閑話 カイトたちの日常

フィアとローラのファッションショー(前編)

 それは、勇者を退けた後のことのお話――。


「兄さま、ファッションショーをしよう!」

「……お? ローラ、いきなり何だ?」

 いきなりカイトの部屋に来るなり、無邪気な笑顔で言い出したローラ。フィアの膝枕でくつろいでいたカイトは面食らいながら身を起こす。

 ローラは腰に手を当て、もう、とわざとらしく頬を膨らませる。

「兄さま、忘れたの? 姉さまに、服を買ってあげる約束したでしょ!」

「ああ……そういえば、そんな約束ありましたねぇ」

 カイトとフィアは視線を合わせて思い出す。それは勇者の襲撃前のひと時に約束したことだ。今まで忘れていた、能天気な二人に、ローラは呆れたようにため息をついた。

「姉さま、忘れちゃダメでしょ……ご褒美なんだから」

「ん……ご褒美は、閨でたっぷりいただきましたし」

 フィアは頬をわずかに染めて、カイトの膝に手を置く。カイトは頬を緩ませながら、その髪をそっと撫でた。

「でも、約束したことだし、フィアの服を何か見繕うか。そのセーラー服も少し擦り切れてきたし。もちろん、ローラも」

「え、私もいいの?」

「ああ、ポイントも結構入っているからな」

「やったっ」

 ローラが嬉しそうに駆け寄ってきて、カイトに飛びつくように抱きつく。それをしっかりと抱き留め、背に腕を回しながらふと思う。

(ヒカリやソフィーティア、シエラにも服を支給しないとな……)

 みんな、衣服が不足し始めているはずだ。それを頭の片隅に置きながら、まずは、とフィアとローラ、二人の姉妹を見やって笑いかける。

「二人の服を、選ぼうか」


 衣服はマスターに与えられた能力〈創造〉で容易く作れる。

 カイトのイメージのまま、作ることができ、それは確定させなければ何度も創作可能だ。つまり、言うなれば、試着がし放題ということになる。

 そのおかげで、図らずしも、ローラの言ったようなファッションショーになりそうだ。

 早速、カイトは記憶にある服を呼び起こし、それをデザインしていく。

「どうする? 無難なのだと、ワンピースとか……」

「カイト様のお好みにお任せ――と申し上げてもいいですが」

「それだと、困っちゃうよねぇ」

 ベッドに腰かけたカイトの両脇に、火竜の姉妹はぴったりとくっつき、甘えるように肩に寄りかかる。その感触に頬を緩ませていると、ふとローラが手を挙げる。

「兄さま、質問」

「はい、どうぞ」

「私たちの、その、セーラー服とブレザーだっけ、それは兄さまの好み?」

「まあ、好みというか、この制服が二人に似合うと思ったんだ」

「制服? 軍隊の、ですか?」

「というか、学校――学び舎の制服」

「はえぇ、話には聞いていたけど、学校に制服なんてあるんだ」

 制服の目的は、統一した服装で所属を示すためだ。カイトは指先でウィンドウを動かしながらイメージを切り替える。

「地球にはいろんな制服があったからね。もちろん、民族衣装も」

 バックパッカーをしていたから、そういう衣装にも詳しかったりする。

 それをイメージしてウィンドウに並べていくと、二人は目をきらきらと輝かせた。こういうのに目を奪われるのは、女の子らしい。

「何か、気に入ったものはある?」

「では、カイト様……これを」

 悩んだ末に、おずおずと指さしてくるフィア。ん、と軽く頷き、カイトはフィアに視線を向ける。

「じゃあ、前に立ってくれるか。試着させてみる」

「はい、お願いします」

 フィアがはにかみながら腰を上げ、カイトの前に立つ。彼女の掌をかざし、意識を集中させると、光の粒子がフィアの周りに集まっていき、衣服を形取る――。

 眩い閃光が収まると、フィアの服装は変化していた。ローラはわぁ、と感嘆の声を上げる。

「姉さま、綺麗……っ!」

「そ、そうでしょうか」

 少し照れくさそうに、フィアはその場で軽く一回転してみせる。

 フィアがまとっているのはアオザイ――ベトナムの伝統衣装だ。

 平たく言ってしまえば、チャイナドレスである。つやつやの光沢のある真紅の生地が、彼女の身を覆い、腰まで入ったスリットからは彼女の太ももの真っ白な肌がのぞいている。

 ぴったりと身体に沿うので、彼女のスタイルのいい身体がよく分かる。滑らかな曲線を描いている、その女性らしいシルエットに目を細める。

「ん……すごく綺麗だ」

「……その割に、目を逸らしていませんか」

「その……ちょっと、刺激が強いかな」

「そ、そうですか……」

 二人して頬を赤らめてしまう。それだけ新鮮な魅力にあふれていたのである。

(フィアはかわいいからな……印象を変えるだけでどきどきしてしまう)

 深呼吸を一つ。改めてフィアを見て、ふと思い立つ。

「折角だから、ちょっと」

「あ、はい」

 手招きに応じて身を寄せてくるフィア。カイトは腰を上げると、フィアの髪に触れた。

「ローラ、髪まとめるゴムある?」

「あ、私のでよければ」

 いそいそとローラはツインテールを解き、ヘアゴムを渡してくれる。それでカイトは手早くフィアの髪をまとめていく。ツインテールを作ると、それをくるくると巻いて留める。

 それと共にイメージを修正する。ローラはふわ、と声を上げた。

「姉さまがなんか、かわいい感じ……! さっきまでは綺麗な感じだったけど」

「そうだろうな。ん、やっぱりこのヘアースタイルが似合う」

 それは、いわゆるお団子ヘアー。髪型を変えただけで、フィアの印象が変わっていた。その二人の視線は恥ずかしいのか、頬を染めてもじもじと内腿を擦り合わせる。

 その仕草は可愛すぎて、思わず言葉に詰まってしまう。

「……うう、そんなにみられると、その……」

「ああ、悪い。けど……うん、綺麗だ」

「あ、ありがとうございます……」

 照れくさそうに目を細めて微笑むフィア。それを見つめ返し、カイトは訊ねる。

「どうする? その服にするか?」

「ん……素敵ですけど、少し動きづらいような……一旦、保留でいいですか?」

「ああ、分かった。綺麗だから、ずっと見ていたいけど」

「も、もうっ、カイト様ったら」

 顔を真っ赤にしたフィアは恥ずかしそうに視線を逸らし、話題を逸らすようにローラに視線を向けて声を掛ける。

「ローラも何か試着させていただいたらどうでしょう?」

「あ、じゃあ、折角だし……」

「ん、どれにする?」

 ウィンドウを再び見せると、ローラはじっとそれを端から端まで眺め、一点に視線を止める。じっとそれを見ていたが、慌てて彼女は首を振り、別の服に視線を移す。

 はて、とカイトは彼女が見ていた辺りを見て、なるほど、と思う。

(ローラはこういうところで奥手だからな……似合わない、とか思っているんだろうな)

 彼女が見ていた服はかなり可愛らしい。だから、視線が惹かれたのだろう。

 きっと、似合うと思うのだが、ローラは別の服を指さす。

「……この辺とか?」

「どれどれ……え、これですか?」

 フィアは少しきょとんとする。それは控えめな服。いわゆる修道着だ。シスターが着るような服を見て、ローラはうん、と頷く。

「あまり、姉さまみたいな服は似合わないと思うし……」

「そっか、まあ、まずは着てみようか」

「んっ、お願いしますっ、兄さま」

 ローラは勢いよく立ち上がり、にこりと笑みを浮かべる。カイトはそのローラに掌をかざし、意識を集中させていく。光の粒子が集まっていき、ローラを彩っていく。

 やがて、その光が去っていき、ローラは自分の服を見て目を見開く。

「こ、これ……っ、兄さま……っ!」

「おっと、すまん、間違えたな」

 カイトは空々しく言いながらも、そのローラの姿に思わず目を奪われた。

 その服装は、カイトがオーストリアで見た服装――ディアンドルだ。

 一言で言うならば、メイド服に似ている。ボディスと言われる、コルセットに似た胴衣に純白のブラウス。紺色のミニスカートの上に、藍色のエプロンが巻かれている。

 だが、その特徴は襟ぐり。その胸元の襟ぐりは深く開けられ、彼女の胸の谷間がはっきりと見えている。また、ボディスが胴に巻かれているので、胸が大きく押し上げられるようになっているのだ。

 短いスカートから覗いた、真っ白な生足も眩しいくらいだ。

 ローラは自分の胸を両腕で覆い、頬を真っ赤にすると涙目でカイトを睨む。

「に、兄さまっ、こんな格好、似合わないよ……っ」

「いや……すごく、魅力的だぞ、ローラ」

「う、ぇ……?」

「……悔しいですが、そうですね……ローラの魅力を存分に引き立てています」

 フィアは悔しそうに眉を寄せる。うう、とローラは瞳を潤ませて視線を泳がせているが、カイトが笑いかけると、おずおずと腕を降ろし、スカートの前で手を合わせる。

 肘がきゅっと胸を寄せ、谷間がさらに深くなる――それに、思わず視線が吸い寄せられてしまう。

 髪を下ろしたせいか、いつものおてんば娘のようなローラから一転、ヨーロッパの貴族令嬢のような雰囲気がして、つい見とれてしまう。

 ローラは恥ずかしそうに頬を染めて、もじもじと視線を泳がせながら言う。

「恥ずかしいよぅ、兄さま……」

「いや、でも綺麗だ、すごく似合う。今すぐ抱きしめたい」

「あ、あうぅ……っ」

 その掛け値なしの称賛に、ローラは目を回しそうなくらいに顔を真っ赤にしてしまう。いじらしい彼女の姿に衝動的に手を伸ばしかけ――。

 ぐい、と頬をつねられる。鋭い痛みに、思わず顔をしかめる。

「……フィア、いひゃい、いひゃい」

「やらしい目で見ているからですっ、私にはそんなにがっつかなかったのに……!」

 フィアは悔しそうに頬を膨らませ、むうぅ、とローラを睨む。

 そして、いきなり立ち上がると、涙目でカイトとローラを振り返った。

「カイト様、見ていて下さいね、絶対にめろめろにさせてあげますからっ!」

「えっと……?」

「待っていて下さいっ!」

 そのまま、勢いよく駆けだしていってしまうフィア。その後ろ姿を、カイトとローラはぽかんと見守るしかない。

「……姉さま、最近拗ねなくなったけど、大胆になったよね」

「まあ、自信がついて何よりだけど」

 視線をローラに移すと、う、と彼女は後ずさりながら頬を染め、上目遣いで訊ねてくる。

「……その、まだ見るの?」

「ああ、すごくかわいい。もっとよく見せて」

「う、ぅ……でも、兄さまが、見てくれるのなら……」

 ローラは恥ずかしそうにもじもじしながらも少し進み出る。そして、スカートの端を摘まむようにして、おずおずと持ち上げた。

「……どこでも、見せて、あげるよ?」

「いや……誘惑だけど、止めとく」

(……ローラも少し大胆になってきたな)

 苦笑いを浮かべながら、ローラを近くで見ようと手招きする。

 それから、フィアが戻ってくるまで、ローラを着せ替えて二人だけのファッションショーを楽しんでいた。

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