シエラとマナウの水遊び(前編)
「――
「ああ、シエラ、どうかな。作れないかな」
それは、毒竜撃退から数日経ち、落ち着きを取り戻したある日のこと。
カイトはシエラのたたら場を訪れていた。袖なしの紺色のシャツに、角に布を引っかけた色黒の少女は胡乱そうに眉を寄せる。
「突然、来た、と思えば……今度は、何の深謀、遠慮?」
「い、いや、別にそういう意味じゃないんだけど……」
カイトはシエラの向かいにある椅子に腰を下ろす。その様子を、二人のドウェルグがたたら場でふいごを動かしながら見守っている。
シエラはそちらに視線をやり、鬱陶しそうに手を払う。
「アンリ、ペータ、手を、動かす。マスター殿の用事は、こっちで聞くから」
「……忙しかったか?」
「特に、は。カイトの、相手をする、時間は、ある」
確かに、とカイトは頷きながらぐるりとたたら場を見渡す。
忙しいときは、散らかっている印象のあるたたら場だが、今はすっきりしている。木箱の中に道具も収められ、床も掃き清められていた。
「大分、片付いているみたいだな。僕が手伝わなくてもいいか」
「当然。素人仕事、しているわけでは、ないから」
シエラは腕を組んで頷く。鬱陶しそうな顔は崩さないが、どこか自慢げだ。
「まぁ、俺たちが急に掃除させられただけっすけどね」
「散らかっているところ、見られたくなかったのかな」
「師匠、意外とものぐさなところ、ありますからねぇ……」
ふと、奥から聞こえた囁き声に、じろり、とシエラは奥に睨みを利かせた。
「二人、とも、課題が欲しいなら、あげるけど」
「だだ、大丈夫っす!」
「し、仕事に戻ります!」
ドウェルグの二人が慌ててふいごを手早く動かす。それを見やり、シエラは気まずそうに咳払いをし、視線をカイトに戻した。
「掃除を、させたのは、たまたま。気にすることは、ないから」
「そっか、気を遣わせたのかと思ったけど」
「気なんて遣う、はずはない。カイト、だから」
「ああ、それくらいの方がこっちも嬉しいよ。シエラ」
「……そ、う」
シエラはこくん、と頷き、軽く足を組む。わずかに、頭が小刻みに揺れた。まだ付き合いが短いが、それはシエラが上機嫌な証だとヒカリから教わっていた。
折角だから、とカイトは踏み込んで訊ねてみる。
「そういえば、角の傷、調子はどうだ?」
「特に、問題はない。痛みも、ない」
シエラは素っ気なく答えながらも、軽く頭を傾けて角を見せてくれる。その角は、少しだけヒビが入っているものの、相変わらずほれぼれするほど艶やかなものだった。
それを眺めて思わず吐息をこぼすと、シエラは居心地悪そうに身動きする。
「……カイトは、物好き。変態」
「なんとでも。綺麗なものは、綺麗だからな」
「そ、う……綺麗でも、ない、けど」
シエラはむずがゆそうに頭を揺らしながら、さらに近づけてくる。
「――カイトなら、触っても、いい」
「いいのか?」
「丁寧に、触ってくれるなら」
「もちろん。では、失礼して」
そっと手で包み込むように角に触れると、彼女はぴくりと身を震わせた。丁寧に撫でると、その角の滑らかさが伝わってくる。
ごつごつとした硬さだが、手で包み込むと、じんわりとした温もりが伝わってくる。指を走らせると、独特の肌触りで面白い。両手で包み込み、そっと撫でる。
その感覚がくすぐったいのか、シエラは時々、身をぴくりと跳ねさせる。
「――くすぐったいか?」
「す、少し……もう、そろそろ……っ」
「あ、悪い。これ以上は、失礼だよな」
角を手放す。なんとなく、名残惜しい気がしたが、それをぐっと堪える。
(――フィアやローラにも、角はあるのかな)
彼女たちは竜だ。もしかしたら、角があるのかもしれない。
それなら、触らせてくれるだろうか? そんなことを考えている間に、シエラはすっと身を引き、椅子に座り直していた。肌の色で分かりにくいが、その頬はわずかに朱に染まっているようにも見えた。
「本当に、綺麗な角だよなぁ……」
「おだてても、触らせない」
「いや、もう十分堪能したけど。でも、ちゃんとヒビは保護しろよ?」
「別に、放っておいても治る」
「そりゃ角だから治るけどさ。何か入ったら大変だろう?」
「……うん?」
「角のヒビにゴミが入ったら、それを巻き込んで傷が塞がるから、汚れになる。折角の綺麗な角が、台無しになる」
さまざまな動物の角の汚れは、表面の汚れ以外にもそうやって染み付いた汚れもあるのだ。そうなると、その部分を削らない限りは、その汚れは取れない。
ドウェルグはそういう角の生え方をしているかは分からないが、見る限り、地球の生物たちと同じだろう。シエラは考え込むように一点を睨んでいたが、やがていそいそと角に引っ掛けていた布で角を覆い隠す。
そして、何事もなかったように、一つ咳払いをした。
「それで、本題。なんで、玩具なんか?」
「ん、ああ、マナウのことは知っているだろう?」
「……水の、精霊」
「そう。一緒にいるときは、遊んでやるんだが……」
何か、道具がないと遊ぶ幅が出ない。今は、最近はタライに乗ってそれを船代わりにする遊びが好きなようだ。それを見て、玩具のことを思い至った。
「ただ、子供が遊ぶ道具、というのが思い至らなくて……それで、シエラに知恵を貸してもらいながら、作ってもらおうかと」
「……ふん……他の、女に貢ぐ、道具、か……」
ふと、シエラは鼻を鳴らし、ぼそりと何かつぶやく。聞き取れず、思わずカイトは片眉を吊り上げると、彼女はぶっきらぼうな声で答える。
「そんな、つまらないものを、作れと?」
「……だめ、か?」
「だめ、とは言わない、けど」
シエラは不機嫌そうに腕を組み、視線を逸らす。
感触は、よくない。やはり、プライドの高い彼女に子供の遊び道具を作ってもらうのは、難しいのだろうか。カイトは吐息をつき、首を振る。
「いや、確かにシエラは今、忙しいか。農具の手入れや、銃の改良実験があるからな。ここはソフィーティアに頼むかな……」
考えてみれば、エルフたちの方が木の細工に秀でている。彼らに木の人形を作ってもらった方が良さそうな気もする。そんなことを考えていると、がたん、と音を立ててシエラが立ち上がっていた。
「――分かった。作る」
「え……いや、別に無理しなくても」
「無理、じゃない。今は、アンリとペータがいる。農具は、彼らにやらせる」
「うぇ!? 師匠、それはひどいっす!」
「これも修行。私抜きで、納期までに済ませ、なさい」
シエラはそう言いながら、脇にある机の槌を取り上げる。それを担ぎ、シエラはカイトを見つめ返して素っ気なく言う。
「何個か、作ってみる」
「そっか、助かる。やっぱり、頼りになるな」
「別に、貴方に頼られても、嬉しくない」
突き放すようにそう言いながら、シエラは道具箱の傍で屈みこむ。
「――とか言いながら、本当は嬉しいんすよねぇ、師匠」
「本当、もう少し素直になれば――」
「アンリ、ペータ、仕事を倍にしようか?」
「うえぇっ、何でもないっす!」
「ペータ、仕事っ、仕事するよっ!」
ドウェルグたちの他愛もない会話を聞きながら、カイトは思わず苦笑いを浮かべた。シエラは早速、道具箱から木の塊とノミを取り出している。
その背に向かって、カイトは軽く声をかけた。
「じゃあ、頼むよ。無理せず、ゆっくり頼んだ」
「……ん。了解」
そう請け負ったシエラの頭は、わずかに小刻みに揺れていた。
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