフィーティアは紙一重でかわす。掠めた部分の樹皮が、木っ端みじんに砕ける。勢い余ってフィアの鉤爪は壁に激突。

 轟音と共に、壁が鉤爪を中心に砕け、蜘蛛の巣のようにひび割れが広がった。

 あまりの衝撃に、地面がぐらぐらと揺れる――恐るべき、火竜の実力。

 ソフィーティアは息を吐き出しながら構え直す。フィアも鉤爪を引き抜こうとして――。

「――あっ」

 その身体から力が抜けていく。時間切れ、だ。

 半人半魔の変化が解け、鱗が風に溶けるように消えていく。鉤爪も短くなり、小さなフィアの手が露わになる。

「時間は――大体、三十分か。まあ、頑張った方だろうな」

 ソフィーティアはちらりと近くに置いてある木細工の置物をする。それは、ヒカリが知恵を出して作った水時計だ。

 それのおかげで、細かい時間がはっきりと分かる。ソフィーティアはふむ、と頷いた。

「まあ、フィアルマ殿のレベルは、今、20ぐらいだろうから妥当だろうな」

「ふぅ……やはり、完全体よりは、長持ちしますね」

「力を制御している分だな。とはいえ、まだ無駄が多いのは事実だ」

 ひび割れた壁を見やるソフィーティア。

 それは、火竜の実力を十分に物語っている。エルフである彼女も、直撃すれば無傷ではいられないだろう。

「だが、まだ力が分散している。衝撃が、拡散しているようでは」

「……はい、実感があります」

 フィアは息を整えながら汗を拭う。彼女もまた、その壁を見ている。

 壁がひび割れる、ということはそれだけ力が横に逃げている、ということだ。もっと一点に力を集中させれば、深くに鉤爪が突き刺さるはず。

(やはり、まだまだかな……)

 唇を噛みしめる一方で、ソフィーティアは軽く肩を叩いて励ます。

「ただ、カイト殿に師事を受けているだけはある。身体の使い方が、上手い」

「そう、ですか? まだ振り回されている感じがしますが」

「いや、できている方だ。力が制御できなかったら、まともに戦えやしない。彼が手合わせを通じて、無意識のうちに身体の使い方を叩き込んだのだろう」

「そういえば、基礎の身体の動かし方を、みっちり叩き込まれましたね」

 未だにシャドーボクシングやミット打ちはやらされているのだ。それの成果だろうか。フィアは掌を握りしめながら、不思議そうに首を傾げる。

「カイト様に未だに一本取れないから、実感がなかったのですが」

「それは、フィアの手合わせを通じて、僕も成長しているからだよ」

 聞き馴染んだその声に、フィアは弾かれたように振り返る。そこには、愛しい主の姿があった。傍にシズクを控え、こちらに歩いてくる。

 フィアは思わず笑顔になりながら、その傍に駆け寄る。

「カイト様、お疲れ様です。シズクも、ありがとうございます」

「……いえ、お気になさらず。フィアルマ殿」

 シズクが無表情で頷く中、カイトは優しい笑みと共にフィアの髪を撫でる。

「よく頑張っているようだな。この荒れ具合を見れば、十分分かる」

「いえ、務めですから……それより、〈アマト〉の方は大丈夫ですか?」

 カイトはフィアが手合わせしている間、シズクと共に諜報組織〈アマト〉の作戦を立案していたはずだ。例の人身売買組織の件は、ケリがついたわけではない。

 カイトは頷きながらタオルを取り出し、フィアの肩に掛ける。

「一応、情報の整理を。〈勇者〉に関する情報も、アリスティアからどんどん入ってきているし。来る〈勇者〉も誰なのか、目星がついた」

 カイトは脇のシズクに視線を投げかける。黒衣の少女は頷いて答えた。

「アリスティアの報告では〈紫電〉らしいです」

「〈紫電〉――コモドの報告にも、ありましたね」

 雷撃の魔術を得意とする勇者だ。遠距離を雷撃で狙撃し、近距離でも剣に雷光をまとわせて戦う。機動力、攻撃力に優れた様から〈紫電〉の勇者と呼ばれているらしい。

 その雷撃によって、火竜を討滅した実績もあるそうだ。

「ローラやシエラでは、不得手な相手だ。フィアが当たることになる」

「そうだな。翼竜のローラ殿はもちろん、吸血鬼のシエラ殿も火や雷に弱い」

 ソフィーティアが同意したように頷き、だが、とフィアの肩に手を置く。

「今は、修行が優先だ。〈アマト〉はシズク殿に任せておけばよい」

「そう、ですね。今は、半魔の力を使いこなせるようにしないと」

 拳を握りしめる。まだまだ、制御ができていない部分が多いのだ。

 目の前にいる、愛しい人を護るためにも、もっと実力をつけなければならない。

 意志を込めて視線を上げると、カイトは辺りを見渡していた。フィアの踏み込みでくっきりできたクレーターを見やり、うん、と彼は頷く。

「――よし、じゃあ、少しフィアと手合わせするか」

「え……よろしいのですか、カイト様」

「ああ、今、フィアは力を使い切ったところだろう? 休憩がてら、軽い手合わせ。それとちょっとしたレクチャーを」

「レクチャー、ですか」

 何を教えてくれるのだろう、と首を傾げる。当然、カイトは人間なので魔の力を使えない。となれば、武術、ということになるが。

 彼はそれを認めるように頷き、マントを脱いでシズクに手渡す。

「ウィンドウで見ていたが、半魔の稽古はソフィーティアに任せる。僕が教えるのは、技。いわゆる、必殺技だよ。多分、フィアと相性がいい」

「必殺技……」

 カイトからはさまざまな武術を教わっている。徒手格闘、柔術、カポエイラ――彼の学んだ武術を叩き込まれていたが、そういうのは初めて聞く。

 彼は軽く爪先でフットワークを刻みながら、ゆっくりと目を細める。

 剣呑に身にまとった気配に、フィアは気を引き締める。

「覚えておいて、フィア――この技は、いわば初見殺しだ。一回きりの技だと思って」

「分かり、ました。では、お願いします」

「うん、軽く手合わせしながらレクチャーしよう。おいで」

 カイトの優しい声とは裏腹に、鋭い気迫が放たれる。それに応じるようにフィアは地を蹴り、カイトに挑んでいった。

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