第11話

 全ては、カイトの読み通りに動いた。

 翌日から〈紫電〉の勇者は仲間たちと共に『組織』の残党狩りに赴いた。それを察知していた『組織』が迎撃の姿勢を見せる。

 だが、勇者たちはさすがに精強であった。掠り傷一つも負わず、次々と制圧する。

 むしろ、彼らの足を引っ張ったのは、騎士団であったようだ。

 騎士団と『組織』は想像以上に癒着していたらしい。あの手この手で勇者の行為を妨害した。それに時間を取られ、彼らが組織を壊滅させるのに十日が掛かっていた。


 そのおかげで――ダンジョンの迎撃態勢は、整いつつあった。


 五階層の会議室――その大きなテーブルには、竹簡が広がっている。

 緻密に書き込みがされた大きな竹簡。そこにはそのダンジョンの見取り図が事細かに記されている。テーブルの上に広げられたそれを眺め、カイトは一つため息をこぼす。

「どうでもいいけど、紙が欲しいな」

「そうですね。カイトさん」

 ヒカリは苦笑いを浮かべながら、隣に腰かける。

 竹簡――今、使っているのは、細く切った竹の板を藁で繋ぎ合わせた古典的な書物。三国志などの古代の時代で使われていた書物だ。

 安価で作りやすいのだが、何より嵩張るのが難点である。

 彼女も手にした竹簡を並べながら、小さくため息をこぼす。

「一応、製紙はできているのですが、量産できないのが玉に瑕ですね。贅沢はできないので、まだ竹簡ばかりです」

「作った紙も、銃に使わないといけないからな」

 弾薬包には大量の紙が必要になる。まだ、そこだけで紙は手一杯なのだ。

「そろそろ、紙の量産も考えたいですね」

「ああ。この作戦が終わってから、だけど」

「そうですね、ここが一番の、正念場です」

 ヒカリはそう言いながら、手にした竹簡を広げる。カイトはそれを見やって、深呼吸。会議のために思考を切り替える。

「――よし、じゃあ会議を始めよう。ヒカリ」

「はい、畏まりました。カイトさん」

 彼女はきびきびとそう告げると、竹簡を広げて言葉を続ける。

「まず、村付近の工事はすでに済んでいます。川岸も全て工事を完了しました」

「堤防も補強は?」

「全てつつがなく。仕掛けも全部」

「よし、三階層も手を加えた――上手く行けばいいけど」

 カイトは竹簡を取り出して設計図を取り出す。それは、ヒカリが引いてくれた図面だ。それを見つめ、彼女は苦笑いを浮かべる。

「本当にそうですね……こんな規模の作戦、考えつきませんでしたよ」

「でも、よくすぐにこんな図面を引いてくれたよな。無茶ぶりだと思ったけど」

「シエラとソフィに頼んで、模型を作って実験しました。難しくはなかったですよ」

「助かる。こういう作戦の細かい部分を考えるのは、苦手だから」

「ふふ、カイトさんは戦略家なのですね」

 ヒカリはくすくすと笑いながら、竹簡を巻いて縛り上げる。

「戦略家?」

「はい、三国志は知っていますか?」

「ああ、よく読んでいた。長旅の暇つぶしにいいからな」

「そこで言うところの、荀彧や郭嘉とかそういう人なんです。カイトさんは」

 彼女は別の竹簡を取り出して広げながら、言葉を続ける。

「覇者、曹操の傍で大局を見据えた助言をした人。戦に勝つことではなく、全体で勝つことを目指し、作戦を立てた人です」

「……それは、買い被りすぎな気がするけど……それなら、ヒカリは?」

「カイトさんが荀彧なら、私は賈詡でしょうか。いわゆる、戦術家です」

「……なるほど、局所の戦で勝ちを導く、戦術家」

 戦略家と、戦術家。奇しくも、役割が分担されているのだ。おかげで、規模の大きくも緻密な操作が要求される作戦が、現実味を増しつつある。

 おかげで〈紫電〉相手に対して、勝算が上がっているのだ。

「それでも勝てるかどうかは、五分五分だろうな……」

「つまるところ、この作戦はフィアさん、ローラさん、ヘカテさん――三人の働きに掛かっているわけですから」

 二人でため息をこぼす。いくら小細工を弄したところで、あの暴力の権化に掛かれば全てが吹き飛ばされてしまうのだ。

「彼女たちに任せるしかない――歯がゆいな」

「仕方ありません。彼女たちのためにも、勝算を上げなければなりませんから。手段を選んではいられません」

 彼女は共感するように少し儚い笑みを浮かべると、竹簡を束ねて脇に置く。

「それから――もう一つ、報告が。『組織』強襲で救出された子たちですが、村に到着しつつあります。エルフたちが、保護しています」

「うん、それは良かった。ヒカリの助言が、役に立ったな」

「いえ、それほどでも」

 照れくさそうに少しはにかんだヒカリ。それを見つめてカイトは目を細める。

 勇者と組織をぶつけ合わせる、二虎競食の計を相談したとき、ヒカリはそれを大筋で賛成した上で、細かい助言をしてくれた。それが、救出した子たちの処遇である。

 それを、このエルフ村で引き取ってはどうか――という言葉だった。

 勇者たちもきっと持て余すはず。アリスティアを通じて、グレイに助言すれば、必ず彼はさらわれた子たちのために勇者に提言する。

 そして、その通りに物事は動き、次々に身寄りのない子たちが護送されていた。

「新たに五十人を加え、数はすでに百に届きそうです。村の規模も、そこそこになってきました。今、エルフたちは急ピッチで住居の建設を急いでいます」

「そうだな。彼らの暮らしも、無下にはできない。食料は?」

「備蓄が十分にありますので、ひとまずは。追々、畑を拡張してさらに食料自給率を上げる予定です――これは、作戦の後の計画ですが」

「そうなるな。避難用の施設も新しく地下に作る。それで、エルフ村の住民たちに対してのケアは十分だろう」

「はい、細かいことは撃退後に考えましょう」

 ヒカリはそう言って視線をダンジョン見取り図に向ける。その視線からは、不安が滲み出ている。小さく吐息をこぼし、彼女は心配そうにつぶやいた。

「――うまく、行くでしょうか」

「ああ、何とかなる。大丈夫だ」

「……随分、安請け合いしてくれるんですね」

「まあな、みんなを信じているから」

 カイトはからりと笑って椅子に背を預ける。目を細めてヒカリを安心づけるように笑う。

「それに――しくじっても、ヒカリのせいじゃない。全ての責任は、僕にある」

「……ふふっ、全くカイトさんは」

 少し目を見開いていたヒカリは、安堵したように笑みをこぼして言葉を続ける。

「もしかしたら――荀彧や郭嘉ではないのかもしれませんね」

「ん?」

「貴方は諸葛亮孔明かもしれませんよ」

 ヒカリの悪戯っぽい声にカイトは思わず目を細める。

(諸葛亮孔明、か)

 軍師としてよく描かれているが、その実で評価されているのは内政に対する姿勢だ。夷陵の戦いで疲弊した蜀漢をわずか数年で立て直したのだ。

 ただ蜀漢には人材が不足していた。だからこそ、彼は軍事面も担当しなければならなかったのだ。そして、それもこなすことができてしまった。

 まさに天才。天才が故の悲劇だろう。

(だが、僕は天才ではないし、それに仲間もいる)

 カイトは苦笑いをこぼして肩を竦めた。

「まあ、勝つためならどんな手でも打つよ。たとえ、神風を吹かせるとしても」

「あ、赤壁の戦いですか? あれってただの季節風ですよね?」

「そこは突っ込まないでくれよ……」

 思わず二人で笑い声をあげる。懐かしい故郷の話題で少し盛り上がりながら、二人はさらに作戦の細かいところを詰めていく。

 追加で書き示した竹簡を取りまとめ、ふと、机に置いてある札を見る。

 一から三十の数字が書き示され、それが斜線で消されている――三まで、斜線。

 それを見つめていると、ヒカリがそっと声を掛けてくる。

「そういえば――ボス決定戦は、明後日ですか」

「ああ、悪い。少し意識が逸れた」

「いいえ、構いませんよ。カイトさんはそちらも気になりますよね」

「大局を見れば、どちらでもいいはずなんだけどな」

 カイトは苦笑いを返すと、ヒカリは首を振って笑う。

「違いますよ。カイトさんがフィアさんとローラさんと平和に暮らす、という視点で考えれば、大事な局面です」

「そう言ってくれるのは、嬉しいな」

 そう言いながら、カイトは思わず大きな息を吐く。

 フィアとローラ、二人の稽古は敢えて見ないようにしている。正直、見てしまえば力の差に気づき、余計に意識が取られそうになるからだ。

 あとはフィアのことを信じることしかできない――。

 ふと、そのカイトの肩にぽんと手が載せられる。振り返ると、ヒカリは目を細めて笑っていた。

「大丈夫ですよ、カイトさん。何とかなります」

「……そう、かな」

「ええ、そうです。だから、今は信じて、私たちのできることをやりましょう」

「……ん、そうだな。ありがと、ヒカリ」

「いえ、私は貴方の補佐官ですから」

 少しだけ照れ臭そうにヒカリは笑い、また竹簡を広げる。それを見つめ返して頷くと、もう一度、カウントダウンの札を見やる。

(――信じているぞ。フィア)

 内心で語りかけながら、視線を逸らして会議に戻る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る