第7話
半人半魔の訓練を始めて、十日が経った。
フィアはもちろん、ローラもヘカテから師事を受け、熱心に手合わせを行う。
二人の血気迫る勢いに応じ、ソフィーティアとヘカテも真剣に教え込んでいく。体術の基礎ができていたこともあり、二人はその技術を丸呑みする勢いで体得する。
だが、そうして訓練を重視しているため、カイトの傍から離れることになる。
必然――その傍で、彼を支えることになるのは、密偵であるシズクであった。
「殿、アリスティアに加え、リリスからも内偵情報が入りました。彼女の方が、勇者について細かい情報まで収集してくれていますね」
「そうか、ありがとう。シズク」
カイトの私室。そこのテーブル一杯に竹簡を広げ、情報を整理するカイトとシズク。
彼が送り込んだ二人の密偵は着々と情報を集め、それを順次送り出してくれている。シズクは組頭としてそれを受け取り、全てまとめて竹簡にメモをしていた。
それらの情報を前に、カイトは視線を走らせていく。
「やはり差し向けられる刺客は〈紫電〉の勇者で間違いなさそうだな」
「はい、配下は恐らく五名。六名で、襲撃されます」
シズクは竹簡に指を走らせ、その名簿を指さす。
「恐らく推定の面々です。まだ、確定ではございませんが」
「いや、助かる。この情報を、ヒカリと共有して作戦を練ろう」
「ヒカリ殿は――今は、シエラ殿と銃の開発でございますか」
「ああ、シエラ銃の改良に勤しんでいる。あの辺は、ちんぷんかんぷんだな」
カイトが知識として追いつくのは、マスケット銃までである。
その点、ヒカリは世界史に精通している。それらの銃についても一度、研究レポートを書いたらしく、形状まで詳しかった。
今は、前装だか、後装だか、よく分からない話をしている。
「まあ、餅は餅屋、鍛冶は鍛冶屋に任せよう」
「ならば、私たちは謀略に勤しむとしましょう」
「〈紫電〉の迎撃――勇者だけに、一筋縄ではいかないだろうし」
カイトは思考を巡らせながら、シズクに視線を投げかける。
「〈紫電〉を来るのは暫定路線として、彼はいつ来るかだな」
「情報をまとめてみました。街の商人の話では、二週間前にその辞令が降り、その場で勇者は受諾。二週間準備を経て、出発する予定」
「つまり、予定通りなら今日、王都を経ったのか」
「途中に街で、仲間と合流するそうです。そこで二日滞在。大体、王都から街までは五日掛かりますので――早くて来週。遅くて十日、でしょうか」
「……なるほどな。それまでに、どれだけ完成度を上げられるか、だな」
迷宮の完成度。三階層の構築。シエラの銃の量産。
それらの行程の進み具合を比較しつつ、わずかに舌打ちする。
(時間が足りない……銃の量産も、多分、間に合わない)
それに、ヘカテから聞いていたが、仕上げるのには一か月は欲しいと言っていた。
このままだと、不完全な付け焼刃で仕上げることになる。
それに焦りを感じながら、唇を噛みしめる。それを見て、シズクは腰を上げて告げる。
「お茶をいれます。フィアルマ殿ほど、上手にいれられるか分かりませんが」
「……いや、助かるよ。悪いな、秘書みたいな仕事もさせて」
「いえ、私は殿の侍従です故」
そういうポジションに収まったらしい。彼女はてきぱきとお茶をいれてくれる。その瞳は心なしか嬉しそうに輝いている。
焼き物の急須に沸かした湯を注ぎながら、シズクは竹簡に視線をやる。
「ひとまず、十日というタイムリミットがある以上、期間内に手を打たねばなりませんね」
「そうだな。できる限りの支度をして防ぎたいが……難しいなあ」
「殿は、これまで数々の作戦で強敵を退けてきた、と仰りますが」
「ん……まあな。だけど、それは、日本の都合が通じる相手だったからだ」
「ニホン……殿の故郷でしたか」
「うん、そう」
シズクは湯呑にエルフ茶を注ぎ入れて手渡してくれる。それを受け取りながら、竹簡を眺めて深くため息をこぼす。
「これまではある程度、強敵であるにしても、人間の常識が通用する相手だった。奇計、奇策が通用するが――今回は、そうもいかない」
竹簡の一枚を拾い上げる。それには、勇者の武勇伝が記されている。
「コモドも言っていたが、分厚い城壁を雷撃一発で消し飛ばすような、戦闘能力ならぬ、戦争能力の持ち主だ。他にも湖を五人で凍らせる、流星を打ち砕くなど、規模がまず違う」
例えるならば、一人一人が戦車のような実力を持っているのだ。
勇者に至っては、核兵器を保有しているようなものである。
それに対して、こちらは精々、村の一揆衆の実力だ。
「だからこそ、フィアに頼るのだが、彼女たちに全て任せるわけにはいかない。特に〈紫電〉は竜を討ち取った実力者だ」
戦争能力保持者に、日本や世界史の戦術は通用しない。もちろん、各地で身につけた経験や技術も、だ。シズクは理解したように頷き、目を細める。
「殿は戦略には秀でているのですが、戦術はまだまだ、と」
「まあ、そんなところだ……まさか、戦の指揮を執るとは思ってもいなかったし」
さらにため息をこぼし、お茶に口をつける。苦々しい味わいが、口に広がった。
シズクはその傍に腰を下ろし、竹簡を眺めながらゆっくりと口にする。
「適材適所、という言葉もあります。ひとまず、情報を整理し、自分のできる範囲から手をつけるのがよろしいのでは」
「……それも、そうだな」
少し愚痴を吐き出したせいか、頭の整理がついてきた。苦笑い交じりに、カイトはシズクを見やって目を細める。
「すまないな、愚痴にまで付き合ってもらって」
「いえ、こちらこそ差し出がましいことを」
シズクは至って謙虚だ。信頼の視線でカイトを見上げ、指示を待っている。
カイトはお茶を飲み干し、テーブルに置くと、自分に気合を入れ直した。
「よし、じゃあ、情報の整理を続けよう。次は〈紫電〉の情報だな」
「〈紫電〉の情報――傾向を調べて、対策を練るわけですか」
「そうだな。可能な限り、情報――特に、弱点を集めたいが……」
カイトは視線を走らせ、机の真ん中に置かれている竹簡を引き寄せる。流暢な崩し文字で書かれた竹簡に目を通して眉を寄せる。
「〈紫電〉のウィリアム――これといった弱点が、見当たらないんだよな」
そこには主にリリスが集めてくれたデータが書かれている。それを見て、シズクはわずかに眉を寄せてつぶやく。
「本人の戦闘能力がずば抜けている上に、性格上の欠点も見当たりません。優しい人間ではあるようですが、優しすぎる人間ではないので」
「……そうだな。全く、その通りだ」
酒場で集めたと思われる彼の武勇伝は、英雄譚だけに、どれも美談ばかりだ。
だが、そこから伺えるのは部下に慕われながらも、冷静に物事を判断する能力。決して死地に赴こうとはせず、状況を見極めて動く沈着さがあるようなのだ。
「冷静沈着――かと思えば、好機を掴めば単身でも突っ込む果敢さ」
「たった一人で罠に気づき、騎士団中隊の命を救った、という逸話もございます」
「付け入る隙がないな。優秀過ぎた方が、とっつきやすいんだが」
騎士団の命令にいつも従うわけではない。無茶な指令は、断ることもあるらしい。それゆえに、他の勇者とは違って、比較的冷遇されている。
とはいえ、実力は折り紙つき。こうやって、送り込まれるくらいには。
カイトは竹簡片手に思考にふけていると、シズクはふと竹簡を見比べながら言う。
「――人権派、のようですね」
「……うん?」
「他の勇者の三名は純人類主義です。積極的に魔族を討滅する、騎士団の先兵。ですが、〈紫電〉は魔物に寛容。だから、人権派です」
「ああ、なるほど、だから騎士団から疎まれているのか」
騎士団の上層部は、純人類主義。〈紫電〉もまたトップの人間。
さぞ、お互い、王都ではばちばちと火花を散らし合っていることだろう。そんなことを想像しながら――ふと、手を止める。
思考の引っ掛かったそれを吟味するように思考を巡らせる。
それに気づいたのか、シズクは眉を寄せて告げる。
「何か……考えつかれたのですか」
「ああ、純人類主義と人権派の……こう、上手く……」
頭の中の内容を口にしようとするが、上手くまとまらない。シズクは首を傾げる。
「離間、ですか? さすがに騎士団の意向に逆らうとは思えませんが」
「そっちは難しい。だが、おあつらえ向きにいる奴らがいるんだ」
「……え?」
「離間じゃない――二虎競食、だ」
カイトはその言葉を紡ぎ出し、目を細めてシズクを見る。その気迫が伝わったのか、彼女は背筋を伸ばし、目を見つめ返してくる。
「シズク、〈アマト〉の出番だ。これは、キミにしかできない」
その言葉に、彼女の瞳はますます熱を帯びていく。彼女は恭しく一礼した。
「仰せのままに。殿」
「では――情報戦を始めよう」
カイトは不敵にそう言い放つと、竹簡を引き寄せ、シズクと協議を始めた。
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