フィアとローラのファッションショー(後編)

「やっ、だめ……っ、そんな……っ」

 ベッドの上で、金髪が乱れ散っていた。皺の寄ったシーツの上で、恥ずかしそうに口元を押さえた眼鏡姿の少女が切なそうに吐息をこぼす。

 清楚できっちりしたスーツは乱れ、短いタイトスカートからは肉付きのいい太ももがのぞかせている。ブラウスはボタンが外れ、こぼれだしそうな双丘の谷間が見える。

 その視線に気づいたのか、彼女は自身の身体を腕で庇う。だが、その動きは逆に肘で胸を両側から圧迫し、むにゅ、とその谷間を深くさせる。

 嫌々と首を振りながらも、眼鏡越しの紅い瞳は潤んでおり、誘うように甘い吐息がこぼれだす。それに我慢できず、カイトはその身体に手を伸ばし――。


「――何をやっているんですか。カイト様」

 その響き渡った冷たい声に、カイトは片眉を吊り上げて振り返る。そこにはフィアが呆れたような顔で腰に手を当てていた。

 カイトは身を起こすと、悪びれもせずに軽く笑いかける。

「ああ、フィアが帰ってくるまで暇だったから、ローラと遊んでいた」

「えへへっ、なんだかこういうのも楽しいね。兄さま」

 先ほどのしおらしい仕草が嘘のように、ローラは無邪気に笑顔をこぼしながら身を起こす。その服装は会社員のような、きっちりとしたスーツだ。

 これを着崩すだけで、なんだかイケないことに及んでいるようになるのが不思議だ。ついつい興が乗り、ローラを押し倒してしまった。

 帰ってくるのが遅かったら、ちょっとした濡れ場だったかもしれない。

 指を軽く弾き、ローラの試着を解く。ブレザー姿に戻ったローラは髪を手櫛で直しながら、姉の方を見やって首を傾げる。

「で、姉さまは何しに行っていたの?」

「助っ人を呼びに行っていました――さ、どうぞ」

「し、失礼します……」

 おずおずと入ってきたのは、ヒカリ。黒髪を揺らしながら、遠慮がちに部屋を見渡し、申し訳なさそうに首を傾げる。

「お邪魔、じゃないかな。カイトさん」

「大丈夫だ。フィアやローラと遊んでいるだけだし」

「話は聞きました。ファッションショーやっているんですね」

 フィアに椅子を勧められ、彼女は腰を下ろす。その隣で、フィアはウィンドウを開きながら言う。

「ヒカリさんは、カイト様と同じ地球からの方。しかも、女性ですから、いろんなかわいいお洋服を知っているのではないかと思いまして」

「あはは、期待されても困るけどね……フィアさんはどんな服がいいかな」

 なんだかんだで、ヒカリは付き合ってくれるようだ。二人でウィンドウを覗き込み、楽しそうに言葉を交わし始める。

 ちなみに、フィアとは権限を共有しているので、〈創造〉を行うことが可能だ。

「カイト様が思わず見とれるくらい、というのは……」

「地味にハードル高いね……えっと、フィアさんはスタイルもいいから……」

 楽しそうに二人が会話しているので、その間に、カイトは手持無沙汰だ。折角なので、ローラを手招きして引き寄せ、その髪に手を触れる。

 軽く髪を整えていると、彼女はくすぐったそうに首を竦めた。

「兄さまって、髪セットするの慣れているね」

「ん、まあな。昔はよくやっていた」

「え、そうなの?」

「ん、妹みたいなのがたくさんいてな……」

 少しだけそのことを懐かしみながら、ローラの髪を一房取り、指先を動かして三つ編みにしていく。簡単にお下げを作ると、彼女はそれを見て目を輝かせる。

「わぁ、三つ編みだ。かわいい……!」

「ん、ローラには似合うな。かわいい系だ」

「じゃあ、キレイ系もできるの?」

「ん……そうだなぁ、やり方覚えているかな」

 少し思考を巡らせながら、指先を動かしていく。三つ編みを二つ作り、頭の脇から後ろへと流していく。それを後頭部で手早くまとめる。

 軽くそれを眺めて完成度を確かめてから、ウィンドウを鏡代わりにしてローラに見せる。

「どうでしょうか? お姫様」

「あ、ぁ、うわぁ……これ、すごい……っ!」

 一瞬、言葉を失いながら、ローラはその自分の髪形に目を輝かせて見入る。手で触れてそれを確かめながら、嬉しそうな笑顔で振り返った。

「なんだかお姫様みたい! 王冠みたいで、素敵っ!」

「お気に召したようで何より」

 正式名称は、ギブソンタック、というらしい。三つ編みが、頭の後ろに巻き付くような、低めの位置で髪をまとめるアップヘアのヘアアレンジの一つだ。ローラは髪が長く、艶やかなのでヘアアレンジのし甲斐がある。

 ローラが嬉しそうにしているのを、カイトは微笑ましく見守っていると、別の方向からじとっとした視線が向けられていることに気づいた。

「……カイトさんって、何でもできますよね。なんですか、あれ」

「カイト様の特技がまた一つ……女の子からすると羨ましいです」

「同意です。あんな髪のセットをさらっとできるなんて……」

「ヒカリさんでもできませんか?」

「できませんよ……カイトさんに服作ってもらう方がよろしいのでは?」

「う……でも、カイト様をぐっと見とれさせたいのです」

「……分かりました。私も本気を出します」

 何故か意気込んでいる二人の少女を見やりながら、カイトはローラの髪に触れて訊ねる。

「もう少し、髪をセットしてみるか?」

「ううん、折角だからこのままで。兄さまがセットしてくれた髪型、すごく綺麗だから、崩しちゃうの、勿体ない気がするし」

「こんなの、いつでも編んであげるけど」

「ふふっ、それじゃあ毎朝、お願いしちゃおうかな?」

「一緒に寝た日の朝だったらな」

「……それは夜のお誘い? 兄さま」

「お好きな捉え方でどうぞ。僕のお姫様」

 他愛もないやり取りでそこはかとなく甘くイチャついていると、フィアとヒカリはデザインを決めたのか一つ頷き合う。

「では、一旦、席を外しましょう。外で、変身です」

「そうですね。髪も変えたいですし」

 そのまま、二人は椅子から腰を上げる。どこか真剣な面持ちの二人が出て行くのを、カイトとローラは見送った。

「――そんなに、張り切るものか?」

「ん、少し姉さまの気持ちも分かるかなぁ」

 ローラは自分の編み上げられた髪を触りながら、ちら、とカイトを見る。

「……好きな人には、やっぱりいつまでも見ていて欲しいじゃない?」

「……少しだけ、気持ちが分かる気がするな。そう言われると」

 フィアとローラにはいつまでも甘えて欲しいと思っている。二人が傍にいることが、カイトにとって何よりの幸せなのだから。

 カイトとローラは視線を合わせ、笑みを交わす。ふと、そこで控えめなノックが聞こえる。ローラは少し身を離し、カイトは背筋を伸ばした。

「ああ、どうぞ」

 誰かは分かっているが、それでもしっかり声を掛け、視線を扉に向ける。

 その扉が軽く開き、ふわり、と風が入ってくる。それと共に、一人の美少女が部屋に入ってきた。その凛とした居住まいに息を呑む。

 入ってきたフィアは――着物を身に纏っていた。夜闇を溶かしたような漆黒の着物。そこに浮かんでいるのは、桜柄の模様だ。

 そこに散りばめられた金髪が、まるで闇夜の月光のように鮮やかに輝く。

 腰を引き締める幅広の帯が、彼女のウェストの細さを引き立てている。かと思えば、着物らしかぬ短い丈のスカートがひらりとはためき、その彼女のしなやかな足が覗かせる。

 金髪を結った彼女は、真紅の簪を頭に差し、薄く紅を差した顔がいつもに増して愛らしい。それに見とれていると、不安に思ったのか、フィアが眉尻を下げる。

「――お気に、召しませんでしたか……?」

「い、いや……その……」

 思わず我に返り、口ごもる。言葉を探して視線を彷徨わせ、吐息をこぼした。

「……言葉にならないくらい、綺麗だ」

 その言葉に、フィアはほっと安心したように表情を緩める。ローラもこくこくと頷き、熱心にそれに同意を示す。

「ん……姉さま、とても綺麗……なんだか、びっくりして声も出なかった」

「それなら、頑張った甲斐がありますね」

 フィアの後ろからヒカリが顔を出す。カイトは息をついて気を落ち着けながら訊ねる。

「これは、ヒカリのデザイン?」

「案出し程度ですが。和風ゴスロリを参考にしてみました。お気に召したみたいで、何よりです。カイトさん」

「ああ、すごくいい。似合っている。綺麗」

「ふふ、よかったですね。フィアさん」

「ありがとうございます。ヒカリさんのおかげです」

 二人は嬉しそうにハイタッチを交わし合う。ヒカリは満足げに笑みを浮かべると、ぺこりとその場で頭を下げた。

「では、私はここで失礼しますね」

「お、もう行くのか?」

「ええ、恋人たちの語らいを無下にしても失礼なだけですし」

 ヒカリは微笑みを浮かべて悪戯っぽく言うと、フィアは頬を染めて彷徨わせる。ヒカリはくすりと笑うと、ひらりと手を振ってそのまま出て行った。

 それを見送り、カイトは頬をかきながらつぶやく。

「――あとで、ヒカリには何かお礼をしないとな」

「そうですね。こんな素敵なものをデザインしてくれましたから」

 ひらひらと和ゴスの袖を揺らすフィア。その仕草はとても愛らしくて見ているだけで胸が高鳴る。カイトは目を細めてしみじみとつぶやく。

「うん、いい……とても似合っている。フィアの魅力が三倍増しだ」

「そこまで言いますか……ちょっと、照れくさいです……」

 フィアはもじもじしながら、カイトの傍に寄って椅子に腰を下ろす。のぞかせる真っ白なうなじが、色っぽい。なんとなく視線を逸らしながら、カイトは指先を持ち上げ、ウィンドウに指を走らせる。

「じゃあ、それは確定にしておくか。折角だし」

「んん、逆に気が引けてきますし、こんなおしゃれな服を毎日着ていたら勿体ない気分になる気がします……」

「それなら、大事なときに来てくれればいい……僕と、二人きりのときとか」

 少し恥ずかしいが、付け足すようにそう言うと、フィアの目が妖しく輝き、口元に艶やかな笑みを浮かべる。

「舞妓ごっこでもするのですか?」

「いや、しないよ、というかよく知っているな?」

「さっき、ヒカリさんから聞きました。遊女の服装がモデルなんですよね、これ」

 そう言いながら、じり、じり、と椅子ごとにじり寄ってくるフィア。カイトは苦笑いを浮かべて首を傾げる。

「まあ、そう言えるかもしれないけど……嫌だったりする?」

「いいえ、服に貴賤はありませんし……これで、カイト様が興奮してくれるのなら、それはそれで……」

「まあ、興奮するかはさておき、似合っているよ……すごく」

「ふふっ、ありがとうございます。ところで、カイト様、これ引っ張ってみます?」

「いや、引っ張ったら脱げるでしょう?」

 帯の端をひらひらと差し出していたフィアは、カイトのつれない反応に拗ねたように頬を膨らませる。だが、目は楽しそうに笑っていてカイトも楽しくなってくる。

 ローラも笑顔をこぼしながら、カイトの腕に抱きついてくっついてくる。

「二人で着物作って舞妓さんごっこする? 楽しそうだね!」

「悪代官になった気分になるから、止めておきたいけどな」

「野球拳という遊びもあるそうですね?」

「おい、ヒカリのやつ、何の入れ知恵をしているんだ、全く……」

 苦笑いをこぼしたカイトは、姉妹に左右からくっつかれつつ、服をイメージした。


 その後も、三人でいろいろ服を作って試着した。

 結局、フィアは和ゴスの着物を、ローラはディアンドル風のドレスをチョイス。その他に普段着になる私服を見繕って〈創造〉――三人で楽しいひと時を過ごした。

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